TOP > 特別インタビュー『電子の標的―警視庁特別捜査官・藤江康央―』の著者・濱嘉之が語る作品世界と日本の「今」

特別インタビュー『電子の標的―警視庁特別捜査官・藤江康央―』電子書籍化
警視庁公安部OBの著者・濱嘉之が語る作品世界と日本の「今」 詳しくはこちら

  • 01「電子」が牽引する捜査技法
  • 02墓場まで持っていくしかない
  • 03犯人の立場から見た物語を

墓場まで持っていくしかない

――濱さんの作品にはそうしたハイテクな話が出てくるかと思えば、監視対象の家の先に自治体から借りてきたゴミ収集車を横づけし、回収したゴミの中から目ぼしいものを探すといった“地味でローテク”な捜査も出てきますね。

 昔はゴミ漁りは常に平気でやっていました。けれど、裁判で証拠能力がないと認定されて以降、表向きはやっていません。それにゴミ収集車を借り出そうして、ゴミ収集に従事する関係者などから情報が漏れてしまっては元も子もありませんのでね。とはいえ、どうしてもゴミ漁りが必要だという場面では、それがやるべきことならやるかもしれませんよ(笑)。ゴミが捨てられた瞬間、物陰に隠れていた捜査員がワッーとばかりに出ていって頂戴したり、ゴミ収集車を追跡し、集積場となっている東京湾の中央防波堤で堆積物を必死でほじくりかえしたり。ゴミ収集車を借り出す際、公安部と名乗って要らぬ警戒を招いてしまう場合には「生活安全課です」と言い、ウソにならないよう生安の人間を実際に同席させたりといったこともしています。捜査上、あくまでも適正な手続きを踏む必要がありますから。僕にとって、非合法スレスレの捜査をデュープロセス、つまり適正な手続きに落とし込んでいくといった筋立てが小説のひとつのテーマになっている面もありますね。

――濱作品の醍醐味としては、警察組織の内情がつぶさにわかるという点も挙げないわけにはいきません。警視庁に対して他県警から向けられる視線、キャリアとノンキャリアの関係、出世のあり方、表彰の仕組み、同期の意味……。これらのことをディテール豊かに描かれる狙いは何なのでしょうか。

 現在、全国に警察官は25万人います。OBを入れたらそれこそ何十万人といるわけです。たとえばこういう人たちが僕の本を読んで「こんなのないよ」「間違ってるよ」って思ったら、もうおしまいなんですよね。だから、あえて組織や人間関係のディテールを細かく描いているんです。
 それに、警察の世界では警部以上にならないと見えない世界というものがあります。扱う事件も違います。警察庁には警部以上でないと入れない部屋がありますし、政界では肩書きが警部補だと「補」としか見てくれません。事情聴取をするにしても警部補が一流企業の社長あたりを取り調べたりしますが、相手に対して「こんなヤツに喋れるか」っていう思いをどうしても抱かせてしまう。
 元内閣危機管理監の杉田和博さんは『電子の標的―警視庁特別捜査官・藤江康央―』の書評で「警視庁現職時代の著者と接点があったのは、僕が警察庁警備局長の頃だった。彼は公安部公安総務課勤務で、ばりばりの情報マンだった」と書いてくださいましたが、僕の警察人生はこの一文ですべて肯定されたようなものです(笑)。なぜなら、当時の僕は警部補で、警備局長が一警部補を記憶にとどめているなんて、そうあることではないですから。
 テレビドラマでは巡査と巡査部長が組んで2人で捜査を始める、みたいな話が出てきますけれど、そうしたことは現実にはまずありません。ドラマの『相棒』にまだしもリアリティーがあるのは、コンビの片方が警部だからです。警察の人員構成は、以前こそ肩書きが上がるに従って人数が少なくなっていくピラミッド構造になっていましたが、今では巡査、巡査部長、警部補までが同じくらいの数いて、警部以上がグッと少なくなっているビールの瓶のような構造です。『世田谷駐在刑事』(講談社)では駐在の話を書きましたけれど、もっと大きなストーリーを描こうとすると、駐在を主人公にしては成立しません。いい悪いは別にして、警部以上でなければ見えてこない世界、関われない世界というものがある。そういうことはしっかりと踏まえておくべきだと考えています。

――『電子の標的』の藤江康央、『警視庁情報官』の黒田純一、いずれも主人公は多少、女性に弱いところがありますね。これは濱さんの実体験に基づくものですか。

 多少は基づいている、ということにしておきましょう(笑)。ただ、警察官というのは誘惑が多い職業なんですよ。女性警察官に誘われたり、住民の方に家族構成などを書いてもらう「巡回連絡カード」を回収するため玄関先に赴いた際、妖艶なおばさまに惑わされたり。警察官はみんな肉体労働者ですからね。言ってしまえば頭脳的には国家公務員初級の能力があればいいわけで、大事なのはカラダ(笑)。その昔、大蔵官僚が接待を受けて問題になったノーパンしゃぶしゃぶ屋ってあったでしょう。あそこにガサ入れしたら、警察官の名刺がいっぱい出てきましてね。ツケの代わりに名刺を置いて借用証を書いて、あとで金を払いに行っていたと。笑うに笑えない話ですが、そんなことだから警察官はいつも口酸っぱく上司から言われるんです。「酒、カネ、女」「酒、カネ、女」……。「この3つだけは頭に刻んでおけ」って。要するにちゃんと気をつけろっていうことです。僕は酒とカネはともかく、女についてはもしかしたら失敗するかもしれないとよく周りに言っていましたが……。まぁ、誰しも多少の脱線はあるものでしょう(笑)。

――濱さんの作品は、描かれる悪や犯罪の構造が、まるで現実世界の出来事や人物をモチーフにしたかのような真実味を帯びていて、そこも読みどころのひとつになっていると思います。実際に自身で手がけた事件を下敷きにすることもあるのですか。

 僕のこれまでの作品の中には「本作品はフィクションである」と、とくに謳っていないものもあります。が、別段意図があってのことではありません。僕の小説をまるで暴露小説のように受け取る人もいらっしゃるようですけれど、これまで苦情の類は来ていませんよ。ただ、日本の一部政党や韓国の某宗教団体からは「なぜこんなにわれわれの内情に詳しいのか」と探りが入ってはいますがね(笑)。しかし、ともかく僕は暴露本を書くつもりはありません。暴露本だとしたら、警視庁本部の書店にも並べてはくれません。公安警察で最も大事なことは「保秘」です。僕にも墓場まで持っていくしかない話はたくさんありまして、自分がやってきたことは一切書いたりしていません。今後書くかどうかはともかく(笑)。だから公安部長のところに行っても温かく迎えてくれますし、警視庁は定年が2年延びて僕の同期はあと15年現役でいるわけですが、彼らと仲よく同期会だってやっていますからね。
 ただ、僕が現場で目の当たりにした、いまなお未解決の殺人事件を小説の題材にしたこともあります。その中では警察の初動捜査のミスや警察官たちの怠慢ぶりみたいなことを描きました。亡くなられた方の無念や残された遺族の方の悲しみを思うにつけ、いろんなことに問題意識や憤りを抱いている警官も少なからずいるんだということを明らかにしておきたいと考えたからです。あれはダメだった。間違っていた。そう思っている警察官も現にいる。そこに光をあてたい、一隅を照らしたい。そんな意識があったのは確かです。