対談・鼎談

2020年5月号掲載

『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』刊行記念対談

人生を激変させた「競技ダンス」の魔力

キンタロー。 ×  二宮敦人

かたや、日本代表として世界の舞台で踊ったお笑い芸人。あいまみえるは、大学時代に身も心も学費も競技ダンスに捧げきった小説家。
キレッキレに踊れるふたりが、濃厚接触自粛の折、ネット対談で血をたぎらせた。
大学生が舞い踊る異世界、アツいんです!                   

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対象書籍名:『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』
対象著者:二宮敦人
対象書籍ISBN:978-4-10-350292-0

二宮 本日は学連(学生競技ダンス連盟)の偉大な先輩にお会いできて光栄です!

キンタロー。 いきなりツカミが(笑)。私たち、地域も大学も違うけれど、同じ時期に学連に所属して、踊りまくっていたんですよね。たまたま私の方が二年上というだけで。

二宮 僕はモダン人で、先輩はラテン人。先輩は全国大会で常連の強豪選手でしたよね!

キンタロー。 「先輩」はやめて(笑)。二宮さんの本を読んだら、当時の仲間に会いたくなっちゃった。小説みたいにぐんぐん読んじゃったんですけど、これ、実話なんですか?

二宮 はい、一橋大学にいたときの自分と仲間のことです。ちょうど卒部十年を迎える時期に、同期や先輩後輩に「今だから言えること」を取材させてもらって書きました。プライバシーには十分注意したつもりですが......。

キンタロー。 過去と現在をノンフィクションで行き来しながら進んでいく構成も新鮮でした。フェイスブックとかでも「これが私の青春」なんて、本を紹介してくれている人がたくさんいますね。二宮さんとは面識がなさそうなのに、自分のことのように嬉しそうに推している。私も、みんな同じ経験をしていたんだ、って嬉しくなりました。

二宮 ありがたいです。二十歳上の先輩からも「自分の青春を書いてくれてありがとう」と言っていただけました。私的な物語のつもりだったので、正直、ホッとしましたね。同時に、今現在コロナウイルスの影響でカップル練習も試合もできなくなっている現役は本当につらいだろうと思うんです。緊急事態宣言の前に会った子も、カップルで練習できず自宅で自主練していると言っていました。

キンタロー。 四年生は特にかわいそうですよね。最後の年の晴れ舞台は数試合しかないのに、残酷すぎる。

二宮 だから先輩、もといキンタロー。さんと大学時代のダンスの話ができたら、彼らへのエールにもなるかな、と思ったんです。

キンタロー。 学連はもちろん、すべての社交ダンサーに元気をだしてほしいよね。

新歓で男子を狙う「捕獲班」

キンタロー。 二宮さんの本で印象的だったのはやっぱり「シャドー」でした。あれ、学連独特の制度ですよね。

二宮 一橋では、入部して二年目の秋頃に、上級生によって誰と誰が組むかを決められるんです。で、一度組んだら卒部まで変わらない。そこでカップルを組ませてもらえなかった人は「シャドー」と呼ばれて、在学中ずっと一人という理不尽なシステム(註・現在ではシャドー同士でカップルを組める)。影ですよ、影。もう少し別の言葉はなかったのか......。

キンタロー。 私がいた関西外国語大学では毎年末にリーパー会議があってカップルを決めてました。リーダー(男性)とパートナー(女性)、略してリーパー。先輩と後輩でも組めるんですが、女性のほうが圧倒的に多いから、どうしても組めない人が出てくる。これがまた哀しくて。

二宮 あと、うちの部では恋人同士で組むのをカップルカップルと言ってましたが、それはむしろ少数派でしたね。

キンタロー。 そうなんだ。うちでは「恋愛リーパー」って呼ばれて、禁止されてました。略して恋リ。

二宮 そういう呼び方があるくらいなら、隠れ恋リもいそうですね。

キンタロー。 います。でも隠すけど隠しきれない。すぐわかる(笑)。

二宮 なんで禁止されてたんですか。

キンタロー。 恋人同士で組むと、別れたからダンスのパートナーも解消するってなりがちだったから、と聞きました。でも、禁止したらしたで、恋人と組ませてくれないなら退部するって人もいて。だから、私の代が部の幹部(三回生)になったときに恋リをOKにしたんです。恋リの関係から結婚して、子どももできて、夫婦でダンススタジオをやるようになった後輩もいます。

二宮 おお!

キンタロー。 それでもやっぱり女性が多いんですよね。だから新歓では男子の捕獲、じゃないや勧誘に力を入れました。二宮さんも本で書いていますよね。

二宮 はい、実体験を元に、主に捕獲される側からの視点で書きました。

キンタロー。 あのとおりです。捕獲班はビジュアルのいい子と喋りがうまい子がワンセット。彼氏からもらった指輪はもちろん外します。彼女たちからの"確保"の連絡を待って、バックアップ班は少し離れたところで待機。そこに両脇から捕獲班に腕を絡めとられ、もとい組まれた男の子が連れて来られる、と。

二宮 もはや狩りですね......。

キンタロー。 シャドーになるつらさを知ってますから! で、仮入部したら自宅提供班の家で毎日鍋パーティーです。新入生はみんな一人暮らしを始めたばかりで寂しいじゃないですか。そこへ赤ちゃんのように手取り足取り至れり尽くせりで情を植えつけていくんです(笑)。

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「Skype対談、便利ですね」と二宮さん

二宮 ああ......接待は一橋でもありました。こんなにただで飲み食いさせてもらっていいのか、って不思議でしたね。あと、単位をとりやすい授業を教えてもらったり、必修授業の過去問やレポートを提供してもらったり。

キンタロー。 かなりの好待遇ですね。

二宮 他にも、奥多摩へのハイキングとか、遊園地に連れていってもらったりもしましたね。そこにはプールがあって、先輩女性陣もバーンと水着に。

キンタロー。 全方向から攻めてる(笑)。黙ってても男子が入ってくれる部活じゃないですからね。いったん入部してくれても油断は禁物。女性陣の間では、「ちょっと冴えないオタク気質の男子の方が開花して続くんだよね。チャラ男はダメ!」とか話してました。

二宮 確かに。最初は女の子と目も合わせられないような男子が、眼鏡をコンタクトに替え、背筋をピンと伸ばし、女子と手を合わせてリードを覚えていくうちに見違えるようになりますよね。ダンスがうまくなるだけじゃなくて、彼女ができたり、就活もうまくいったり。社会人になってからも、姿勢がいいから自信があるように見えるみたいで仕事にも有利だと同期が言っていました。

キンタロー。 二宮さんも変わった?

二宮 すごく変わりました。というか、変わりたくて入部したんです。僕は中高と男子校で、部員が僕しかいない美術部でわりとひっそり生きていたんですよ。女子と話したことすらなくて、このまま社会に出たらまずい、と思って、あえて捕獲されたんです。四年間ダンスをやったおかげで、女性のいいところも等身大の姿も知って普通の人間になれました。それに、喘息も治ったんです。

キンタロー。 へえー。

二宮 たぶん胸を張って胸郭を広げていたからじゃないかというのが自己分析なんですが。背筋を伸ばすと内臓とかにもいいらしいですね。

ライオンと恐竜の笑顔バトル

二宮 キンタロー。さんは、どうして競技ダンス部に入ったんですか。

キンタロー。 私も体育で「2」をとったことがあるくらい運動が苦手なんですけど、新歓で踊っている人たちの笑顔を初めて見たとき、即やられちゃいましたね。異次元の笑顔というか......。

二宮 わかります! どんな練習をしていても、笑顔を求められますもんね。表情筋を限界まで動かして全力で笑ってるのに、「全然足りませーん」って言われて、「気持ちが全然伝わってこないよ。もっとパッションを前面に出して」「まだまだ限界は超えられる」「一人で練習しないで。フロア中の視線を独り占めするようなアピールをしてください」「自分の殻を破って」とか畳み掛けられて。気づいたら、髪を逆立て大きく口を開けたライオン(先輩男性)と限界まで目を見開いた恐竜(先輩女性)がペアになって、僕の近くで前進と後退を繰り返していたり。あれは見ちゃいますよ。凝視のレベルで。自分の中に眠っていた被食者の本能が「やつから目を離したら危険だぞ」と訴えてくるんでしょう。究極の笑顔というか、この世ならざるものというか......。

キンタロー。 いや、私が言いたかったのはディズニーのキャストみたいな笑顔ということだったんだけど(笑)。まあ、見られてなんぼというか、試合では審査員よりダンサーの方が多いから、アピールしないとダンスそのものを見てもらえないんですよね。

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キンタロー。さんも画面越しに百面相を披露

二宮 たしかに。仮入部してすぐの僕がフロア(体育館)で女の子たちのほうをぼーっと見ていたら、先輩に声をかけられたんですよ。てっきり怒られるのかと思ったら、「もっとしっかり見ろ。目を合わせたら、絶対にこっちから逸らすな。こっちを見ていない子がいたら、気合と笑顔でこっちを振り向かせろ」って指導を受けました。恥ずかしそうに踊っているダンサーに審査員はチェックを入れてくれないぞ、ってことですよね。

キンタロー。 そうそう。笑顔は象徴的だと思うんですけど、あのカルチャーや仲間たちのキャラは面白かったですね。ふだんからメイクに必ず三時間かける先輩もいて、メイクのせいで必ず遅刻してくるとか。外国語大学なのに「英語を頑張って留学したい」と言う人は変人扱いされたりするとか。でも、ダンスに限らず、大学の体育会ってそういうところがあるのかも。

生まれもったものを活かす

二宮 競技ダンスをやって良かったなと思うことはありますか。

キンタロー。 初めてひとつのことをやり通せたのがダンスだったんです。それまでもいろいろ習い事をさせてもらっていたのですが、性急に結果を求めて挫折してばかりいました。ダンスも二回生のときとか結果が出ない時期が長くて、毎日のように辞めたいと思っていたんです。けど、部の仲間がきもちをつなぎとめてくれて。ダンス部という居場所を失いたくないっていうのもあったかな。

二宮 あ、わかります。

キンタロー。 お笑いって、ダンスに似てるんですよ。面白いか面白くないかがはっきり出ちゃうところとか、自分に余裕がないと見てくれている人を楽しませられないところとか、近道のない感じとか。答えがひとつに決まっているわけじゃないからこそ、精神力が問われる。まだまだだな、と思うことも少なくないけれど、結果が出なくても自分のペースでコツコツできるようになったのはダンスのおかげです。

二宮 小説も似ているかもしれませんね。すでにあるものと同じでは意味がない。自分にしか書けなくて、みんなが楽しんでくれる作品をつくるには、自分の生まれもったものを活かすしかない。ダンスも体型や性格によるジャンルの向き不向きがあって、それは受け入れるしかないじゃないですか。僕はワルツは苦手で、タンゴやクイックが得意でしたから、得意なところをがんばりました。

キンタロー。 あ、そういえば(笑)。

二宮 なんですか?

キンタロー。 テレビのロケでダンスを踊っているところに潜入したら、彼女をつくりにきたっていう97歳のおじいちゃんと会ったことがありました。

二宮 おお!

キンタロー。 ダンスをやっている人たちって、なんというか、色気がある気がします。男であること、女であることを忘れてないというか、生きるエネルギーがあふれ出しているというか。宴会をしている団体のようすを見ても、かつて嗅いだことのある怪しいニオイが漂ってますから、すぐわかりますね。

二宮 健康寿命も延びそう(笑)。実際、正しい姿勢や体の使い方を身につけるわけですから、膝への負担が軽くなったり、体にはいいはずです。

キンタロー。 そうそう。

二宮 僕も大事なことは全てダンスに教わったような気がするんです。夫婦生活の基本はダンスの基本、リード&フォローじゃないかとか。男女問題を解決するヒントは、パートナーとの信頼関係にあるんじゃないかとか。

キンタロー。 ふむふむ。

二宮 競技ダンスは一人じゃ踊れませんよね。男女が一組になり、リーダー(男性)がパートナー(女性)をリードし、パートナーがリーダーをフォローする。でもそれは主従関係ではない。たとえば女性は基本的に後退する形で、しかも進行方向を見ずに動くので、進路を決めて舵を切るリーダーは、パートナーがどのくらいの歩幅ならついてこられるのかを熟知していないといけない。それがなくて「俺についてこい」ではダンスは成立しません。ワルツの決めポーズは花がパーッと開くように、女性が目立ちますよね。リードはパートナーを輝かせるためのものであり、男性は女性の支え棒なんです。

キンタロー。 はい。

二宮 一方のパートナーも相手任せでは務まらない。リーダーの力を引き出せるのはパートナーだけですもんね。リーダーが自分自身ではわかっていない能力を見抜き、信じて引き出してあげる。逆もまた真なり。探して、みつけて、それを積み上げて、唯一無二の関係性を作り上げていく。話していたら、なんだか踊りたくなってきました。

キンタロー。 何を踊りますか。

二宮 ラテンに挑戦したいですね。

キンタロー。 じゃあ、コロナが収束したらダンパですね。宴を開くその日を楽しみに、各自、自主練ということで。

二宮 はい、ウイルスなんかに負けませんよ。ダンスは人間の本質的なものなんですから。

 (キンタロー。 お笑い芸人)
 (にのみや・あつと 作家)

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