書評

2019年7月号掲載

懐かしいあの本に会いたい

本橋信宏『ベストセラー伝説』

本橋信宏

対象書籍名:『ベストセラー伝説』
対象著者:本橋信宏
対象書籍ISBN:978-4-10-610819-8

 夕陽の向こうに消えていった懐かしいあの本にまた会いたい。
 物書き稼業をしてきた私の一丁目一番地のテーマがある。芥川龍之介、太宰治といった文豪のセピアカラー写真のキャプションに、「1人おいて」という記述が目にとまる。1人おかれてしまった人物の人生を追うのが、私が自分に課したテーマであった。そして1人おかれてしまった人物の多くが編集者であり、黒子であるべきだと表に出てこなかった、歴史に埋もれてしまいがちな編集者を特定して記録できないだろうかと思ってきた。
 ベストセラー書はどんな人物がたずさわったのか、人間の顔を浮かび上がらせたかった。私が長年抱いていたベストセラーの謎を解こうと思った。
 ポプラ社版江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズが、なぜ小学校の図書室に置かれていたのか。1963年、小学1年生だった私が熱読していた「少年サンデー」「マガジン」「キング」といった少年漫画週刊誌でなぜ戦記物が誌面を占領したのか。学研の「科学」と「学習」はなぜ学校内で堂々と生徒に販売できたのか。100万部を超えた週刊プレイボーイ、平凡パンチの素人ヌードはだれが脱がせたのか......等々。
 これまでにも企画を立ててみたものの、忘れ去られたベストセラーを、いまこの時代に掘り起こすことに意味があるのか、果たして関係者を探せるのか、探し出しても取材は可能か、誌面化することは不可能ではないかと思われ、なかなか実現できなかった。
 連載が決まると、著者や担当編集者の消息をつかみ、取材交渉し、可能な限り多くの関係者に会い、インタビューをおこなった。時間がかかったために、連載は不定期になりあしかけ6年間におよんだ。携わった著者や編集者が消息不明だったり、地上から姿を消しているケースも多かった。
 時は待ってくれない。
 東京オリンピックの聖火ランナーの格好をした子役時代の江木俊夫が表紙になった「少年画報」1964年10月号はいまも私の記憶に留まっている。この表紙を担当した編集者がご健在で当時の話を聞けたときは、本当にこの仕事を選んでよかったと思った。
 連載をしていた掲載誌休刊の知らせが飛び込んできたのは、「ノストラダムスの大予言」著者・五島勉を取材していたときだった。
「生産性」云々の問題で休刊という残念な結果になってしまったが、私の非生産的な原稿をいつも誌面ですくい取ってくれたのも他ならぬ「新潮45」であった。
 出会った人々の貴重な証言を活字に残すことができたいま、本書が様々な人々に読まれることを心より願っている。

 (もとはし・のぶひろ ノンフィクション作家)

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