TOP > 特集 新潮社の本が刊行されるまで-新人作家さんの場合- > Ⅳ.「ゲラのやりとり」で文章は完成形へ!

新潮社の本が刊行されるまで―新人作家さんの場合―日記公開!三日月拓『きのうの家族』10/22発売!
本をつくる。本が世に出る。それは、著者にとっても出版社、担当編集者にとっても大きなよろこびです。けれど、道のりは決して平たんではありません。まして、著者にとって初めての本となったらなおさらです。ここでは、2007年4月に『シーズンザンダースプリン♪』(電子書籍で発売中)で「女による女のためのR-18文学賞」優秀賞を受賞した三日月拓(みかづきひらく)さん(34)の初の単行本『きのうの家族』が刊行されるまでの行程を全公開!三日月拓さんの担当編集者Nによる「本づくりのプロセス」解説とともに、著者の日記を順次公開します。

Ⅳ.「ゲラのやりとり」で文章は完成形へ!

担当編集者Nによる「本づくりのプロセス」解説

 できたてほやほやのゲラは「白ゲラ」と呼ばれます。白ゲラは校閲の担当者が隅々までチェックします。誤字脱字はないか、文法上の間違いはないか、歴史物やミステリーの場合はシーンごとの整合性なども細かく検討し、疑問があれば鉛筆で書き込みます。そこに編集者がさらに文章全体のチェックをほどこし、著者に渡します。著者は、校閲の担当者によって鉛筆で書かれた疑問点を見て、必要があればゲラに直接書き込み、編集者に戻します。で、これがまた印刷所に戻り、書き込みが反映されたゲラが出てきます。この工程を2~3回繰り返し、文章は少しずつ完成形に近づいていくのです。

校閲者と編集者の書き込みが混在している初校ゲラ。 三日月さんから戻ってくると、こうなってます。


『シーズンザンダースプリン♪』 三日月拓(みかづきひらく) 新潮社の本が刊行されるまで―新人作家さんの場合―
著者による刊行までの道のり日記
7月 101521242731          8月 81724293031          9月 3131826
7月10日
おみやげを買いにいく。15日に打ち合わせで新潮社へ伺うための。
食べもの(たいていお菓子)をひとに贈るのが好きだ。まず選ぶのが楽しい。かなり燃える。見た目、味、季節感、数量、などなど考えながら、見目麗しいお菓子たちをあれやこれや見てまわり、ぐるぐるぐるーのぐーるぐる。靴擦れができた。結局めずらしくもないものを選んでしまった。めずらしくないものでもなんでも、渡したとき、消えものだからかたいていぱっと曇りなく喜んでもらえる(ように見える)のも、食べものを贈るまたもうひとつのいいところ。
7月15日
というわけで、新潮社で打ち合わせ。
ウェブ宣伝ページのこと。タイトル。校閲入りゲラ(←お待ちかねの)の説明。など。
担当のNさん・開発部のお二人・カメラマンさん・小説新潮の担当さん・途中で出版のほうの編集長、とたくさんのかたとお会いし、打ち合わせ室でがやがやと、人が増えるたびにお茶の数も増え、席替えもなんどかあり、お茶持って移動したり持たないで動いたり、じぶんのお茶がどれかわからなくなって。
打ち合わせはとっても有意義でした。
ウェブページのイメージがすごくわかったし、タイトルも方向性が決まったような。ゲラのことも詳しく聞けた。
でもですね。帰りに思い出しました。
最初に打ち合わせ室でひとり待ってるあいだ、靴のストラップをなおそうと椅子に座ったまま前へかがんだときに、目の前にあったお茶に、ちゃぽーんと髪の毛入っちゃったことを。
で、前述のとおりがやがやと、じぶんのお茶がわからなくなったわけで。
あのお茶だれか飲んでたかな。手付かずのもいくつかあった。手付かずのほうに残ってたことを祈ってますごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
7月21日
ゲラが届く。
ハンコをつかんで狭い家の中を走り玄関のドアを開ける。
宅急便のお兄さんに、「あ、ゲラのお届けありがとうございます」なんて言わないよ。言わないけれど、これゲラなんですよ。
7月24日
ゲラチェックはじめました。
じぶんの原稿を読み返すのは怖い。
なにこのつまらん話、て思ったらどうしよう。ぐだぐだな箇所いっぱい見つけたらどうしよう。とか、不安で不安で、でもとりあえず始めなくてはいけません、と原稿の前に座ったものの、なんどもなんどもため息とも深呼吸ともつかないものをくりかえし、くりかえし、くりかえし・・・・・・やるしかしゃあないやんけとついに表紙をめくったら、だけどなんだかやけにこつこつと、前向きに、こんどは呼吸を忘れるぐらい没頭していたから不思議。じぶんなりに必死で書いたもので、やっぱりそれなりにまとまっていて(た、たぶん)、なんていうか、いいって思えるものをよりよくしていく、精度を高めるかんじが、けっこう楽しいかも。そんなゲラ初日。
7月27日
やっぱりけっこう楽しいかも。
このへんなんかこんがらがってるなーって文がときどきあって、そういうのを整備するのはけっこうじぶんのあたまの中もこんがらがることもあったりしてたいへんだけど、ひとつ整備を終えるごとに、ぐんと流れがよくなって、ぐんとやっぱり精度が高まるかんじが、わたしはどうしても楽しいです。
7月31日
あいかわらずゲラ。こつこつこつこつと没頭し、がばっと顔を上げて、なんか、髪切りたいなー! と思った。たぶん、気分転換、みたいなものがほしいんだと思う。といっても時間になれば子どもを迎えに行くし、ごはんだって作るし、一日中小説と向き合っているわけではない。むしろ向き合える時間足りなすぎなぐらい、容赦なくやってくる気分転換はしょっちゅうあるのだけど、もっとなんか、こつこつのあいだをさわやかな風が吹き抜けていくような、いいかんじの気分転換がいいな。ほかにたとえば買いものとかもあるけど、こないだあれ(ジーンズ)買ったし、やっぱ髪切ろうかな。どれぐらいに切るかって? まだ決めてないけどとりあえずかがんでもお茶にちゃぽんと入っちゃわないぐらいの長さには。
8月8日
ゲラが汚い。
わたしはとても字が汚い。「汚いね」って子どものころからずっと何回も、累計すればきっと何百回も、言われてきた。なんにせよ「汚い」とかふつうなかなか女性に対して言わないでしょ。それを言わせてしまうほど、汚い字で、ゲラにあちこち修正を書き込んでいくものだから、ほんとに汚いものになっていく。他人さまに読解できるのだろうかという心配と、まずなによりそんだけ汚いものを渡すのがとても失礼で申し訳ないし恥ずかしいと思う。だけどもう書き込んじゃったもん、どうしようもない。丁寧に書こうといくら思っていても、もう長年のことでいまさら手が言うことをきくはずないんだからどうしようもない。
だからせめてゲラ係さん(て人がいて、ゲラ室とかそんな名前の部屋でゲラフォームかなんかいうソフトを起動させたパソコンに向かって修正をひたすら打ち込んでくださるイメージなのだけど)の横に立って、すいませんすいませんってあやまりながら、あ、これですか、これはこういう意味です、これはなになにって書いてるんですいちおう、とかいちいち解説したいわほんとにすみません超絶汚くて。
8月17日
あとはもう、字が汚すぎて読めない書き込みがないか、じぶんの書き込みにまちがいがないか、を確認するだけ。
読むのが怖いとか言っていたじぶんの作品を、いったい何回読んだだろう、この1ヶ月弱。
何回読んでも、最後のほうのシーンでグッときてしまうわたしは、そうとうめでたいやつなのかな。
8月24日
ゲラを渡した。かわいいマシュマロをいただいてうれしい。ひとりでぜんぶ食べた(1日で、ではない)。
ところで帰り道、ズボンを買った。でもこれは確実に穿く、じぶんの好みから外れていない買い物。よしよし。この調子で冷静にな。
8月29日
ゲラについて。いろいろと、担当のNさんからご指摘をいただく。
字は汚いし、校正記号の使いかたけっこうまちがってるし、ほんとに見づらかったんだろうなと思う。すみません。次はもうちょっとちゃんとできるかと。
ところでタイトルが決まった。
いくつもいくつも案を出し、さいごのやつにあっさり決まった。ほんとにこれまでのボツ案の数からするとひょうしぬけするほどあっさりで、まだ実感なし。
8月30日
装幀イラストを、曽根愛さんというかたに描いていただくことになったとNさんからメールで聞く。
さっそくHPを拝見。
え。わたしがこういうかんじの絵すごく好きってなんで知ってるんですか?
てぽっかり聞きたくなるぐらいほんとーに大好きなかんじの絵で、うれしい。曽根愛さんというお名前を知っていたわけではないけれど(すみません。無知です)、HP内のお仕事一覧みたいなのを拝見すると、あ、あれも、これも、そうだったんですね。そのおかたが、わたしの本の、装幀イラストを!! うれしい!!
タイトルまだ実感ないとか言っていたけど、絵のイメージがついて、なんか一気に実感わいた。
8月31日
藤田香織様からの推薦文を見せていただく。
この本全体をとおしてわたしが書きたかったことを、ずばりまとめて言っていただいたようなおことばでした。
けど「書きたかったこと」って言ったって、わたしは、書いているうちにどんどん夢中になって物語の中にずぶずぶにはまっていって、こんがらがってこねくりまわして、やっと書き上げたころにはじぶんがなにを書きたかったのかなんて考えることも忘れていたものだから、こうして推薦文をいただくたびに、じぶんの書きたかったことを逆に教えていただくようで、物語の輪郭をなぞっていただくようで、ほんとうに、なんか、ありがたいなと思う。
9月3日
「新人作家が本を刊行するまで」この日記は出版が決まったところから始まっている。
それ以前の、さかのぼってR-18文学賞優秀賞をいただいたときからここにいたるまでのきもちの変化や苦労をまたべつに書いてほしいと言われる。(→プロローグ
書いた。いろいろ思い出して泣きそうになった。けど、こんなことぐらいで泣きそうになってる場合じゃないんだろうな、ってこともこの4年半で知ったような。
まだ始まったばっかりだ。
9月13日
いきなりですが。
先日34歳になった。
R-18文学賞(優秀賞)をいただいたときは29歳だった。
4年半か。
というふうに、あのとき(受賞したとき)から、いつも数えてしまう。お誕生日と、授賞式の時期4月は、だからなんか虚しく悲しかった。また年月だけが増えていく。このままずっと増えていく、だけなのかな。というふうに。
そのてん今年はありがたい。4年半か。長かったな。とか余裕ったらしくしみじみ考えたりしている。
この4年半のあいだに、当然のことながらいくつかの話を書いた。少ないけれど雑誌に掲載していただいたり形になったものもあるし、結局どうにもならずパソコンの中に眠っているものもある。
みごとにぜんぶ、家族の話だ。切り取るメンバーや人数はそのときどきで違えど、わたしはほんとに家族とそこにある陰のようなものを描くのが好きだ。
『きのうの家族』も言うまでもなく家族の話だ。陰もある。でも、これまで書いたほかの作品とは雰囲気がだいぶ違う。とじぶんでは思う。
受賞作『シーズンザンダースプリン♪』を筆頭に、最初からすでにどこか陰をかんじさせる家族を書いたものが多い中、『きのうの家族』では、一見すると陰なんてぜんぜんなさそうな家族を書いた。そんな家族に、徐々に陰が姿を現し始めて・・・・・・という。
もうちょっと具体的に書くと、二世帯住宅で暮らす6人家族の話で、若夫婦の妻で2人の子の母である主人公だって、陰なんて全然見えないで安穏と暮らしている。ところが家族には家の中とはちがうほかの顔がそれぞれにあって、じぶんの知らない家族の顔に主人公があるとき気がつき、戸惑って、戸惑うほどに陰が大きくなって家族を覆おうとする、というような。
こうして書くと、なんか暗くて怖い話みたいだ。決して暗い話じゃないし、読後感はけっこうさわやかなんじゃないかと思う。そしてそういうのも、いままで書いた作品と違うところだと思う。
とか、じぶんの小説についてうねうね語りまでしてなにがしたいのかというと、時の経過、ひっくるめては加齢も、悪いものではないなとじぶんを慰めたいのです。お肌のたるみ、抜けない疲労感、もろもろ、とかく呪ってしまいがちなここ数年だけど。たとえば次の4年半後に、またちがうかんじの小説が書けるようになっているんだったら、わたしはよろこんで歳をとりたい。
9月18日
再校ゲラチェック。
じぶんの書いた小説をさらりと読めてしまうときと、いろんなところが引っかかって全然読めないときがある。
前回のゲラチェックで完璧と思ってたのになんで今回まだこんなに引っかかる箇所が出てくるのか。これが最後のチェックなのに。おい。大丈夫か? 大丈夫か? 大丈夫か? と、引っかかるときはとことん不安に陥る。不安に陥ってますいま。
9月26日
えい! とゲラを送った。連休前の22日に。
えい、とか言いながら、一箇所どうしても決められないところがあった。
もともとはAで、Bに変えようかなと思って、Bをあてはめて読んでみたら、Aのほうがいいように思えて、Aで読んでみたら、Bがいいように思えて。
こういうの、わりとよくあることだけど、でもほんとーに決められなかった。ので、いちどNさんの目で見てもらおうと思った。
で、連休あけの今日電話がかかってきて……Bで、そのあとを少し加えて変えてみてはいかがでしょう、という提案。明日の午前中には校閲にゲラを戻すとのことで、いま夕方の5時で、じゃあいまから考えます! 運よく子どもはおけいこに行っていた。逆に言うとお迎えに行くまでがとりあえずのタイムリミット。チクタクチクタク。ごりごりごりごり(ゲラに書き込む音)。
できたもののFAXする時間がまにあわず、大急ぎで自転車をこいで帰ってきてからFAXを。考えてみれば、できあがりさえすればFAXするのは明日まででもいいわけだから、ここでそんなに急ぐ必要なかった。
なんかどっと疲れた。すごく良くなりましたよ! と言われて疲れが飛んだ。そんなもんです。
TOPへ戻る
Ⅲ.本づくりの第一歩「入稿→ゲラ」