書評

2020年8月号掲載

『その名を暴け』刊行記念特集

女性たちの連帯を生み出した報道

望月衣塑子

対象書籍名:『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い
対象著者:ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー/古屋美登里訳
対象書籍ISBN:978-4-10-240181-1

「ハーヴェイ・ワインスタインは何十年ものあいだ、性的嫌がらせの告発者に口止め料を払っていた」――。2017年10月5日、ジョディ・カンター記者とミーガン・トゥーイー記者の2人の女性が執筆した衝撃的なスクープ記事がニューヨーク・タイムズ(NYT)に掲載されると、これを機に#MeToo運動は一気に世界へ拡散していく。グウィネス・パルトロー氏ら、沈黙を続けてきた女優や従業員らも次々と実名告発に踏み切り、ワインスタイン氏から受けた被害を告発した女性は最終的に100人以上に膨れあがった。
 ムーブメントはハリウッドにとどまらなかった。世界の女性たちが、自らの性暴力被害の記憶や苦しみについてSNSに「#MeToo」を付けて発信。これらの告発を受け、テレビ局の名物司会者や有名シェフ、政治家ら政財界のリーダー達が次々に失脚していった。日本の女性たちも続き、財務省事務次官や市長、大学教授、フォトジャーナリストらによる性暴力やセクハラが発覚していく。国も職業も立場も違う女性たちが次々と加わった#MeToo運動は、社会的・政治的運動の大きなうねりとなっていく。
 日本の#MeToo運動の下地となったのは、ジャーナリストの伊藤詩織さんの告発があったことも大きい。NYTの記事からさかのぼること約4カ月前の5月29日、元TBSワシントン支局長から性的暴行を受けたとして、顔を出して記者会見に臨んだ。元支局長が疑惑を真っ向から否定し、検察も不起訴処分としていたため、短い記事にしかならなかった。
 私は詩織さんへの取材を通じて、性暴力被害者が声をあげることの難しさを改めて痛感していた。裁判になっても負けない詳細な証拠や証言をそろえるためには、被害者の心の奥にある、思い出したくもない記憶を引っ張りださねばならない。さらに被害を訴えても、ネット上でこころない中傷を受けたり、「あなたにも非があった」と批判されたりする。家族やパートナーを巻き込む恐れすらある。乗り越えなければならないハードルは多く、あまりに高い。それだけに、2人の女性記者がどうやって取材し、証言や証拠を集めたのか、関心をもって読んだ。
 本書では、ジョディ記者とミーガン記者を中心とした取材チームと、記事をつぶそうとするワインスタイン氏との生々しい攻防が記されている。ハリウッド女優ローズ・マッゴーワン氏のツイートを端緒に、性暴力の話を聞くところから取材はスタートする。2013年からジェンダーを取材してきたジョディ記者は、マッゴーワン氏の被害は、米国のあらゆる階層で起きている問題だと直感する。取材を重ねる中で、ジョディ記者たちは証言やメールなどの電子記録、過去の法廷記録、メモ、示談書などの客観証拠を積み上げていく。そして彼女たちの読み通り、同様の被害者が他のハリウッド女優にも沢山いることが判明していく。
 表に出なかったからくりも判明する。ワインスタイン氏は、被害にあった女優が声をあげようとすると、秘密保持を条件にした示談交渉に持ち込み、口封じをしていた。さらに被害女性の弱みを握るため、イスラエルの元陸軍情報部員が所属する団体を使って情報収集させていた。自身への取材の動きを察知すると、私立探偵を雇ってジョディ記者たちを監視。ジョディ記者たちはゴミ箱まで漁られ、女性スパイから怪しげなメールまで届いた。まさにハリウッド映画のような展開だ。
 被害女性たちはなぜ次々と怒りの声を上げたのか。告発者が孤立したり、不利益を被ったりしないよう、連帯することで反撃や中傷から告発者を守ることができるからだ。米ニュース雑誌「タイム」は2017年の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」にセクハラ被害の告発者たち(沈黙を破ったもの=The Silence Breakers)を選んでいる。
 連帯の成果は次の世代にも引き継がれる。NYT紙面で最初にワインスタイン氏から受けた性暴力被害を告白した女優のアシュレイ・ジャッド氏はその後、母校のハーバード大で教鞭を執り、ハリウッドで設立された「安全で公平な職場の整備を推進する組織」の理事に加わった。ミラマックスの元従業員のゼルダ・パーキンズ氏は、性暴力の示談で交わす「秘密保持契約」を無効にするための法整備をメディアや英国議会に訴えた。彼女たちの活動が次の希望につながっていく。
 小さな声を掘り起こし、困難に直面しながらも諦めなかったジョディ記者やミーガン記者、NYT編集局幹部たちの冷静で、かつぶれることのない熱い思いに心から敬意を表したい。

 (もちづき・いそこ 新聞記者)

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