TOP > 『切れた鎖』電子書籍化記念特別インタビュー 芥川賞作家・田中慎弥

三島賞・川端賞ダブル受賞作『切れた鎖』待望の電子書籍化
芥川賞作家・田中慎弥 特別インタビュー 「自分の中にないものを書く」


第146回芥川賞受賞決定時の記者会見で「もらっといてやる」と発言、一躍“時の人”となった田中慎弥氏。
次は何が飛び出すかと注目を集めた贈呈式のスピーチでは「どうもありがとうございました」のたった一言で降壇して会場をどよめかせ、テレビや新聞各紙はこぞってこの“歴史的挨拶”を取り上げた。
Shincho LIVE!の特別インタビューは、まさに贈呈式の翌日、都内の新潮社クラブで行われたが、前夜の余韻冷めやらぬ中、氏はいったい何を語ったのか。
新潮新人賞を獲ってデビューを果たしたときのこと、このたび電子書籍化された三島賞・川端賞ダブル受賞作『切れた鎖』のこと……。
誠実に言葉を紡ぐ文学者としての真の顔を、動画とともにぜひご覧ください。
  • 01
永久に封印します
  • 02一番うれしかった「新潮新人賞最終候補に」の知らせ
  • 03
「小説を書くこと」と「人間を描くこと」

「小説を書くこと」と「人間を描くこと」

――「性」を象徴的、あるいは直接的に書かれることについてはどうですか。

田中 それも意図的に最初からテーマにしているわけではないんです。暴力とか性とかを扱えば何事かの物語ができるんじゃないかという風に思っていたとしたら、それは危ないことでしょう。そんな思いが果たして自分にありはしないか、いつも警戒しているくらいです。暴力もない、性もない、何でもない日常を描いてドラマチックな物語になるというのが、多分、技術的に言っても小説としての完成度が一番高いのではないでしょうか。ただ、それが凄いことだとはわかっていても、自分にはできない。なので暴力とか性とかを、小説を成立させるために使っていて、だとしたら自分は人間を描こうとしていないんじゃないかと思うときもある。しかし一方で、小説の中で人間を描こうとすることは、すなわち本当に人間を描いていることになるのだろうか、とも思いますね。結局のところ、暴力とか性は、私にとってそういう欲求が人間として内にあるのでなく、おそらくは小説の中で必要だから描いているんじゃないですかね。

――小説を書くことイコール人間を描くこと、ではないと。

田中 小説の中で人間を描くのは必要なことです。でも人間とは何かというのを考えるなら、それは学問とかそちらの方面の話であって、小説の中で人間を描くこととは別ですよね。

――電子書籍化された三島賞・川端賞ダブル受賞作『切れた鎖』について伺います。表題作の「切れた鎖」は芥川賞候補にもなりました。4代にわたる女性が描かれていますが、女性を描くことに難しさは感じられませんでしたか。

田中 それは自信がなかったです、本当は。人物の描写についてはいまでもよくわからないし、女性を描くときは、女性が読んで納得するか、「ここで女はこんなことを言うか?」といったことを常に自問しています。それでもわからないので、「おそらくここではこんな風に言うのではないか」といったあたりに落ち着くのですが……。男は言わないけれど、だったら女は言うのか、そういうこともわからないし、結局は女性をどう描くかということより、その人物をどう描くかということではないですか。とくに女性だからどう、女性を描くときにはこう、ということではないですよね。

――今回の芥川賞受賞作「共喰い」について、昨日の2次会では女性の選考委員の方から「女性の描き方がすごくよかった」という声もあがっていました。

田中 それは非常にうれしかったですね。女性の選考委員がそう言ってくださっているということは。ただ、私の意図通りの反応ではないと言いましょうか……。つまりこうすれば女性は描けるだろうとか、こういうことに女性読者は共感してくれるだろうとか、そのような意図をもって書いているわけではないからです。そういうことができる技術も能力もあると思っていません。考えているのは、この小説を、この人物のセリフを、どうすれば完結させられるかということだけ。私にとってはとにかく、当たり前のことかもしれませんが、一行一行を書くのが大変です。とにかく一行一行書く。それが風景描写であったり人物描写であったりということなんです。

芥川賞受賞は通過点

――何度も下書きをされるそうですが。

田中 下書きはします。それをあとから読み直して削ったり、書き足したりという具合に進めます。すべて手書きなものですから、具体的には削るとなったら鉛筆で消し、加えるとなったら行と行との間に書き足し、それでまだ足りなければ書き足した箇所から線を引っ張り、紙の端っこのほうにさらに書き加える。執筆の際には端っこのほうにいずれ何かを書き足せるだけのスペースをとるようにしておくのですが、それでも下書きはぐちゃぐちゃになりますね。紙はA4判のファックス用紙の裏面を使っています。受信したファックスの紙がどんどん溜まっていくので何かに使えないものかと思い、それで下書きに使っているんです。

――パソコンはなぜ使われないのですか。

田中 とくに理由はないんです。高校の頃に授業で触らされて、つまらなかったんです。操作が難しいというか、どうしてこんなことしなきゃいけないんだって思いました、授業も凄くつまらなくて、何がいいんだか悪いんだか全然わからなかった。それでどこか意固地になって、じゃあ鉛筆で書いたほうがいいんじゃないかって勝手に思っているだけなのかもしれません。

――電子書籍になった『切れた鎖』をご覧いただけますか。

田中 (ページをめくるなどの操作をしながら)へえ、なるほど。そうか、こうなるのか、文字の拡大もできるんですね。読むという感じではないかな。でも、これででも読めるような時代になるんだ。

――いかがでしょうか。

田中 紙か電子かにかかわらず、別に読めさえすればいいので、どういう媒体かということではないと思いますね。自分としては小説が発表されればいいわけですが、どうだろうな、これは……。(端末の重みを確かめるようにしながら)そうだな、ある程度の本の厚みというか分量というか、そういうものがないですね。いや、そういう感触があるかないかってどうでもいいといえばいいのですが、そういうものが何かあったほうが個人的にはいいですね。紙の感触、手に触れたときの質感とかが。それに、書店ではこれまで読んだことのない作家の作品が目に留まって買うといったことがありますけれど、こういう(電子書籍の)形ではそれがどこまであるだろうかと。まぁ、そうした感覚自体がこれからは変わっていくんでしょう。そう思うしかないのかな。

――これからのことについて伺えますか。

田中 ここで一区切りがついて「さぁ、次のことを始めよう」といったようなことはありません。幸いにしてと言うべきか、ありがたいことにと言うべきか、月刊誌で連載をやっていますのでね。連載のさなかに芥川賞がポンときたというだけなので、賞をもらったから次どうするかというのではなくて、いまやっていることを引き続きやります、というだけです。もちろん新しいものは書いていくわけですけれど、それは日々の仕事としてやっていけばいいのであって、やっていくしかないということ。それは賞をもらおうがもらうまいが、同じですね。これまでもそうでしたから。ご褒美としていただいたということではあっても、もう通り過ぎて行きつつあるという感じです。

――ますますのご活躍を期待しております。本日は、どうもありがとうございました。

スチール撮影・佐藤慎吾

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