対談・鼎談

2019年1月号掲載

特別読物 対談

人はなぜ嘘をつくのか

中野信子(脳科学者)  ×  福田ますみ(ノンフィクションライター)

たった一人の保護者の嘘で、教育現場が破壊されてしまう――悪夢のような実話ノンフィクション『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫)『モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』(新潮社)を書いてきた福田ますみさんと、最新の研究成果から、平気で嘘をついて罪悪感を持たない人の精神構造を分析した『サイコパス』(文春新書)がロングセラーとなっている中野信子さん。
ノンフィクションライターと脳科学者という、まったく異なる立場から「嘘」をテーマに語り合ってもらった。

対象書籍名:『モンスターマザー―長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い―』
対象著者:福田ますみ
対象書籍ISBN:978-4-10-131183-8

弁護士や精神科医こそ騙されやすい?

福田 これまで虚言で周囲の人を過剰に攻撃して、学校を破壊してしまう人を取材してきたので、今日は脳科学や精神医学の観点で色々お聞きしたいと思っています。『でっちあげ』ではありもしない教師のいじめを捏造したお母さん、『モンスターマザー』では息子の自殺の責任があると執拗に学校を責め続けて教育現場を壊してしまったお母さんに取材しました。二人とも中野さんが『サイコパス』で書いている女性サイコパスの条件と重なっていて驚きました。「か弱さ」をアピールするとか、そのことで「標的」を惹き寄せて、ある程度関係性が出来上がると豹変するとか。すぐに自殺するって喚くという点でもそうです。

中野 便宜的に「サイコパス」という言葉を使いますが、精神医学では「反社会性人格障害」という言葉を使います。他者に対する共感性や痛みを認識する脳の部分の動きが、他の人とちょっと異なる人がいるということが近年わかってきました。大企業のCEOに代表される、重大な決断を下さないといけない職種に多いという研究結果もあるくらいで、サイコパス=犯罪者というわけではないという点にも注意が必要です。

福田 二人のお母さんはともに躊躇なく嘘をついて、周囲の人間をとても巧妙に騙すことができるんです。「うちの息子が教師にひどい体罰を受けている」「耳をつかんで千切れるくらい体を振り回した」「みんな見ていた」という嘘で周囲を騙してしまう。普通に考えたら簡単にばれてしまうような嘘なのに。

中野 おそらく自分で作り上げた「心的事実」のなかで生きているんだと思います。そのなかでは彼女たちのいう嘘が、真実なんでしょう。

福田 まさにそういう感じでした。

中野 そもそも人間の脳って、あんまり論理的にはできていないんです。ちょっと頑張らないと論理的な考え方ができない。私たちの脳は二つのシステムでできていて、ひとつが論理的に考える「遅いシステム」、もうひとつは論理的に考えず、感情で動く「速いシステム」です。前者は使っていないと鈍りやすい上に、すごくエネルギーも使うので、普段はあまり使いません。例えばトランプ大統領の言っていることは滅茶苦茶ですが、「速いシステム」に訴えるのが上手なんですね。福田さんが取材した方々はどうでしたか?

福田 矢継ぎ早にセンセーショナルな嘘をつくんです。

中野 私たちは感情に訴えられると、理性で判断するよりも、何かすぐに応急処置をしなくてはいけないと思いがちです。

福田 弁護士や精神科医のような方々がみんな騙されました。

中野 トランプ大統領を支持している人は当初、「プア・ホワイト」と呼ばれる貧しい労働者階級が中心だと言われていましたが、インテリ層も多く含まれていたことがのちにわかりました。インテリほど「自分は理性で判断している」と思い込みがちで、かえって危ないとも言えます。実際は「速いシステム」で物事を判断しているのに、「速いシステム」を補強するために「遅いシステム」を使ってしまったりします。

福田 そういう人まで取り込まれてしまうのが恐ろしいところですね。

中野 弁護士とか医師のような方々は「人を助けたい」というモチベーションを持っていますので「頼ってくる人に弱い」という性質を、人よりはちょっと多めに持っていることになります。心理学や精神医学に携わろうという人は教科書の最初に「患者さんと共依存にならないよう注意せよ」と戒めとして書いてあるのを目にするはずなんですが、教科書にそう書いてあるということは、書かないとそういうことになってしまうということです。自分が患者を助けていることに依存するんですね。快感を感じてしまう。

福田 ドーパミンなんかも出ちゃう?

中野 ものすごく出ると思います。自分が役に立っているという状態に興奮してしまう。弁護士がそういう戒めを持っているかどうかは知りませんが、危ない部分を抱えていると思います。

福田 マスコミも同じです。『でっちあげ』は、週刊文春が〈『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した『殺人教師』〉という大見出しで報道して、「後追い取材をしてきて」と言われて取材現場に入って書いた本ですが、私もはじめは「先生は児童をいじめたり体罰したりして、ひどい悪人のはずだ」と思っていたんです。ところが先生に何度も会って取材していくうちに、とてもそんな人には見えなくなりました。もちろん取材している途中は、どちらが嘘をついているかわからないのですが、私自身、先生に感情移入してしまって、お母さん側に立って憤っている人と、私の義憤とが対立して、客観性を保つのが大変でした。

中野 戦争にも似たところがあります。正義対正義の戦い。二つの集団の正義は異なることもあるので、それがぶつかりあってしまう。福田さんが取材してきた人たちは、その軋轢の中心にいることで自分の身を守る戦略に長けているんでしょう。

福田 『モンスターマザー』のお母さんはミクシィを駆使して、自分の主張に賛同する人を大量に集めました。

中野 児童など、自分の代理になるものを傷つけて周囲の注目を集めようとする「代理ミュンヒハウゼン症候群」という精神疾患がありますが、そのバリエーションの可能性も感じます。

福田 『でっちあげ』のケースでは「教師にひどい体罰を受けた」というお母さんの話を真に受けて、精神科医が子どもをひどいPTSDだと診断し、閉鎖病棟に入れてしまいました。強い薬を処方されてしまって、子どもも被害者ではないかと思いました。こういう親に育てられた子どもはどうなっちゃうんだろう。

中野 反社会性人格障害は遺伝する可能性があるという研究があります。後天的に獲得するものをソシオパス=社会病質と呼びますが、トランプ大統領に対してアメリカの名だたる精神科医や心理学者が「彼はソシオパスだ」と言っています。ソシオパスとサイコパスで見分けはほぼつかないんですが......。彼にも娘や息子がいるので配慮してそう言っているだけで、サイコパスだと言いたいのだと思います。

「サイコパス」その特異な生存戦略

中野 サイコパスの生存戦略は、そもそも私たちのそれとちがうんです。

福田 ちがうというのは......?

中野 異常心理学の専門家で彼らのことを人間の「亜種」だという人もいますが、それは言い過ぎだとしても、一般の人と思考形態がかなりちがうようなんです。

福田 ホモ・サピエンスというより......。

中野 いわば「ホモ・サイコパス」。彼らは一般的なホモ・サピエンスとちがう生存戦略で生き延びているんです。その戦略は非常に巧妙で、ホモ・サピエンスが集団を作り、それを守ることで生き延びてきたのに対して、サイコパスはその性質に乗っかって生きてきました。

福田 中野さんの本では「フリーライダー」(タダ乗りする人)という言葉を使っていますね。

中野 そうなんです。私たちが守っている社会や集団を搾取することで生き延びてきたのがサイコパスなんです。そういう意味では彼らは生態系のピラミッドではホモ・サピエンスよりも上にいる。ですから大企業のCFOとか政治家に向いているという言い方もできるんです。アメリカの大統領にもサイコパスが多いという報告もあります。

福田 クリントンやケネディがサイコパスの傾向が強いという研究結果には驚きました。ヒトラーとかスターリンなんかがサイコパスだと言われても驚きませんが、ケネディは意外。

中野 そう指摘する人がいるのはたしかです。恐れ知らずで、大衆にアピールするのがうまい。まだ私たちが彼らの「嘘」に騙され続けているだけだと解釈することは可能かもしれません。

福田 でも、サイコパスが世界から淘汰されていないということは......。

中野 彼らの生存戦略が成功しているということです。生存戦略が成功していればサイコパスの遺伝子は残っていくので。

福田 サイコパスすなわち悪とはいえないというか、世の中にとって必要な存在なんだろうか。

中野 良い/悪い、正しい/正しくないというのは一言では言えないものですが、大事なことはサイコパスの側がそういう判断基準を持っていないということです。そして持っていない方が、生物としては強い。判断基準って、集団を維持するためのものです。「みんなが頑張っているのにズルをする人は悪い」「みんなが守っているルールを破る人は良くない」。しかしそういうルールの存在を知り尽くしていて、なおかつ縛られないで集団を操ることができる人がいたとしたら、自動的にそういうルールのことを考えてしまう人よりも巧みにゲームをプレーできてしまいます。そして生存戦略では良い/悪い、正しい/正しくないではなく、勝つか負けるかが重要なんです。そしてサイコパスは生存競争に勝ってきた。

福田 良い/悪いとか、正義とか、そういうことを考えないわけですよね。

中野 「そういうことを考える領域を持っていない」という感じに近いと思います。サイコパスというのは「正義の領域」「良心の領域」がない人たちということです。

織田信長はサイコパスだった?

中野 世界の百人に一人に「正義の領域」が欠けている人がいて、日本人の場合は四百人に一人程度だという研究があります。

福田 農耕民族であることが関係していたりしますか?

中野 東アジアには比較的少ないとされています。サイコパスは流動性の低い社会では生存しにくいんです。子孫を残しにくくなって、淘汰されてしまう。サイコパスの生存戦略が合わない土地柄なんでしょう。逆に流動性の高い社会だとサイコパスの嘘が暴かれないので、戦略が有効になってしまうんです。

福田 戦国時代の武将なんかはサイコパス傾向が強い方が天下が獲れそうですね。織田信長なんかサイコパスだったんじゃないかなあ。

中野 戦国時代って極度に流動性の高い社会ですよね。彼らは痛みを感じにくい性質もあるので、そういう時代に活躍します。

福田 戦場でものすごく勇敢に戦って、勲章をもらうような人もサイコパスの度合いが高いのかもしれませんね。

中野 『戦争における「人殺し」の心理学』という本を書いたD・グロスマンによれば、「撃墜王」なんて呼ばれるパイロットがいて、彼が一人で全体の四〇パーセントを撃墜するそうです。戦争ではそういう人を「英雄」と呼ぶわけです。

福田 ナチスのユダヤ人の収容所では、最初はユダヤ人を銃殺していたらしいんです。やっぱり普通の人にはそれが心の負担で、つまり良心が痛んで、続けられなくなってくる。それで考案されたのがチクロンBによる殺害だったという説があるそうです。より効率的に大量殺害をする目的もあったと思いますが。

中野 良心が痛むというのは前頭前野が健全に働いている証拠です。

か弱い女性サイコパスは批判しにくい

福田 『モンスターマザー』のお母さんは夫にひどい暴力を振るったり、つばを吐いたり、それはもうひどいんです。でも女性のドメスティック・バイオレンスは顕在化しにくいですね。逆のケースならすぐ逮捕されてしまうはずなんですが。

中野 女性によるドメスティック・バイオレンスは近年になってようやく注目されるようになってきたばかりです。夫があまり告発しないそうですね。

福田 彼女は何度か結婚しているんですが、再婚しても同じようなことを繰り返していて。元旦那さんたちにも取材したところ、出会った当初は普通の、しおらしい女性だったというんですが、結婚の約束をした途端に豹変するんだそうです。でも彼女個人には生計を立てる能力はないから離婚するのは損なはずなのに、なんで豹変するんでしょうか。

中野 計画性みたいなことを司るのは別の部分なので、サイコパスがみな無計画なわけではないですし、みな計画的というわけでもないんです。

福田 驚いちゃうんですが、暴力を振るっているのは自分なのに、堂々と警察に通報するんです。それで正当防衛だと言い張る。

中野 自分が弱者だという自認がそうさせるんでしょうね。

福田 自分は弱者、被害者だという「心的事実」のなかで生きているということなんでしょうね。

中野 女性を攻撃してはいけないという社会通念をうまく利用できる人がいるのはたしかです。また、攻撃されるかもしれないから先手を打つというパターンが多いようです。サイコパスは潜在的には女性の方に多いかもしれないと指摘する人もいます。もちろん逆の意見もあるんですが、男性のように暴力に訴えるケースが少ないため、顕在化しにくいということは考えられます。

福田 私が『でっちあげ』や『モンスターマザー』で取材してきた人たちは、一見か弱い女性たちなので、彼女たちが「学校でいじめがあった」「息子が体罰を受けている」「自殺の原因は学校だ」と訴えていると、それを疑ってかかったり、「嘘をついているのでは」と批判するのは難しいんです。しかも嘘だということが明らかになっても美談にはなりませんから......。『でっちあげ』も『モンスターマザー』も「史上最悪の読後感」とか言われました(笑)。

中野 いや、世の中に必要な本だと思います。感動本とか礼賛本とかが増え過ぎて、「世の中本当にそうなのか」という思いが膨れ上がる時に読まれるんだと思います。


 (なかの・のぶこ 脳科学者)
 (ふくだ・ますみ ノンフィクションライター)

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