インタビュー

2018年2月号掲載

『棲月 隠蔽捜査7』刊行記念インタビュー

作家生活40周年を迎えて

今野敏

1978年にデビューし、今年2018年、作家生活40周年を迎えられる今野さん。その記念の年の第一作として、大人気警察小説「隠蔽捜査」シリーズの最新作が刊行されます。今年に込めた思い、そして40周年を迎えての思いを伺いました。

対象書籍名:『棲月 隠蔽捜査7』
対象著者:今野敏
対象書籍ISBN:978-4-10-132163-9

――ファン待望の「隠蔽捜査」シリーズ最新刊が、ついに発売となりました。長編7作目、スピンオフ短編集も含めるとシリーズ全体では9冊目となります。今回のお話はどこから構想されたのでしょうか。

 今回はまずタイトルが先にありました。実は妻が夢で、『棲月』というタイトルの本で私が賞を獲ったのを見たというんです。それを聞いて、珍しいタイトルだけど挑戦してみようかと思いました。月に棲む、というタイトルからまず初めに連想したのは「セーラームーン」。ただ、それはさすがにないだろうと。それで、次に思い浮かんだのが、「クラウド」でした。クラウド・コンピューティングはネットワークを雲に見立てたことから来た呼び名ですが、雲の上の人、すなわち月に棲む人というのをなんとなく連想したんです。そこから、ではPCやハッカーを登場させよう、と膨らんでいきました。

 もうひとつ、前作から主人公・竜崎の異動の予告をずっと引っ張っていたので、そこも絡めて書こうというのは予め決めていました。

――竜崎は今回、ネットを介した、姿の見えない敵を相手にしています。書かれる上でのご苦労などはありましたか。

 苦労ということではないですが、一か月経つと新しい技術が出てきてしまう分野なので、情報が古びないようにということは気を付けました。「小説新潮」での連載が完結し、本になるまでにも、ある程度時間がかかりますから。ハッキングの技術等については、詳しく書けば書くほど古くなってしまうので、なるべくそれらしく、でもある程度はぼやかして書くようにしています。

――さらに今回は、いつも冷静沈着な竜崎が、今までにない自分の感情に戸惑うという場面も出てきます。

 大森署にいることで、唐変木の竜崎がどう変わったのか、というところを今回は描いています。一方で、芯の部分はブレないようにしないと竜崎ではなくなってしまうので、そのさじ加減にはかなり神経を使いました。

――戸高と根岸のコンビも大活躍しますね。

 あの二人、結構いいコンビだなと思っているんです。もともと女性があまり出てこない作品だったので、根岸のような立ち位置のキャラクターがいるといいですよね。戸高とのコンビネーションも、アンバランスだけど補いあっているのがいい。戸高は、一匹狼で他人の指図は受けないように見えて、実は完全に根岸に引っ張られているんですよね。それも面白いところです。

ドラマ化による新たな刺激も

――以前、戸高はお気に入りのキャラクターだとおっしゃられていました。

 彼は、登場させた時の私の予想を超えて活躍していますね。それには、(ドラマ化時の戸高役の)安田顕さんの影響も大きいです。あれほどまで、自分が書いていたときのイメージにぴったり重なるキャスティングは初めてでした。その後は安田さんのイメージのまま、書いていますね。

 これは他の作品ではなかったことです。たとえば「安積班」シリーズが「ハンチョウ」としてドラマ化されたときなども、ドラマと小説はあくまで別な物として書いていました。もちろん、ドラマ版はドラマ版で大変気に入っています。

 それでいうと、「隠蔽捜査」は、わりにドラマと小説が接近しているかもしれない。杉本哲太さんの竜崎も、書いているときのイメージに近いです。古田新太さんの伊丹は、非常に面白くて大好きなキャラクターですが、小説版の伊丹とはまたちょっと違いますね。ドラマ版ならではの伊丹として、楽しませてもらっているところがあります。

――ドラマ化といえば、前作『去就 隠蔽捜査6』も、既にドラマ化が決定しています。

「隠蔽捜査」が連ドラになった後、キャストの皆さんがどんどん、ますます売れっ子になり、多忙を極めてらっしゃったので、もうドラマ化は無理なんじゃないかと思っていたんです。その方々がまた集まってくれて、奇跡のキャスティングがもう一度実現するというのは嬉しいですね。

職人としての40年

――今作は、作家生活40周年にあたる今年最初の作品でもあります。40年を振り返ってみて、いかがですか。

 気が付いたら40年という感じですね。周りがいろいろ企画してくれているみたいですが、自分では特別なことは何もありません。連載を坦々と書いていきます。40年、そうして同じことを続けてきただけですから。職人のような仕事だなと思います。

 純文学では高い芸術性も求められるでしょうが、エンターテイメント小説の場合、いかに一定レベルの作品を――より正確に言えば、一定のように見えながら、ちょっとずつでも向上した作品を――仕上げていくかにかかっているんですよね。

 エンターテイメントってインフレーションするんです。つまり、ずっと同じことを書いていると、つまらなくなったと言われてしまう。だから、同じものを作っているようでいて、少しずつ技術は向上していかなければいけない。そういう意味で、職人さんと一緒だなと。それを続けていくことで、名人の域に達する人がいるわけですよね。演奏家にも近いかもしれません。毎日繰り返し練習して、少しずつ技術を向上させていかなければならない。

 だから、40年間同じことをやってきて、小説はきっとうまくなっていると思います。10年後はたぶんさらにうまくなっている。そのさらに10年後は......生きているかわかりませんが(笑)。

――いやいや! 50年、60年とまたお祝いさせてください。

 実は「安積班」シリーズは、今年で30年なんですよ。エド・マクベインの「87分署」シリーズは50年続いたらしいので、あと20年頑張れば追いつけるかもしれないという話を編集者としました。

――おお! 楽しみですね。「隠蔽捜査」は今13年なので、まだまだ先は長そうです。

 13年で9冊か......もうちょっと執筆ペース落としてもいいんじゃない?

――そんな!

 冗談はさておき、40周年を迎えてなお、仕事があるのはありがたいことだとつくづく思っています。デビューして最初の頃は、仕事がずっとあるのか、不安でしたからね。執筆ペース自体は40年間、あまり変わっていないと思いますが。

――今野さんの担当をさせていただくようになってから、一番驚愕したのは抱えていらっしゃる〆切の多さです。一体、毎月どれだけの枚数を書かれているのでしょうか......。

 平均すると月に(400字詰め原稿用紙換算で)200枚くらいかなあ。まあ、それくらいなので大したことはありません。デビュー当時は、月400枚書けと言われました。たしかに、笹沢左保さんとか、西村寿行さんとかは、当時本当に、それくらいは普通に書いてらしたんですよね。

――空手塾や音楽レーベルを主宰されたり、ワンフェスに模型を出品されたり、地方や海外への出張もこなされながらの200枚、本当に驚異的です。一体いつ執筆されているのか、ずっと不思議で......。

 まあ自宅にはほとんどいないですよね。小人さんが寝ている間に夜な夜な......ということがあればいいのですが。まじめな話、移動中の新幹線や、あとは意外と出張先のホテル等のほうが集中できたりもします。

――これだけの作品を書かれるアイディアがどこからわいてくるのかというのも気になります。

 そんな大層なものではないですが、取り寄せたり、書棚に入ったりしている資料をパラパラ眺めているうちに思いついたりしますね。

――40年を迎えても変わらないこと、逆に変わったことはありますか。

 変わらないことは明らかで、読者の方に「読んで元気になってもらおう」ということだけは決めています。だから、これまでに190作以上書いてきましたが、全部ハッピーエンドです。

 変わったことは何もないですね。しいていえば、デビューした頃は編集者は全員年上でしたが、徐々に自分より若い編集者のほうが増えたということくらいでしょうか。あとは、40年とは関係ないのですが、最近、(選考委員をつとめる江戸川乱歩賞受賞者の)佐藤究さんの『Ank:a mirroring ape』を読んで衝撃を受けました。自分ももっと頑張らなければと思いを新たにしたところです。

――次の「隠蔽捜査8」は「小説新潮」の今年の9月号から連載をお願いしています。どうぞ宜しくお願いします。

 まださすがに構想は固まっていないですが、そんなわけで資料も綿密に読み込んで取りかかりたいと思っています。取材は既に進めていますよ。

――最後に、読者のみなさまに何かメッセージがあれば。

「隠蔽捜査」という人気シリーズを支えていただいてありがとうございます。これからも書き続けますので、どうぞご期待ください。

 (こんの・びん 作家)

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