書評

2018年10月号掲載

いわくつきの品がもたらす騒動

――梶よう子『はしからはしまで―みとや・お瑛仕入帖―』

清原康正

対象書籍名:『はしからはしまで―みとや・お瑛仕入帖―』
対象著者:梶よう子
対象書籍ISBN:978-4-10-120953-1

 浅草橋を渡ってすぐの茅町一丁目にある雑貨店「みとや」。食べ物以外は何でも扱い、品物はすべてが三十八文均一で、屋号は三、十、八に因んでいる。文化四年(1807)八月に起きた永代橋崩落で両親を亡くした長太郎とお瑛の兄妹が営んでいる。この兄妹を軸に、いわくつきの品物がもたらすちょっとした騒動と周囲の人たちとの関係が魅力的な「みとや・お瑛仕入帖」シリーズの第三弾。
 第一話「水晶のひかり」は、惣菜屋「はなまき」を営む元吉原の人気花魁だったお花と手習い塾を開いている菅谷道之進の祝言話から始まる。この二人のことは第二弾の第四話「五弁の秋花」で展開されていたが、そのことにも改めて触れている。
 こうしたおめでたムードで始まった第三弾なのだが、この後、思わぬ展開となっていく。なんと、長太郎が急死し、作者はこの兄妹コンビをあっさりと解消してしまうのだ。兄を亡くしたショックで揺れ動くお瑛の内面が、物語展開に沿って角度を変えながら描かれていく。
 第二話「引出しの中身」では、長太郎の突然の死からふた月。偏屈な老指物師・徳右衛門とその弟子・六助の間をお瑛が修復する。お瑛は自分が知らない兄の一面をたくさん知りたいと思う。
 第三話「茄子の木」は、年が明けて桃が咲く頃の季節。道之進の息子・直之は昨年の暮れに元服して、名を直孝に改めていた。お花は「はなまき」を再開し、道之進の手習い塾も大流行り。もう長太郎さんのことを追うのはお止めになったら、と直孝は言う。
 ちょっと不思議な老婆の忍び込み事件に、店で売っている懐炉が絡む。柳橋の料理茶屋「柚木」の女将・お加津の雇われ船頭・辰吉と本所の鳶頭・才蔵との揉め事から、忍び込みの老婆が才蔵の母親であったことが分かる。懐炉の始まりに触れて、題名の意味と鳶頭の倅を思う母親の気持ちを描き出している。
 この後、お瑛と辰吉の猪牙舟(ちょきぶね)勝負の様子が描かれていく。勝負の意外な結末と辰吉がお瑛に懐炉を差し出す場面で終わらせているところが面白い。
 第四話「木馬と牡丹」では、お瑛がお花に兄を捜してほしいと頼まれる。長太郎の友だちだった寛平が大量に仕入れてきた木馬と牡丹の意匠が施された櫛から、お花の兄のことが無理なく自然に分かる展開で、作者の物語作りの巧みさをよく示している。
 第五話「三すくみ」は、船宿・梅若の隠居・五郎兵衛とその妾、女房の三人の関係を、蛙・なめくじ・蛇の三すくみに仕立てた着想が冴える。また、お瑛の舟に蝦蟇蛙、なめくじ、蛇が放り込まれていたもう一つの三すくみの謎も解き明かされる。
 第六話「百夜(ももよ)通い」では、「深草の少将の百夜通い」のエピソードを巧みに使って、ぐうたらな上に自分の子を見殺しにするような亭主と別れることにした女房を登場させている。その後で、お瑛が人気のある女占い師に見てもらう。過去は変えられないけど、先のことだってわかりはしないもの、とお瑛は思う。
 この第六話で注目した描写がある。お瑛が女占い師に本当に占ってほしかったのは「いい男(ひと)が現れるかどうかだ」と記されている点である。辰吉のお瑛に対する態度から、辰吉との繋がりが進展していくのかと思いきや、意外な展開が待っている。この後、お瑛の心をときめかせる男が出現して恋に陥るのかどうか、という興味が湧いてくる。
 そしてもうひとつ。「我が子のことを忘れられる日なんかないはずよ」「胸乳(むなぢ)が張って、そりゃあ痛いの。お乳が石みたいに硬くなるのよ」というお加津のセリフに、これはお加津の体験から出た言葉ではないかと思わせるものがあることだ。お瑛はお加津から多くのことを学んでいくのだが、そのお加津の「変えられない過去」がこの後で明かされていくのかどうか。お瑛の今後の成長ぶりと深く関わるものとして注目したい。
 こうした点からも、シリーズ第四弾での新展開が楽しみに待たれるのである。

 (きよはら・やすまさ 文芸評論家)

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