書評

2021年7月号掲載

代表的知識人が描く極私的ラブストーリー

加藤秀俊『九十歳のラブレター』

古市憲寿

対象書籍名:『九十歳のラブレター』
対象著者:加藤秀俊
対象書籍ISBN:978-4-10-354151-6

 この本は、「ぼく」と「あなた」をめぐるラブストーリーである。1937年4月1日から2019年9月16日までの約80年にわたる日々が綴られている。
 同じ小学校に入学した「ぼく」と「あなた」は、お互いの存在をぼんやりと認識しながらも、直接は会話を交わすこともなく卒業してしまう。戦争が激化する中、やがて「ぼく」は陸軍幼年学校へ進み、「あなた」は勤労動員で旋盤工として働いていた。
 そんな二人が再会したのは戦後、「ぼく」が大学生になった時だった。下北沢駅のホームで偶然、渋谷行きの電車を待っている「あなた」を見かける。
 二人は毎週のようにデートを重ねるようになった。「あなた」は太宰治の熱烈な信奉者で、「ぼく」は坂口安吾が好きだった。文学談義を交わしたり、時にはグループで山中湖に合宿をしたり、二人の仲は深まっていく。
 こんな風にあらすじを紹介すると、まるで朝の連続テレビ小説の冒頭のようだが、この本はフィクションでもなければ、第三者によるルポルタージュでもない。
「ぼく」こと、書き手は1930年生まれの社会学者、加藤秀俊さん。「あなた」は長年連れ添ってきた妻の隆江さん。
 加藤秀俊さんは、戦後日本の代表的な知識人の一人だ。1957年に発表した「中間文化論」で論壇の話題をさらい、『整理学』や『人間関係』など何冊ものベストセラーを出版してきた。あの有名なリースマン『孤独な群衆』の翻訳も手がけている。社会学者の竹内洋さんの言葉を借りれば「町人型公共知識人」であり「日本型カルチュラル・スタディーズの開拓者」。象牙の塔に籠城することなく、常に世界中の「世間」と共に活躍を続けてきた。近年も『メディアの展開』や『社会学』など挑戦的な書物を世に問うている。
 僕が加藤先生と知り合って十年ほどになる。博学さと思想の自由さにいつも驚かされるのだが、『社会学』を最後に新しい本を出版する予定はないと聞いていた。
 だから新刊と聞いて喜んだのだが、まさかこのような本だとは思わなかった。極めて私的で、叙情的な、そして悲しい一冊である。何せ、加藤先生が、すでにこの世界にいない「あなた」に向けて綴ったラブレターなのだから。
 それにもかかわらず、この本は多くの人に開かれたものになっている。一つは登場人物が非常に魅力的であるから。「ぼく」も「あなた」も聡明で、冒険心があり、そしてチャーミングだ。二人の人生を応援しながら読みたくなってしまう。「あなた」が単身、商船でアメリカへ渡るシーンなんて冒険小説のようだ。
 加えて、激動の時代のレコードとしても読み応えがある。戦争の拡大と敗戦、戦後復興、高度成長。二人は、教科書に太文字で記載されるような出来事を幾度も経験してきた。
 たとえば1952年5月1日に起きた血のメーデー事件がある。皇居前広場でデモ隊と警官隊が衝突し、死者と多数の負傷者が発生した。
 その事件には「ぼく」も参加していた。全学連の役員を押しつけられ、デモ隊の先頭に立っていたのである。武力衝突が起こり、威嚇射撃をする警官。騒然とした現場から「ぼく」は逃げた。警官に追われながら走っていると、ここにいないはずの人を見かけた。それが「あなた」である。
「あなた」は山の手のお嬢様だった。東京都の教員採用試験に合格して、中学校の英語の教師をしているはずだ。そんな「あなた」がなぜここにいるのか。
 実は、日教組の組合員として、デモに動員されていたというのだ。二人は、一万人の群衆の中から全くの偶然に出会ったのである。「ぼく」は「あなた」の手をにぎりしめ、有楽町、そして銀座方面へと向かって走り出した。
 朝ドラもびっくりのドラマチックなシーンだが、血のメーデー事件の証言としても重要だ。しばしば歴史叙述はイデオロギーに搦め捕られてしまうが、社会学者らしいフラットな目線は、時代の空気をよく伝えてくれる。
 その意味で、この本は優しく知的なラブストーリーでありながら、ログブック(航海日誌)でもある。「ぼく」と「あなた」の航跡は、社会の航跡でもあった。そして「ぼく」が社会について発表してきた著作は、いつも「あなた」と共にあった。本書もまた「あなた」と共にある。

 (ふるいち・のりとし 社会学者)

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