対談・鼎談

2018年12月号掲載

竹宮ゆゆこ『あなたはここで、息ができるの?』刊行
津村記久子『この世にたやすい仕事はない』新潮文庫化
記念特別対談 @la kagū

助けにいこう、助けられないかもしれないけれど。

竹宮ゆゆこ × 津村記久子

新作書き下ろし小説『あなたはここで、息ができるの?』が絶好調の竹宮ゆゆこさん。
その竹宮さんが、〈宇宙一好き〉という津村記久子さんとの対談が、話題のお仕事小説『この世にたやすい仕事はない』の新潮文庫化を機に実現。
おふたりの趣味と個性があふれだす、初顔合わせ〈同い年〉トークをお届けします!

対象書籍名:『あなたはここで、息ができるの?』/『この世にたやすい仕事はない』(新潮文庫)
対象著者:竹宮ゆゆこ/津村記久子
対象書籍ISBN:978-4-10-180188-9

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同い年なんです。

竹宮 私が津村さんの大ファンで、「今、一番読んでる作家さん、誰ですか」って訊かれるたびに、「津村さんです」って一生懸命答えていたら、今日このような機会が巡ってきました。なので、さっき会議室で初めてお会いした瞬間の感動を、まだ忘れられません。津村さん実在するんだって。

津村 大阪から直行したんで、すみません。大きい鞄を抱えて、オレンジジュースを飲みながら入っていって(笑)。竹宮さんとは同じ1978年の、

竹宮 2月24日です。

津村 私は1月23日です。『とらドラ!』のアニメのサムネイルは、むっちゃ動画配信で見かけますし、私もアニメ化されてる原作の著者さんと会うとか、もう初めてなんで、華やかなラノベ作家の方が読んでくださってるのに、びっくりしました。

竹宮 私も芥川賞作家とお会いするの初めてです。

津村 大阪行ったら、ほんま私そのへんにいますから(笑)。

竹宮 最初は、表紙に惹かれて『ミュージック・ブレス・ユー!!』を手にとって、それからはもう、小説もエッセイもどんどん読んでいったんです。
『大阪的』のカバー裏に、「津村さん、ラーメン二郎を熱く語る」とか書いてあるともう気になって、あ、津村さん、二郎、行ったの? と思って、「津村記久子 二郎」で検索しまくったりして(笑)。

津村 私と「Meets Regional」の初代編集長の江弘毅さんが大阪についてしゃべってる本ですね。

竹宮 とくに衝撃だったのが、最初の『君は永遠にそいつらより若い』で、買う前にパラパラっと一ページ目を読んだときで、なんかすごい傷口を見たような気がしたんです。その場に流血してる人間がいるわけでもない。でも私は見たんです、血の跡を。

津村 本当にありがとうございます。デビュー作は、編集者さんがついて書いた小説ではないから、何ていったらいいんかな、好き勝手の良さもあったんでしょうか。

竹宮 まとめようとしてない、むき出し感がすごかったです。

「私の津村さん、見ます?」

津村 いま四十なんですけど、年いったーって思うんですよ。サッカー場のゴール裏におるおっちゃんたちが、バックスタンドで肉まんを渡し合う時のトークとかが面白くなってきて。反対に竹宮さんの新刊『あなたはここで、息ができるの?』は、本当に若々しい。同じ年なのに(笑)。

竹宮 これはフレッシュな女子の一人語りですね。

津村 すごい手綱を短く握ってる感じで、バーッて女の子の語りが進む。荒唐無稽なことに巻き込まれるのかなって思っていると、反対にものすごく普遍的なところに着地します。その普遍性の部分にあらわれるキーワードは、「献身」なんだと思いました。二十歳ぐらいの女の子ってもう世界で一番自分勝手な生き物なんで(笑)、ルッキズム的な描写もあるんですが、そんな女の子の気持ちと「献身」って、現実的にはなかなかつながりにくいのに、見事につながっています。

竹宮 ネタバレになるからあまり言えないんですが、献身することを私が選んだからねっていう主体的な態度が主人公にはありますよね。

津村 そこがすごく感動的なんです。人が人を助けるのを書くのってすごく難しいですし。

竹宮 いまお話しされたことから、私は、逆に津村さんイズムを感じます。津村さんの登場人物は、なにかを失うことによって誰かを助ける。しかも、助けることで自分も次のステージに進む。みんながそれぞれに自分が差し出すものを探していて、そこがすごい好きなんです。
 たとえば『エヴリシング・フロウズ』で、主人公のヒロシが大土居に「助けるよ」と言うところ。困った状況にある同級生を前に「いや、助けるよ」って、ねっとりした言い方じゃなくサラッと返す。あのヒロシ特有の反射の速さには、カッコよさという言葉では言い尽くせない、人間性の良さがあります。

津村 ゲット・アップ・キッズという好きなバンドがあって、Don't worry, I'll catch youって歌う曲があるんです。これはなかなか言えないことで、たいていアーティストたちは、最初の頃は向こう見ずなこと言うんですけど、技術が高くなったり立場が変わると、だんだん慎重になって、責任の取れることしか取り扱わなくなる。それはリアリティにつながってるから別に悪いことでもないんですけれども、不意に感動するものって、その外側に行こうとしてるものやって、すごく思うんです。
 竹宮さんの『あなたはここで、息ができるの?』も、責任の取れる範囲の外にある物語だなっていうふうに思います。登場人物が一か八かのリスクを負ってるのに、「負ってます!」みたいなことを言わない。というかリスクを負っていること自体を多分わかってない。

竹宮 うん、そうなんです。

津村 そのすごく勇気があるなって思ったっていう感覚を小説にしたかったのが『エヴリシング・フロウズ』のいまおっしゃったあのへんですね。でも、それを人に言える日が来ると思ってなかった(笑)。

竹宮 そうやって津村さんは「私が書いた小説です」というものを見せてくれるじゃないですか。そして、私はそれを読む。すると読んだ瞬間にもう、津村さんの小説というより、「私の」読書体験になっていくんですよね。ここでご本人を前に感動を伝えながらも、「私の津村さん、見ます?」みたいなシュールな気持ちにもなります(笑)。

迷ったらええがな

竹宮 こんど、以前テレビドラマ化された『この世にたやすい仕事はない』が文庫になるんですよね。これは、主人公の女性が短期の仕事を転々としてゆきます。ちょっと面白げな。

津村 新卒からずっとやってきた仕事につまずいて、燃え尽き症候群になった主人公が、「ドモホルンリンクルみたいな、コラーゲンの抽出を見守るような仕事をしたい」ってハロワのおばちゃんにつぶやくと、「え、あるよ」みたいなこと言われて......。

竹宮 意外とあるっていう(笑)。

津村 ほんで、ただただ小説家を見張る仕事をする。

竹宮 これが一つ目ですね。

津村 はい、あとはもう転々と。二個目がバスの車内アナウンスを作る仕事。「次はなんとかって饅頭屋がありまーす」みたいな。三個目がおかきの袋裏の豆知識の原稿作りの仕事をやって、四個目が、ちっちゃい、高齢者の多い町にポスターを持ち込んで、「貼らせてください」と言ったり、「貼らないで」って怒られたりするっていうだけの仕事。最後の五個目は、万博公園がモデルなんですけど、大きい森のような公園で、ただただ小屋の中で、もぎりのチケットを作る。それだけの小説です(笑)。

竹宮 おかきの袋の仕事が私的にはちょっとやりたい。

津村 みんなやりたいって言いますね。

竹宮 「じゃがりこ」ってあるじゃないですか。味ごとにちょっとした小ネタがあって、「あ、じゃがりこのあの感じね、おかきは。私、できる」って(笑)。

津村 それまで、パワハラのことをいっぱい書いてきたから、それは出さずに、でも仕事がいやになる小説を書いてみたいなあと思いました。

竹宮 主人公は職場を転々とするんだけれども、その迷走が、次に踏み出す力を蓄えるための、すごいいい時間になっていますね。

津村 ありがとうございます。パワハラに遭うような明快な理由はなくても、「迷ったらええがな」みたいなことを言いたかったんやと思います。「点の失望」に囚われているより、次に行こうみたいな。

竹宮 「そういう時期もあっていいんちゃうん」みたいなことを言う、公園のおっちゃんも存在感がありますね。すごい関西人だし(笑)。

津村 あれ担当さんもすごい好きみたいで、しゃべり方を真似して、「どんと来いですわ」とかって言ってました。

絶妙に意味がないことの面白さ

津村 根拠があって計画的に進むのもそれは面白いんですけれども、パッとくるのもいいよねって思うんです。たとえば、ファミレスにおると、周りの会話とか聞いてまいません?

竹宮 めっちゃ聞いちゃいます。面白そうな話をしそうな人がいたら、イヤホン外して聞きます(笑)。

津村 私、最近一番好きだったんが、私より十五個ぐらい上のおばちゃんとおばちゃんがしゃべってて、レシート見ながら、「もう三時間もしゃべってるな」って言うんです。ほんで、その片方のおばちゃんがドリンクバーに行ってきて、で、ドリンクを持って帰ってきて、「これな、あれとあれ混ぜてんやんか」って言ってたんが、ほんまに好きで。

竹宮 オリジナルドリンク。

津村 ガストで三時間もおって、「あれとあれ混ぜたらおいしいで」って。そこに絶妙に意味がない(笑)。そういうふうに年をとりたいと思って。

竹宮 うんうんうん。

津村 「意味、あるわよ!」って話してるときほど、意外とどうでもよかったりするじゃないですか。そのおばちゃんが突然そういうことを言い出したりする不意の動きがやっぱり面白いなと思って。

竹宮 人間っぽい、リアル人間っぽい面白さですよね。

津村 さっき竹宮さんがおっしゃったヒロシのお話でも「やるよ」みたいなことを一切言わずに不意に動き出す。でも、そのあいまにラーメンを食べに行ってるとか。そういうのがなんかいいんです。

竹宮 そういえば津村さん、二郎であの呪文唱えました?

津村 何でしたっけ。

竹宮 「マシマシ」。

津村 あ、しなかったです。増されてもみたいな感じで。

竹宮 やっぱり大阪的(笑)。情報を食べた、経験を食べたんですね。

(2018年10月2日神楽坂ラカグにて)

 (たけみや・ゆゆこ 作家)
1978年東京生れ。シリーズ作品に「わたしたちの田村くん」「とらドラ!」、長篇小説に『砕け散るところを見せてあげる』『おまえのすべてが燃え上がる』などがある。本誌11月号では中川翔子さんと対談。
(つむら・きくこ 作家)
1978年大阪生れ。「ポトスライムの舟」で芥川賞。ほか著書多数。最新作は『ディス・イズ・ザ・デイ』。本誌連載中の『やりなおし世界文学』は1月より「Webでも考える人」に場所を移してさらにパワーアップ。

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