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新潮社の本が刊行されるまで―新人作家さんの場合―日記公開!三日月拓『きのうの家族』10/22発売!
本をつくる。本が世に出る。それは、著者にとっても出版社、担当編集者にとっても大きなよろこびです。けれど、道のりは決して平たんではありません。まして、著者にとって初めての本となったらなおさらです。ここでは、2007年4月に『シーズンザンダースプリン♪』(電子書籍で発売中)で「女による女のためのR-18文学賞」優秀賞を受賞した三日月拓(みかづきひらく)さん(34)の初の単行本『きのうの家族』が刊行されるまでの行程を全公開!三日月拓さんの担当編集者Nによる「本づくりのプロセス」解説とともに、著者の日記を順次公開します。

Ⅲ.本づくりの第一歩「入稿→ゲラ」

担当編集者Nによる「本づくりのプロセス」解説

ゲラ上で文章を整える際には、校正記号という決まった符号を使います。
初めて本を出す方に差し上げている「校正記号の使い方」。  著者からお預かりしたお原稿を印刷所に渡して、本を開いたときの形に組んでもらうのが「入稿」。新潮社では刊行の3~4ヶ月前に入稿することになっています。同時に書体、文字の大きさ、行数、頁数、奥付や目次のざっくりしたデザインを考え、印刷所に伝えます。
 入稿の1~2週間後、分厚い紙の束がどどんと机に置かれます。これが「ゲラ」。指定通り、原稿通りに印刷されているかを確認するための試し刷りです。入社当時は「『ゲラ』って変な名前……」と思っていましたが、次第に気にならなくなるのが不思議です。


『シーズンザンダースプリン♪』 三日月拓(みかづきひらく) 新潮社の本が刊行されるまで―新人作家さんの場合―
著者による刊行までの道のり日記
6月  6717182128          7月  4
6月6日
ゲラが届く。
これは本だ。
いつも目にしているワードの原稿とあまりにちがうその姿に、あんたずいぶん立派になって・・・としみじみ思う。
ぱらぱらと拾い読みし、なでなで。おーかわいい。
6月7日
ふらりと立ち寄ったデパートで、ふらりとジーンズを買う。
もんのすごいぱっつんぱっつんのスキニーで、攻めに攻めてるかんじで(わたしにはめずらしい選択)、この買い物はおそらく、ゲラが届いて浮かれているせいだと分析。穿かないもの買ったわけじゃないけど、昨日ゲラが届いてなかったら買ってなかったというかなんというか、うかうかと意味不明の心理状態。
6月17日
Nさんから電話連絡。
本ができるまでのウェブページ(これ)の企画について聞く。そのあとさりげなく、あくまでさりげなーく、出版予定が10月に延期になったとおっしゃる。
!! ??
「本が出ることはもう決まってますので、このまま出版中止~とかには絶対ならないのでそのへんは安心してくださいねーははははー」てNさんが笑うから、わたしも思わず、それなら安心、ははははー!! て笑った。けど、電話を切ったあと、泣いた。
6月18日
昨日の涙を引きずっている。
どうせもう1回ぐらい延期になるんでしょ。無期限延期なんでしょ。そんでしばらく連絡来ないなあとか思ってるうちに、出版の話なくなるんでしょ。
マイナス思考が止まらない。土曜日で子どもが幼稚園お休みで家にいるので、涙が出そうになったら顔を背けて指先でぬぐう。家にある氏神さんのお札に手を合わせたりしてみる(こんなときだけ)。
6月21日
山本文緒先生が書いてくださった推薦文(帯文)を見せていただく。
すごい。もんのすごい言いえていらっしゃる。びっくり。ほんとうにありがとうございます。あの山本文緒さまがわたしの単行本の帯を・・・・・・! て考えたら、わーーー!!! て叫びたくなる。
やっぱり本出るのかも。出るのかも! と気分が持ち直している。へんな買い物をしないように気をつけよう。(あのジーンズはまだ1回履穿いたきり)。
6月28日
原稿を書いていた。
そこへ、すもももらったから持っていく、と仕事へ行く前の母から電話があって、15分後ぐらいにピンポンが鳴った。その間、とても集中していたのかな。玄関へ出てみると、なんか深い沼から這い出てきたようなかんじで頭がひどくぼんやりしていて(沼から這い出た経験はないから実際はどうかわからないけど)、玄関先での母の話にろくなあいづちも打てず、週刊ブックレビューは金曜の正午からのやつがいちばん見やすい時間帯だよ、と次会ったとき教えてあげようと思っていたことも言い忘れた。去りぎわ母は少し怪訝そうな顔をしていて、少々ぼんやりしすぎていたな、とわたしは反省し、「原稿書いてたから。集中してて。なんかいま頭ぼんやりしてるわごめん」とか言い訳できてたら話が早かったのにな、と考える。
べつに小説を書いていることを家族に内緒にしているわけではない。
原稿を書く。だけどわたしはそのことばを家族に使ったことが一度もない。編集者さんや知り合いの作家さん、その業界のひとたちに対してはわりと平気で使っているのだけど。その業界のひとたち以外にわたしが小説を書いていることを知っているのはこの世でいまのところ家族だけなわけで、要するに、その業界のひとたち以外にはなんか恥ずかしくて使えない。原稿を書く、って。作家気取りですか。なんてだれもべつに笑いはしないんだろうけど、わたしは果たしてじぶんがいま一般世間基準で作家なのかどうかに自信がない。ほんのときどき依頼を受けて書いたものを雑誌に載せてもらったりする。たいていはだれに依頼されたわけでもないものを勝手に書いている。それでも作家ですか。それともあと何回ぐらい雑誌に載せてもらったら作家ですか。それとも、と思うものがいまもうひとつ目の前にある。
単行本出したら作家ですか。原稿を書く、って家族に言っていいですか。
7月4日
映画(DVD)を観た。
映画(DVD)を観るのはけっこう好き。月4作までの宅配レンタルに申し込んでいるので、最低でも月に4本は見る。
観るのはたいてい夜子どもが寝てから。わたしがパソコンに向かえる時間は午前中と夜のその時間だけで、だからDVDを観るとなると一日のパソコンに向かえる時間のうちの約半分を費やすことになる。なんかサボっている気持ちになる。DVD観てる場合か、といつも思う。だれに依頼された原稿でもないのにやけにあせる。でも映画にせよ音楽にせよ小説にせよ、いい作品に触れたときって、ガーン・・・・・・なんかわたしも頑張ろーって意欲がわく。だから観ることは決して無駄ではないのだ。とか言い訳をして観る、あーめんどくさい性格。月4作のDVDぐらい、黙ってすっと観ればいいものを。だれに依頼された原稿でなし(しつこい)、手を止めたところでだれに迷惑かけることもない。
そんで今日観たDVDはガーンてなるほどべつにおもしろくなかったっていう、なんともはや。
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Ⅱ.何はともあれ「原稿を通す」