TOP > 『切れた鎖』電子書籍化記念特別インタビュー 芥川賞作家・田中慎弥

三島賞・川端賞ダブル受賞作『切れた鎖』待望の電子書籍化
芥川賞作家・田中慎弥 特別インタビュー 「自分の中にないものを書く」


第146回芥川賞受賞決定時の記者会見で「もらっといてやる」と発言、一躍“時の人”となった田中慎弥氏。
次は何が飛び出すかと注目を集めた贈呈式のスピーチでは「どうもありがとうございました」のたった一言で降壇して会場をどよめかせ、テレビや新聞各紙はこぞってこの“歴史的挨拶”を取り上げた。
Shincho LIVE!の特別インタビューは、まさに贈呈式の翌日、都内の新潮社クラブで行われたが、前夜の余韻冷めやらぬ中、氏はいったい何を語ったのか。
新潮新人賞を獲ってデビューを果たしたときのこと、このたび電子書籍化された三島賞・川端賞ダブル受賞作『切れた鎖』のこと……。
誠実に言葉を紡ぐ文学者としての真の顔を、動画とともにぜひご覧ください。
  • 01
永久に封印します
  • 02一番うれしかった「新潮新人賞最終候補に」の知らせ
  • 03
「小説を書くこと」と「人間を描くこと」

永久に封印します

――新潮新人賞に話を戻していいでしょうか。

田中 自分にとっては、新潮新人賞の最終選考に残ったという電話をもらったときが、これまでで一番うれしかったです。芥川賞を受賞しましたというときよりも、新潮新人賞の最終候補に残ったときのほうがうれしかった。

――それは、どういうことですか。

田中 応募したのだから誰かが読んでくれるわけですが、ああ、やはり本当に読んでくれる人がいたんだという実感を持てたんです。なにしろ外部との接触がほとんどない生活を十数年も続けていて、自分の人生はこのまま誰ともつながらないのではないかと思ったりしたこともありました。つながりたいと思っていたわけでないにせよ、誰かが自分の文章を読んでくれていたんだといざ初めてわかってみて、非常に手ごたえを感じたんですよ。最終候補の段階で喜んでいたのでは、結局、アマチュアだったということにもなるのでしょうが。本来は、受賞してから手ごたえを感じなければいけない。

――そもそもなぜ新潮新人賞に応募なさったのですか。

田中 平野啓一郎さんの、今時にはない文章と技術で書かれた「日蝕」が掲載されていたので「新潮」への応募を決めました。

――最終候補になり、賞を獲った。05年9月のことです。

田中 応募は2度目のことで、仕事もしていなかった身でしたから、あのときダメで賞をもらっていなかったら、私の人生はもっとまともになっていただろうと思いますね(笑)。賞をもらっていなかったら、就職をして、まともに真面目に生きていたんじゃないですか。そのほうが幸せだったかもしれません(笑)。けれど、職に就いてきちんと毎月収入を得てという生活は、きっとできないですね。

――かねてからそう仰っていますが。

田中 結局やる気もありませんから、いわゆる勤め人というのは、はなから自分にはできない。会社員とか公務員とか、そちらのほうが多分いいとは思うんですが、やる気がない。やってみたけどダメだったというのでなくて、最初から逃げちゃっているんです。向いてないんだろうな、やっぱりそういうのには。

――受賞されてよかったということですね。

田中 ま、そう思うしかない。


自分にテーマはまったくないです

――受賞作「冷たい水の羊」は、陰惨ないじめを受けながらもいじめだとは思っていない中学生男子が主人公です。

田中 自分に人生経験やその蓄積がなかったので、何事かが起きる場所として学校を設定したという面はあります。自分を被害者だと思っていない生徒が主人公ですが、当時の私は加害者側からは書けないと思ったのかもしれません。多分、技術的にも加害者側から書くほうが難しいでしょうしね。「いじめではない」という論理を打ち立てた主人公を、自分なりに書きたかったんだろうと思います。いや、書きたかったというよりは、そういう物語を自分は書いたということです。何か欲求があったというより、とにかく書かなきゃという思いがあった。

――いじめといった題材に、ご自身の体験は反映されていますか。

田中 自分の個人的なことを言えば、被害者の側に立ったとか加害者の側に立ったとか、いずれについても決定的なものはなかったと思います。小学生の頃は同級生と比べて体力差もあり、運動もできず目立つほうでもありませんでしたから、ちょっとからかわれたりということはありました。しかしその程度です。ではいじめに加担しなかったかといえばそんなことはなく、積極的に自分がいじめる側に回らずとも、誰かが誰かをいじめているのに対して見て見ぬふりをしたとか、そういう形では関わっていたんだろうと思います。

――初めて東京にいらしたときのことを伺えますか。

田中 新潮新人賞の授賞式のときです。新幹線の東京駅のホームに降り立ったら、切符を手配してくれた「新潮」編集部のTさんがいた。あらかじめ彼女に顔写真を送っておいたのですぐに自分と気づいてくれたようですが、ずいぶん神経質そうな怖い顔をして立っていたので、まさかあれじゃないよなと思ったらそうだった(笑)。それが編集者という存在と初めて会ったときのことです。「明日の予定はああでこうで」などと早口で言いながらスタスタ先を歩いていくので、わけもわからず付いていき、到着したのが「新潮」編集部だった。なんだか雑然とした雰囲気で、とにかく紙だの雑誌だの本だのが机の上に山と積みあがっていて、あと、なぜか酒もあった。どういうことなんだろうと思いました。Tさんについては「今後、原稿のやりとりはすべて郵送でというわけにもいきませんから、せめてファックスを買ってください」と言われたのを憶えています。ですので仰せのとおり、しばらくして賞金でファックスを買いました。

――……そうだったんですか。続く作品が「図書準備室」です。「冷たい水の羊」を収録した単行本『図書準備室』は、5月に新潮社から文庫本として刊行されます。

田中 「図書準備室」は新潮新人賞に応募したすぐあとから書き始めたものだと記憶しています。分量は120枚程度です。書いている途中で新人賞をもらい、今度は書くということに仕事として向き合わなければいけなくなりました。「冷たい水の羊」も100枚ほどで、よくもまぁ、そんな枚数を書いたものだと当時自分でも思ったくらいでしたから、もう1回それができるのかどうかということも含め、不安は大きかったです。

――芥川賞候補にもなった「図書準備室」では、私的制裁や戦争といった暴力が描かれています。田中さんの作品は「暴力がひとつのテーマ」と評されることも多いのですが。

田中 あまり自分としては意識してテーマにしようとは思っていません。私、テーマはまったくないですから。暴力を出さないようにしようと思うことはあるのですが、暴力を出そう、書こうと思わない状態の中でなぜ暴力的な描写が出てくるのか……。ここのところさんざん取材などで聞かれているんですけれど、まったくわからないですね。自分の中に暴力的な部分があるのかというと、多分そんなにはないと思うので。だから、自分の中にないものを描こうとしている、ということなのかもしれません。

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