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『週刊新潮』新連載小説「水を抱く」スタート記念 石田衣良

「官能小説」ベストセレクション

「眠れぬ真珠」

詳細

「夜の桃」

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「眠れぬ真珠」

「夜の桃」

  • 第1位 川端康成著「眠れる美女」(新潮文庫)直接の行為がない高揚感 これぞ「寸止め」の極致
  • 第2位 谷崎潤一郎著「痴人の愛」(新潮文庫)M男を振り回す悪女の魅力満開 日本初の痴女小説
  • 第3位 ミシェル・ウエルベック著「プラットフォーム」(角川書店)抑制も禁忌もないインモラル作品 だからこそ純粋
  • 第4位 草凪優著「どうしようもない恋の唄」(祥伝社)自然な流れでセックスが登場する 「つくり」がいい
  • Mっ気のある女子にドンピシャ
気持ちの悪い不思議なエロス
  • 見上げる視線がねちっこい
3Pあり 4Pあり
  • 毎晩ちゃんと私を抱いて
草食男子とセックス依存症の年上悪女

見上げる視線がねちっこい

――被虐的ですね。

石田 こんなシーンがあります。ナオミは金盥(かなだらい)にお湯を入れて浴びるなど支度した彼に、剃刀で体毛を剃らせます。そのとき、こう命じます。 「もしちょっとでも触ったら、その時直ぐに止めにするわよ。その左の手をちゃんと膝の上に載せていらっしゃい」  彼は命じられるままに剃刀で体を撫でながら、うっとりするナオミの目鼻を、毛孔をこれでもかとばかりに凝視する。と、ナオミに腋の下を剃ってくれと言われ、男は怒り出します。意地悪なことを言うなと。そこでナオミが「あたし湯冷めがして来たから早くして頂戴」とせっつくと、男はこらえきれずにいきなり剃刀を投げ捨て、ナオミの肘にしゃぶりつくんです……。アホですよね。男はナオミに突き飛ばされ、とっさに彼女の体をつかもうとするんですが、「シャボンでツルリと滑りました」だって。これ、異常ですよ(笑)。でも愉しいんですよね。

――名作の誉れ高いだけのことはあります。

石田 ナオミは悪女の代名詞になっているんですが、やっぱりもう、強烈にいいんですよ。自分の周りにいる男たち、若い学生なんかのほぼ全員とセックスしちゃう、外人とも付き合っちゃうんですけれど、それでも彼は許して一緒に暮らしていく。物語はナオミが15歳のときから始まり23歳で終わってますので、8年間の男女の記録ということになるんですが、すごく不思議な文体で、女性の体を描くときには本当にしつこい。川端は上から冷たく見下ろす感じだと言いましたが、谷崎は下からずっとねちっこく見上げている感じなんですね。西洋人に対するコンプレックスの発露というべきか、白い肌が好きで好きでたまらない。そんな感じが作品にとてもよく出ています。

――石田さんの中で、ナオミはビジュアル的にどんなイメージの女性でしょう。

石田 圧倒的にグラマー系の女優さんですよね。色が白くてムチムチしてて、ファッション誌なんかだと「太っていて使いにくい」ってなっちゃうんだけど、男性からはめちゃくちゃ評判がいい。色白、巨乳、そしてロリッぽくてバタ臭い。そういう条件が合っていれば、若いグラビアアイドルなんかみんなイケるんじゃないですかね。ただ、ウェストの腹筋が割れているようだとよくないです。ウェストについた脂肪が水着のゴムのところで沈んでるくらい柔らかな感じ。そういう女の子がいい。

――「痴人の愛」はどういった人にお薦めですか。

石田 これは圧倒的に男の人がハマる本ですね。男を振り回す悪女の魅力。それがバチッと出ている。あと、今の若い男の子なんかにも実はいいんじゃないですか。最近、AVなんかでも痴女ものはひとつのジャンルとして確立していますが、日本で最初の痴女小説が「痴人の愛」なんで、そういうことを知って読むのもいいんじゃないかと。他にも、ダンスホールで踊ったり英会話を習ったりという場面が出てくるので、時代を映す風俗小説として読んでも面白いと思います。ここでは敢えて言いませんが、結末も素晴らしい。

――谷崎作品では他にも官能的なものがありますが。

石田 僕は高校生か大学生のときに初めてこの作品を読んだのですが、やはりひとつはタイトルに惹かれました。「痴人の愛」っていうのにピピッときた。谷崎には「鍵」とか「卍」とかもあるんですけれど、「痴人の愛」が最も通俗小説に近いんですよ。なによりもエンターテイメントとして面白い。これって大事なことじゃないでしょうか。僕は個人的にこの作品以降の、立派になっていく谷崎がそんなに好きではなくて、それよりは最晩年になって書かれた「瘋癲老人日記」みたいな“足で踏んでくれ”的な作品のほうが面白いと思っているんです。“立派な文学”になったものは、実はあんまり好きじゃない。今回、「水を抱く」を書くために改めて「痴人の愛」を読み直しました。運命の女がいて、それが痴女である。ファム・ファタールってやつですが、その設定には「水を抱く」と相通ずるものがありますから。

3Pあり 4Pあり

――3位にまいりましょう。

石田 現代のフランス人が書いた作品です。ミシェル・ウエルベックという作家の「プラットフォーム」を挙げます。

――どのような作品ですか。

石田 人口6500万あまりと日本の半分のフランスで40万部売れました。日本だったらほとんどミリオン級のベストセラーです。フランスでの初版は2001年、ちょうどニューヨークで同時多発テロが起きたころですが、内容がめちゃくちゃなんです。

――と言いますと。

石田 主人公は41歳の男。父親が死んで遺産が入ります。冒頭は「きょう、ママが死んだ」で始まるカミュの「異邦人」を意識しているのでしょう。こちらは「一年前、父が死んだ」で始まるのですが、男は遺産を手にしたのをいいことに、仕事も辞めてブラブラ遊んで暮らそうと思いつつ、別に何をしたって楽しいわけじゃないし、などと時を過ごしているところに年下の女の子、28歳のヴァレリーが現れます。高等遊民として生きる男は、旅行会社に勤めるヴァレリーと朝から晩まであちらこちらでセックスしまくるんです。パリの秘密の乱交クラブに行ったり、友だちをまじえてスワッピングしたり。そして、ヴァレリーは男とタイに行って楽しんだ経験をもとに、タイでの売春ツアーを企画して成功させ、会社を辞めて独立します。それからはもう、2人は「フランスみたいな死んだ国とはおさらばだ」みたいになってアジア各国を訪ね、世界中いたるところでセックスするようになる。ヴァレリーがレズをしたり、3Pあり、4Pあり、SMパーティーありで……。

――それはまたすごい。

石田 ただ、官能描写は翻訳モノですから即物的と言いますか。たとえばヴァレリーが、男と一緒にいる部屋に黒人のメイドを連れ込む場面はこうです。男が述懐します。「部屋に入るなり、彼女はブラウスのボタンを外しはじめた。白い木綿のパンティ以外なにも着けていなかった。二十歳かそこらだろう。肌の色は濃い褐色というより、ほとんど黒に近かった。乳房は小ぶりできゅっとしまり、尻はよく反っている」。メイドはマルガリータという名前でした。「ヴァレリーはマルガリータの手を僕のペニスの上に置いた。彼女はまた笑った。しかし彼女はそれをしごきはじめた。ヴァレリーは急いでブラジャーとパンティを脱ぎ捨て、ベッドに横になり、自分の体を撫ではじめた」。やがて「僕はマルガリータのなかに一気に挿入した。彼女のマンコは果実のように開いた」ってな具合なんですが、ヴァレリーは3Pが終わってメイドに40ドルを手渡してこう言います。「欧米人が払う相場だから。彼女にとったら、一ヵ月の給料分ね」と。ドライでしょ。

――インモラルでもありますね。

石田 そう。モラルを考えて反省したり、自分の中の何かを抑制したりといったことが一切ないんですよ。禁止も禁忌もまったくない。この作品が凄いのは、男女2人の愛と性の物語に、グローバルな経済状況が重ねあわされて描かれているところです。そういう中身を象徴するような一節があります。「一方に数億人という西欧人がいる。彼らは欲しいものはなんでも持っている。ただし性の満足だけは得られない」。そして「もう一方に数億人という持たざる人間がいる。彼らは飢餓に苦しんでいる。若くして死んでいる。不衛生な環境で暮らしている。体と、まだ傷のついていないセックスを売るほか手段を持たない」。そんなことを主人公の男に語らせています。男はこう結論づけるのです。「ことは簡単だ。至って簡単じゃないか。まさに交換にうってつけの状況だ。そこから回収しうる金は想像を絶する額になるはずだ」。もはやモラルなんてありません。しかし、だからこそ純粋だとも言えます。付言しておきますと、最後には2人を悲劇が見舞うんですが、その悲劇はなんと、イスラム武装勢力によってもたらされる。