書評

2019年3月号掲載

希望なき人生の中盤戦

――NHK「クローズアップ現代+」取材班
『アラフォー・クライシス―「不遇の世代」に迫る危機―』

渡辺隆文

対象書籍名:『アラフォー・クライシス―「不遇の世代」に迫る危機―』
対象著者:NHK「クローズアップ現代+」取材班
対象書籍ISBN:978-4-10-352351-2

 本書は、NHK「クローズアップ現代+」の制作チームが、全国各地を訪ね歩き、アラフォー世代が直面する人生の危機に耳を傾けた記録である。2017年12月と2018年6月の二度に渡って放送された「アラフォー・クライシス」の内容に加え、番組の中で紹介しきれなかった声やデータもあわせて収められている。
 まもなく平成が終わり、新しい時代を迎える日本。2020年には東京オリンピックも控える。
 そんな希望に溢れるはずの中にあって、アラフォー世代には、時代の熱気から取り残され、深いため息をついている人が数多くいる。まだ人生は中盤戦に差し掛かったあたり。それなのに、このあと待ち受ける後半戦に何の希望も持てない。彼・彼女らが抱える苦しさや生きづらさは、すべて"自己責任"だけで片付けられて良いのだろうか。
 国が発表した最新の調査によれば、大学卒業者の就職内定率は98%。調査以来、過去最高を記録した――。戦後最長といわれる好景気と、空前の人手不足の中で、就職活動は"超"売り手市場。学生が開いた自己PRブースを企業の採用担当者たちが詣でたり、内定を獲得した学生たちの6割以上が、企業に内定辞退の連絡を入れたりしている。
 実は、平成を迎えて間もない頃、今と似たような就職活動が行われていた。1991年に公開された映画「就職戦線異状なし」(フジテレビジョン製作)をご存じだろうか。そこでは、バブル全盛の時代に、企業と学生との間で繰り広げられた異様な就職活動の様子がコミカルに描かれている。
 この映画では、リクルートスーツを身にまとった若き織田裕二が、企業の採用担当者に"拘束"旅行へ連れていかれ、まさに至れり尽くせりの接待を受ける。「なりたいものじゃなくて、なれるものを捜し始めたら もうオトナなんだよ......」というフレーズが印象的だった。
 今回の取材班でデスクを務めた私は39歳。20年近く前、たまたま自分の就職活動中に、テレビで再放送されたこの映画を観て、衝撃を受けた。当時の自分を取り巻く状況が、映画とあまりにかけ離れていたからだ。かつて、私や、私の同世代が、就職活動をしていたのは『氷河期』と呼ばれるタイミングだった。
 それは、映画で描かれた『バブル期』の熱狂後にやってきた。企業の採用熱が冷え込み、就職するのがとりわけ難しかった時期だ。どれだけエントリーしても、企業からは何の音沙汰もなし。所謂"お祈りメール"すら届かない。「なりたいものより、なれるものを必死に捜して、どうにかオトナになりたい......」、これが2000年前後に就職活動をしていた私をはじめとする学生たちの、素直な胸の内だったと思う。
 社会に出てから、何度か、自分が経験した就職活動について話したことがある。すると、「時代の巡り合わせが悪かったね」「ついてなかったですね」とよく言われる。とりわけ、右肩上がりの成長が当たり前だった時代を生きた年輩者たちは、「人生で成功するかどうかは、自分の努力次第だ」と信じて疑わない。本当にそうだろうか。社会という大海原に歩みを進める時、その海が途方もなく冷たく、荒れていたら、それは全て"自己責任"で済ませられる問題だろうか。ましてや、その一歩目の影響が尾を引き、アラフォーになった今も、仕事や結婚、出産や介護などで、"人生の危機"に陥っているとしたら......。
 私たちは、いつ生まれるかを選べない。特に日本では、義務教育を終えて、高校、大学と、多くの人が足並みを揃えて進級していく。"新卒一括"の採用文化が色濃く残る中、私たちは社会に出て働き出す時期を、ほとんど選びようがない。
 それでも、ただひとつ、はっきりしていることがある。それは「景気は循環する」ということ。時代が巡って、いずれ自分の子や孫の世代が、再び訪れた『氷河期』に就職活動をするかもしれない。そのとき、私たちは「運が悪かったね。でも自分の責任でしょ」と、社会全体で向き合わず、また見て見ぬふりをし続けるだろうか。つらい現実に直面している同世代はもちろん、子や孫が当事者だという親世代など、幅広い世代の方に手に取っていただき、広く問題意識を持っていただけたらと願っている。

 (わたなべ・たかふみ NHKチーフ・プロデューサー)

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