書評

2021年5月号掲載

モテと非モテの分断を超えてゆけ

カレー沢薫『モテるかもしれない。』

朱野帰子

対象書籍名:『モテるかもしれない。』(新潮文庫版改題『モテの壁』)
対象著者:カレー沢薫
対象書籍ISBN:978-4-10-104671-6

 モテたい、などという煩悩は忘れて生きてきたはずだった。なのに、本書を開いてすぐ目に入った「自分はモテを手に入れられなかった」という言葉にひどく動揺した。
 本書の著者であり、漫画家として、エッセイストとして、さらにツイッタラーとして、人気が爆上がり中のカレー沢薫氏はこう書いている。
「現在では自分がモテようとすることはもちろん、モテている人間、モテる技術、果てはモテようとあがいているモテない人間すら眩しくて見ることができない」
 私はすでに中年だ。人間ドックで悪玉コレステロールに気をつけてくださいと言われたり、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』最終作の上映前に膀胱を軽くしたりしている四十一歳だ。結婚した時に思ったのは「これで恋愛しなくてすむ」だし、不倫報道を見るたびに「なぜわざわざ疲れることをするのか」と思ったりもしている。なのに。
「モテ」という二文字を見るたび感じるこの激しい焦りや不安は何であろう。
 お前はモテか? それとも非モテか?
 この二択を社会から二十四時間突きつけられている気がしてならないのは私だけではないだろう。そして、自分が「非モテ」であると答える人が世の中には多い。
 では、誰がモテているのか。「モテ」とは何なのか。
 本書はできれば直視したくない問いにカレー沢薫氏(と担当編集)が勇敢に挑んだ日々の記録である。彼らがめざすのは「モテ」への呪縛からの解放である。そして、そのことによって、逆に「モテるかもしれない」という淡い希望も抱いている。
 まずカレー沢氏が冒頭で挑むことを宣言したのは西野カナである。理由はモテそうな女が好きそうだから。だが「レベルが高すぎる」という理由で一旦回避し、まずは少し低い山から登ることになる。
『ルールズ 理想の男性と結婚するための35の法則』、女子中学生向けのファッション誌「nicola(ニコラ)」、少女漫画雑誌「ちゃお」の付録の手帳など、モテ初心者へのモテ指南を強く打ち出している書を彼らは紐解いていく。そしてモテとは「計算・努力・優勝」なのであるという結論にわずか38ページ目でたどり着いてしまう。
 ............。
 39ページ目から、彼らは路線を変更する。
 EXILE、バーフバリ、安室透、売れっ子AV男優、ジブリに出てくる男たち、乙女ゲーに出てくるイケメン二次元キャラクターなど、「モテ」を体現している異性たちから学びを得ようとしはじめる。
 自分たちが「モテるかもしれない」という希望から逃げ始めたのである。しかし、私はその逃避行に安息を感じていた。もういいじゃないか、モテなくたって、どうせ努力したってモテないよ、誰かをモテさせる側にいるほうが楽なんだよ、と思い始めた。ファミレスで仕事をしていると隣でオタク女子たちが推しキャラを巡って激論を交わしていることがあるが、そこに参加させてもらえたような豊かな時間だった。だが、
「もうお気づきの方もいるかもしれないが、私はカナと向き合うことを先延ばしにし続けていた。いや、恐れていたと言っても過言ではない」
 カレー沢氏(と担当編集)は実に連載六回分にも及んだ逃避行から戻ってくる。そして西野カナと真正面から向かい合う。本書で最も私の胸が熱くなった瞬間である。
 突然だが、私の妹はめちゃくちゃモテる。生まれ落ちた瞬間から親戚一同にモテたし、幼稚園、小学校、中学校とモテまくっていた。遠足のバスでは女子たちが妹の隣の席を取り合ったし、「お前の妹、可愛いよな」と校舎の廊下ですれ違った男子に私が告白されもした(あまりに妹が眩しすぎて本人には言えなかったらしい)。
 なぜそんなにモテるのか、妹に尋ねてみたことはないが、LINEで「西野カナ好き?」と聞いてみたところ、十五分ほどして「すごい好きってわけじゃないけど、好きだよー」と返ってきた。......やっぱり!!!!
 行け、カレー沢氏。西野カナと向かい合ってきてくれ。
 西野カナの曲を聴き、西野カナの評価をネットで調べ、カレー沢氏は彼女の曲が「モテソング」であるという仮説の検証に力を注ぐ。
 世界の分断を埋める方法はただ一つ、相手を知ることなのである。
 そして、その検証結果は意外なものだった。妹がモテていたのは西野カナのせいではないらしい(最初からわかっていたような気もするが)。
 だったら「モテ」とはいったい何なのか。大勢の人にチヤホヤされたい好かれたいというこの願いを遂げるには、どう生きたらよいのか。ラストでカレー沢氏はその切実な問いに答えてくれる。
「モテ」と逃げずに向かい合った者しか到達できない結論がそこにはある。

 (あけの・かえるこ 作家)

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