書評

2021年7月号掲載

〈笑芸〉チャンピオン誕生の記録

エムカク『明石家さんまヒストリー2 1982~1985 生きてるだけで丸もうけ』

高田文夫

対象書籍名:『明石家さんまヒストリー2 1982~1985 生きてるだけで丸もうけ』
対象著者:エムカク
対象書籍ISBN:978-4-10-353782-3

 私自身、テレビラジオ舞台と〈笑芸〉に関わって来て50年。ありとあらゆる喜劇人・芸人を見て、仕事も一緒にしてきたが、これ程のパワーで65歳となる今日までずっと面白い人は初めてである。ずっとずっといつまでも第一線、常に今が一番面白い。
「明石家さんま」の総てを記録し、記憶しようとする"さんまマニア"いや"さんまフェチ"。もっと言えば"さんまの言葉ストーカー"とでも言いたい「エムカク」なる男の本。その前に「エムカク」って一体誰なんだ? "笑芸界"でそんな名前の奴きいた事もないぞ。さんま自身、活字に対しては、あまり思いも深くなく、出来ることなら生きてる内はずっと自分の言葉でテレビ・ラジオで喋りつづけたいという体質(?)だ。雑誌などでのロングインタビューなどあまり読んだ事もない。それなのにテレビ・ラジオからコツコツ丹念にひろい集め、かき集めた努力の無駄遣いがこの本。あきれる程の"さんまオタク"ぶりで、このヒストリーは1から2まである。このまま行くと345と、とんでもない大全集になりそうだ。2020年11月に出版された1は『「明石家さんま」の誕生』(1955~81)。そしてこの度、出版されたのシットルケ? 2は『生きてるだけで丸もうけ』(1982~85)である。娘のIMALU(イマル)はこの本のタイトルを略して名付けられた。ン? 逆か。
 私もこの業界永いからエムカク君も知らないようなさんまの横顔・発言も相当知っている。79年頃か。関西の方に阪神タイガースの小林繁の形態模写だけで大爆笑をとる奴が居ると、東京の楽屋で耳にした。噺家らしいのだがアクションがバツグンだときき、私はフジテレビの友人ディレクターと野球中継の"雨傘番組"で「東西野球寄席」みたいなものをデッチあげた。この頃、私のバックアップで東京では三遊亭小遊三も売り出し中。ヤクルトの安田のふざけた投球フォームやら、江川卓のダラダラしたランニングなどが爆笑だった。野球マニアの米助と八方の東西トークに、さんま、小遊三の形態模写。噺をしない噺家のアクションがバカうけだった。80年に"漫才ブーム"が来て、81年の元日深夜、歴史的な「ビートたけしのオールナイトニッポン」スタート。私は構成者でありながら「バウバウ」の合いの手の名手として一時代を築く。実はこれ、エムカクも指摘していない事だが、81年の1月の時点で「オールナイト」の二部(3時~5時)はさんまが生で喋っていたのだ。81年1月から3月まで(さんまの二部は3月で終了。たけしはここから10年続く)、なんと1時からたけし、3時からさんま、同じスタジオでのバトンタッチが生で行われていたのだ。3時に近づくと毎週たけしと私は「セーノ」で「バイビ~ッ」。すかさず荷物を持ってスタジオを飛び出すと、さんまが入ってきて「今から二人で呑みに行きまんの? ええなぁ。これから5時まで喋って始発の新幹線で大阪帰りまんねや」。
 そう、この頃は大阪から通って東京の仕事をやっていた若き日のさんま。この年の5月に「オレたちひょうきん族」が特番でスタートし、秋にはレギュラーとなり、たけし&さんまは初共演にしてゴールデンコンビとなる。「タケちゃんマン」と「ブラックデビル」二大モンスターの誕生である。私は二人のリングとも言うべき台本(脚本)を書きつづけ、二人は自由にその中で壊していった。「ひょうきん族」もバカ当りしたので82年か、たけしと私は少し仕事も入れてスペインへと遊び半分で行く事となった。楽屋で話していると、さんまが私に「ええなぁ、スペインでっか。ひとつだけお願い。サッカーのことが載ってる新聞と雑誌があったらできるだけたくさん買ってきて下さい」。
 あとから思えば、やっぱりさんまは凄いなぁと思った。80年代前半なんて、日本では誰ひとり「サッカー」なんて見てる人は居なかった。何人でやるのかさえ知らなかった。その時代にこの熱量。やっぱりサッカー好きは筋金入りだった。どんな物にも探究心は凄かった。とことん陰で深掘りする。最も深くはまったのが〈笑い〉なのだろう。プロデュースする能力にも早くから長けていて、さんまの番組に若い頃から出入りしていた軽くて面白い放送作家、大倉利晴の喋りに目をつけ、フジテレビ深夜に企画を提出。本名の杉本高文企画による「高田と大倉の深夜NIヨイショ」。第1回は自らゲストとして出てくれた。「相変らず深夜じょうずだなぁ~」なんて互いにノセまくる30分。この三人以外は誰も笑っていなかった。半年で終了。面白いと思った事は、ただただ貪欲に。常に今が一番面白い男・明石家さんま。そんな「お笑い怪獣」が日本のトップに登りつめる瞬間の82年から85年。
 みごとにこの本の中であの時代の陽気なさんちゃんが躍動している。よくぞ記録してくれたものだ。交錯するたけし、タモリ、紳助、鶴瓶がなんともいいのだ。ひとりのチャンピオンが誕生する姿に感動。まさにさんまこそがチャンプ、70年近く人一倍〈笑芸〉を見て来た私が言うのだから、ほとんど間違い......だらけだ。

 (たかだ・ふみお 放送作家)

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