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『週刊新潮』新連載小説「水を抱く」スタート記念 石田衣良

「官能小説」ベストセレクション

「眠れぬ真珠」

詳細

「夜の桃」

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「眠れぬ真珠」

「夜の桃」

  • 第1位 川端康成著「眠れる美女」(新潮文庫)直接の行為がない高揚感 これぞ「寸止め」の極致
  • 第2位 谷崎潤一郎著「痴人の愛」(新潮文庫)M男を振り回す悪女の魅力満開 日本初の痴女小説
  • 第3位 ミシェル・ウエルベック著「プラットフォーム」(角川書店)抑制も禁忌もないインモラル作品 だからこそ純粋
  • 第4位 草凪優著「どうしようもない恋の唄」(祥伝社)自然な流れでセックスが登場する 「つくり」がいい
  • Mっ気のある女子にドンピシャ
気持ちの悪い不思議なエロス
  • 見上げる視線がねちっこい
3Pあり 4Pあり
  • 毎晩ちゃんと私を抱いて
草食男子とセックス依存症の年上悪女

毎晩ちゃんと私を抱いて

――視野が広い作品ですね。

石田 こういう視線はやっぱり、現在の日本の作家には欠けているところかもしれません。国の中でちょっと貧しいとかちょっと豊かだとか、そんなことばかり言っているのでなく、もう少し広く見たほうが面白いのでしょうね。家族だったり仕事だったり組織だったりといった狭いところで小説を書くのでなく、人間って本来もっと自由なんじゃないか、日本の性はどういう状況になっているんだろう、といったことも考えながら「水を抱く」を書いていきたいと思っています。

――ちなみにタイトルの「プラットフォーム」とは、どういった含意なのでしょうか。

石田 人生の中で、愛や恋は停車場のようにいっとき留まっても、また去っていってしまう。どんな形の愛であっても、そこに永遠に留まることはできない。そういったことじゃないでしょうか。言ってみれば「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」という「方丈記」みたいなものをイメージしているんじゃないかと思います。哀しいかな、仮に留まっているだけのプラットフォーム。まぁ、そこまで読み取るのは難しいかもしれませんが、なんだかフランス人の恋愛観も現れているような気がします。夏休みなどに海外に行くとき、カップルとかでこの作品を持って行って、「これと同じことマネしてみようよ」みたいなのもいいかもしれませんね(笑)。

――マネするのはほどほどがよさそうです(笑)。さて、第4位です。

石田 純官能小説です。草凪優さんの「どうしようもない恋の唄」。

――中身をご紹介ください。

石田 借金を抱えて死のうと思っていた男が、死ぬ前になけなしのカネ全部はたいて下町の薄汚れたソープランドに入ります。そこで出会った女の子ヒナと同棲を始めてしまうんです。僕がこの作品を推したいのは、草凪さんの文章のよさ、そして無理な展開がなくて、「あ、ここでセックスするのは当然だよな」と、ごく自然な流れでスッと読めてしまう点です。官能小説は、展開の自然さや描写力などといった“文学作品”としてのつくりこそが命なんだと思っています。逆に言うなら、いやらしい系の純文学では実際、どれだけエロいかが勝負になる。そうして読んでみると、草凪さんの作品は流れが本当に自然で、昔よく女優さんなんかが言ってた「必然性があるなら脱ぎます」ってやつで、草凪さんの手にかかったら、女優さんは全員が必然的に脱がなきゃいけなくなるでしょう(笑)。これって、いわゆる官能小説の中ではとても珍しいことなんです。

――文学作品としての完成度を評価していらっしゃるわけですね。

石田 ふつう官能小説では、冒頭で主人公が「破産して死のうと思って街をさまよっている」シーンなんて出てこないんですよ。だって、ベッドシーンにつなげるにはあんまり必要なものではないから。でも、そういう主人公のやり切れなさみたいなものをスッと出してきて、まとめ上げていってしまう。ちょっと並みの書き手ではないですよね。文章にも熱があって、さっきのミシェル・ウエルベックが突き放したクールな文章だとすると、熱を帯びたいい文章だなぁと思います。

――純官能小説ということは、読者はやはり男性でしょうか。

石田 中年男性がいいんじゃないでしょうか。主人公が39歳なので、仕事をバリバリやっていながら、時々「あー、なんか疲れたなー」とか言ったりしている男の人が読むといいかなと。男はヒナと出会って死ぬのをやめて、ヒモになってしまいます。生活が変わってお小遣いとして毎日、千円札を数枚もらうようになるんです。いいでしょ(笑)。ヒナは童顔だからわかりにくいんだけど、実は30歳近いんです。幼く見えるグラマーなヒナに、男は約束させられます。毎晩ちゃんと私を抱いてって。

草食男子とセックス依存症の年上悪女

――約束……。

石田 で、毎晩約束どおりセックスして、すると女は千円札を数枚折りたたんで置いといてくれるんですよ。こんないい話はない。男の理想の形かもしれない。働き盛りで会社にうんざりしている男性諸氏は、これ読むといいと思うな。と言いつつ、この作品を最初に薦めてくれたのは実は女性で、僕、「日本ラブストーリー大賞」の選考委員をやってるんですが、僕の担当の女性編集者が「官能小説を1冊も読んだことなかったのに、いきなり大勢の官能小説作家につくことになりました」と言って笑ってて、「じゃあ、今ならだれが一番面白いの」って聞いたら草凪さんのことを教えてくれた。それで読んでみたんです。他にもいろんなタイトルがありましたが、「色街そだち」はちょっと演歌っぽいし、「みせてあげる」とか「誘惑させて」はなんだか大したことなさそうだなと。その点、「どうしようもない恋の唄」はタイトルの雰囲気に惹かれて手に取ったら、草凪さん、本当によかった。

――ここで第5位を発表していただいてベスト5としたいところですが、もう1冊は『週刊新潮』で連載がスタートする「水を抱く」。これを番外編ならぬ“真の第1位”として今回は計5冊。いかがでしょう。

石田 そうきますか(笑)。「水を抱く」は、30歳手前の若い会社員が、そろそろガールフレンドと結婚するかなと思っていた矢先、「あなたは本当につまらない人だ」なんて言われてふられてしまう。エエッ、女の子って全然わからないよってとり乱し、ワケのわからない人生相談みたいなサイトを訪ねてみたところ、女性から「じゃあ会ってみようか」と誘われて会いに行くんです。それが悪い女で、男はその悪女に徹底的に振り回される。それはもう徹底的に。草食男子と年上の強烈なセックス依存症の女。そんな2人の半年間を描きます。腰を引かずに、徹底的にインコースを突いて描いていこうと思っていますよ。

――触りだけでも教えていただけますか。

石田 女は加速度的に、まるで火花を散らすようにセックスへの依存度を昂じさせていくわけですが、やがてその理由がわかってきます。ある日、男のもとに彼女から電話がかかってくると、受話器の向こうで「ハーハー」と荒い息遣いがする。いきなりテレフォンセックスの電話かと思ったら、「今日は何日なの? 西暦何年? 私はだれ?」って聞いてくる。その電話は後で気が付いてみると、ある特別な意味をもった時刻にかかってきていたんです。その時刻、彼女は強烈なフラッシュバックに陥って、見当識を失ってしまっていた……。キーワードは「3・11」です。僕も「水を抱く」を書くために、新潮社の人たちと被災地を取材しました。東松島、石巻、女川、南三陸、仙台の荒浜地区。各地を訪ね、改めて「小説には何ができるんだろうか」と考えました。

――いよいよ連載スタート。期待に胸が高鳴りますね。

石田 今回の「官能小説」というテーマに関してぜひ言いたいのは、立派な文学ってみんなエロかったっていうことです。そこをみんなにぜひ思い出してほしい。小説は道徳の教科書じゃありません。大変な状況下なんだから希望を書く、絆を書くなんて、僕はそんなのじゃ全然満足できない。大きなことが描かれていなくたっていい、立派なことが描かれていなくたって構わない。人の心の揺れ、心情をすごく緻密に描ける、そして読めるというのが小説のよさであり、醍醐味だと僕は思うんです。「水を抱く」で展開されるスキャンダラスな男女の欲望の旅路、究極の愛の形に、みなさんどうかご期待いただければと思います。

――楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。

撮影/インタビューカット・青木登
東日本大震災被災地取材カット・本田武士