対談・鼎談

2020年12月号掲載

紙木織々「新潮文庫nex それでも、あなたは回すのか」刊行記念対談

物語の「主人公」になるために

Aoi Yuki      Oriori Siki
悠木 碧   ×   紙木織々

急成長を続けるソーシャルゲーム業界を舞台にしたお仕事小説『それでも、あなたは回すのか』。現役のゲームプランナーでもある紙木氏と、声優としてゲームのキャラクターを演じるのみならず、自身も創作者として活躍する悠木碧さんが、ソーシャルゲームと「主人公」について、熱く語り合った。

対象書籍名:『それでも、あなたは回すのか』(新潮文庫nex)
対象著者:紙木織々
対象書籍ISBN:978-4-10-180204-6

悠木 私は四歳から芸能界にいて、会社で働いた経験がないので、『それでも、あなたは回すのか』で描かれる会社組織というものがとても新鮮でした。生まれてこの方、個人プレーしかしてこなかったので、絶対的な集団プレーで作られていくゲーム制作の現場に、なるほど、となって。紙木さんは小説家である一方で、今もプランナーとして働かれているんですよね。

紙木 はい、そうですね。僕は新卒でソーシャルゲーム開発会社に入り、プランナーとして働き始めたので、作中の主人公・友利(ハト)と同じです。その後は、ディレクターに上がったり、プロジェクトマネージャーをやったり、シナリオライターも経験して、まあ、一通りいろいろな仕事をやりました。

悠木 主人公が配属されたセクションには、筋トレが趣味のプランナー、SNSでイラストが大人気のデザイナーなど、個性的なキャラクターがたくさん登場しますけど、ソーシャルゲームの開発現場って、こんな方々ばかりなんでしょうか(笑)。モデルになった方がいるんですか?

紙木 ソーシャルゲーム業界というのは変な......というと語弊があるので(笑)、「面白い人」がたくさんいて、キャラが強すぎるので、そのまま書くとアニメ以上に「アニメのキャラクター」になってしまうところがあって、むしろ書けなかったですね。だから、そこまで「モデル」という感じの方はいないです。僕がこの業界に入って一番感じたのは「本当にどんな人でもいるんだな......」ということで。たとえば、管理部に行くともうかっちりスーツを着ている人がいて、でも同じ会社で休日出勤すると会社の大画面に好きな声優のライブ映像流して盛り上がっている人もいて。「あなたは何しに会社にきたんですか」という(笑)。

悠木 すごい、面白い(笑)。そんな人もいるんですか。

紙木 いるんです。

悠木 作中でもいろんなキャラクターがでてきて、なんて言ったらいいんでしょう、これは小説で、物語なんですけど、「事実は小説より奇なり」なんだ、とは強く感じました。いろいろな人がいて、社会が成り立っている、ということの縮図がある気がして。そんな中で、最初に主人公に仕事を教えてくれる安村さん、すごくいいですよね。大好きです。一番のお気に入りキャラクターです。

現代人らしさ

悠木 安村さんは最初、全然ヒロイン枠ではないと思って読んでいたんですけど、最後まで読むと彼女がヒロインだったような気がしてきて。猫を飼っているところにキュンとしたり。

紙木 彼女に関しては、最初の方は情報を隠して隠して、ちょっとずつ見えてくる感じで描いていったので、そこがはまったようで、ほっとしました。よかったです。

悠木 主人公との距離感が絶妙ですよね。一生懸命に仕事をしていると、職場の人を恋愛の目で見る余裕ってないじゃないですか。普通に仕事をするのに必死、というか。「そうそう、こうなんだよ」みたいな気持ちに凄くなりました。友利くんの同期で、天才的なイラストレーターの青塚凜子ちゃんも可愛いんですけど、とにかく若い。「ちょっと、おまえ......」という行動が多くて、若すぎる(笑)。

紙木 一八歳、すごいな、という感じですよね。

悠木 主張が強すぎる。個人プレーをしてきた私でも「足並みを揃えることが会社員の鉄則」なのでは? と心配になっちゃうくらいに(笑)。紙木さんは書かれていて、筆が乗る、というか、楽しかったキャラクターはいましたか。

紙木 筆が走ったという意味だと、やっぱりエピローグの最後、友利がモノローグで畳みかけるシーンです。僕はああした展開が得意だし、自分としても好きなので、一気に書き上げました。

悠木 ハトくんは全編通じて、好感度が高いですよね。これは読んだタイミングが影響しているかもしれないんですが、今の年齢で読むと「新卒の子がこんなに頑張っている。泣ける」みたいな気持ちになって。まるで、お姉さんのような視線(笑)。

紙木 確かにハトは高校生ぐらいで読むと「もっと主人公らしく振舞えよ」と思われてしまいそうなキャラクターですよね。ただ、これは僕自身もそうだったんですが、ゲームを一切作ったことがない状態でソーシャルゲーム業界に入るのは、不安が大きくて。同じ新卒でも、ゲームの専門学校に通っていたり、プログラミングのスキルを持っていたり、既にゲームを作った経験がある人達も入ってくる。そうすると当然、強いことを言えるはずもなく......。

悠木 ああ、なるほど。ハトくんは「人生の主人公は自分」とは捉えていないところがとても印象的で。彼は自分のことを「モブなんですけどね」みたいに語りますが、本当はいろんなことを考えているし、できる限りのことをやろうとしている。そういうところがとても現代人っぽくて、読み進めていくうちに、主人公だな、と思いました。

紙木 いま、悠木さんはとても本質的なことを言ってくださって、それが伝わっていて僕は本当に嬉しいんですが、僕はハトを「これから主人公になろうとする人物」として描く、と最初に決めたんですよね。学生生活が終わって、自分が「物語の主人公ではない」と思ってしまった人が、もう一度、社会人という別のステージで輝ける形を示したい、というか。すごく良いところを突いていただきました。

悠木 本当ですか、嬉しいです。

自分のことを主人公だと

悠木 声優というのは傭兵集団みたいな感じなんです。ここに戦場があります、と言われて、そこに最強の傭兵集団が集まってくる、というか。レイドバトルみたいな感じで(笑)。

紙木 一つ一つのゲームやアニメが「戦場」みたいな感じですね。

悠木 そうそう。レイドに呼ばれて、その中で上位十人だけが最終戦で戦える、みたいな。そういう点では、自分のことを主人公だと思っていないと、とてもじゃないけど、パーティに参加できない。だから、最初から「チームプレイです」と始まった協調性の人たちとは見えている世界が違いましたし、それを知れたことは人として勉強になりました。

紙木 悠木さんが「主人公でなければやっていけない」と話されて、それにすごく感銘を受けたのですが、実はゲーム制作の場でも時にそういう主張をしなければいけない場面があるんですよね。そうじゃないと、妥協ばかりになってしまう。「イベント開始は来週だし、もうここまでで」となったときに、大人の選択としてそれは当然ありなんですが、そこで「主人公」となった人が踏み込んで、粘って、新しいステージが見えたりすることがある。この物語でいえば、ハトはそうした「主人公」になれるか、という点がシリーズの一番大きなテーマなので、悠木さんの言葉にはヒントをもらえた気がします。

エポックメイキングな作品

悠木 実は私、昔はソーシャルゲームをあまりやっていなくて。コンシューマーゲームが大好きだったこともあって、隙間の時間でプレイするゲームに少し抵抗感を持っている部分がありました。

紙木 ソーシャルゲームに抵抗感がある方は元々多かったと思いますよ。ここ数年でぐっと環境が変わった印象です。

悠木 そうですよね。私も、『Fate/Grand Over(FGO)』をプレイするようになって、捉え方が全く変わって。最初、周りから「絶対、プレイした方がいい」と勧められても断っていたんですが、やってみたら「ああ、申し訳ない、面白い、ごめんなさい」となって(笑)。これは「逆だ」と。本格的なゲームとしての遊び甲斐もあるし、隙間の時間にもプレイできる。隙間だからやるゲームではなくて、隙間にもしっかりとできるゲームなんだ、と。だから、自分がはまってからはソシャゲという形態が現代に生きる人たちにあっているんだな、と納得して。

紙木 「FGO」は本当にいろいろなものを塗り替えた作品で、プランナー目線でみるとリリース初期はちょっと不安定な時期もあったんですが、そんなことが関係なくなるレベルの、圧倒的な熱量みたいなものがあって、それは奈須きのこさん、という天変地異みたいな才能の力なんですが、それが通じたんですよね。あれ以降、ソシャゲではシナリオやキャラクターに力を入れたゲームがどんどん増えていきました。類を見ないエポックメイキングな作品です。

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悠木 ちなみに、プランナーとしての紙木さんにぜひ聞いてみたかったんですが、自分の好きなキャラクターのピックアップのときに、そのガチャをたくさん回すと「あ、このキャラは人気があるな」となって、ストーリーで出番を増やそう、とか、グッズを作ろう、とか、なったりするんでしょうか。

紙木 なるかと言われたら、なります(笑)。

悠木 よしっ(笑)。「FGO」でいえば、私はカルナというキャラが好きで、一昨年には最高レベルの「宝具5」にしてるんですけど、それでもピックアップがくると必ず一枚出るまでは引くんです。

紙木 それは、凄い......。「FGO」だと、悠木さんが声をあてられている酒呑童子というキャラクターを、僕も最高レベルの宝具5まで上げています(笑)。

文字という「一」に戻す

悠木 私は字を読んで、その公式からもらっている情報を膨らませて、人間を分析する仕事をしているんですよね。許された範囲の中で、項目が面だったものを球体にしていく作業というか。一を二にして、二を三にしていく。小説家というのは、書こうとする物語、頭の中にあるそれを文字という「一」に戻す、という作業ですよね。

紙木 ああ、いろいろな情報、百や千とあるものを文字媒体に凝縮する、という意味ではそうですね。

悠木 そう、ゼロから一を生み出すことも凄いですし、そもそも、百を一にしている仕事でもある。私たちが箱から取り出す仕事だとすれば、箱にしまう仕事をしている。すごいな、と。

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紙木 なるほど。そういう考え方をしたことがなかったのですが、それは確かにそうですね。

悠木 表現したいことは一緒かもしれないのに、手法が全然違いますよね。声優と小説家。お話ししながら、その流れ、思考の違いが面白いな、と思いました。

紙木 小説は書いているとき、ずっと辛いんですよね。「まだ終わらないな」ってよく思います。でも、自分で自由に書けるし、ゲーム業界に入る前から、それこそ中学生ぐらいの頃から小説を書いてきて、今回の題材は自分の仕事ともかかわっていて、だから、嘘にならない物語を書きたかった。もちろん、小説は虚構なのでぜんぶフィクションではあるんですけど、ゲーム作りの現場も、ガチャというシステムも、美化するのではなく、ちゃんと伝わるといいな、と。

悠木 作品を読んで、紙木さんとお話をして、すごくゲームが好きで、人間愛に溢れている人たちが一生懸命ゲームを作っているんだな、ユーザーに向き合いながら作っているんだな、ということがわかって、もちろん物語の部分があると思うんですけど、そうありたいということは伝わってきて、感動しました。タイトルは『それでも、あなたは回すのか』ですけど、読んだ方がガチャを回したくなりますよね、これ。

紙木 読み終わって、小説が好きな人はソシャゲを、ソシャゲが好きな人は小説を、どちらも好きになってもらえたら嬉しいですね。今日は刺激的なお話をたくさん伺えて、本当に楽しかったです。ありがとうございました。

悠木 ありがとうございました。

 2020年11月、神楽坂にて

 (ゆうき・あおい 声優)
 (しき・おりおり 作家)

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