書評

2017年11月号掲載

中央銀行がデジタル通貨を発行する日

――中島真志『アフター・ビットコイン 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』

神田潤一

対象書籍名:『アフター・ビットコイン 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』
対象著者:中島真志
対象書籍ISBN:978-4-10-351281-3

「ビットコイン」あるいは「仮想通貨」という言葉が一般紙にまで躍るようになったのは、高々この一〜二年の話である。仮想通貨とは、円やドルのような法定通貨の裏付けを持たず、インターネットを通じてやり取りされる価値であり、ビットコインやイーサリアムといった代表的な仮想通貨の価値が世界的に大きく上昇し、最近ではその人気に着目したICO(新規仮想通貨公開)という仕組みが注目されるなど、現代の金融、とくに最新の技術と結びついた新分野である「フィンテック」において最もホットなテーマといえる。
「アフター・ビットコイン」とは、その「ビットコイン」が過去の遺物であると言わんばかりの挑戦的なタイトルである。そのタイトル通り、筆者はこの仮想通貨の歴史やその複雑で特徴的なメカニズムを丁寧に解き明かし、上位一%未満が全体の九割のビットコインを所有している取引の実態や、新たに発行されるビットコインの七割を中国企業が握っている寡占状態といった「影の部分」を指摘したうえで、ビットコインの将来性を「厳しめにみておいた方がよい」と一刀両断にしている。
 これに対して、仮想通貨を支える基幹技術である「ブロックチェーン」については、技術面の基礎的な説明と、①取引データの改ざん防止、②システム障害の発生防止、③構築コストの削減、などの特徴に言及したうえで、「次世代のコア技術」、「金融の仕組みを根底から覆すかもしれない」として、最大限に評価している。
 このような、言わば「大上段」に構えた解説と評価が下せるのは、筆者が、我が国における決済や金融インフラに関する第一人者であるからである。筆者は、日本銀行や国際決済銀行(BIS)での勤務を経て、現在麗澤大学で教鞭をとられているが、これまでに著した『決済システムのすべて』や『証券決済システムのすべて』は、我が国における決済・金融インフラに関する「バイブル」として、多くの金融関係者の必読の書となっている。またその豊富な経験と深い知見から、金融庁や全銀ネットの審議会等の主要メンバーとして、数々の鋭い提言を行っている。実は筆者は、私が日本銀行に勤務していた時代の上司であったのだが、その当時の緻密なリサーチと卓越した洞察力に更に磨きがかかっており、近年、私が金融庁に出向し「フィンテック」に関する制度整備と決済・金融インフラの高度化に向けた政策策定を担当していた際にも、様々な有益な助言を頂いていた。
 このような実績と知見を持つ筆者は、本書の後半で、ブロックチェーンを活用した「通貨の電子化」は「歴史の必然」であり、将来的には各国の中央銀行がデジタル通貨を発行し、それによって金融政策のスキームさえ変わるという大胆な予測をしている。実際に、英国、カナダ、シンガポール、スウェーデンをはじめとする様々な国の中央銀行が、ブロックチェーン技術を活用したデジタル通貨の実現に向けて研究や実証実験に取り組み始めているが、本書ではこうした動きだけでなく、一九九〇年代当時極秘とされていた日本銀行における「電子現金プロジェクト」にも言及し、こうした予測が大いに実現可能性の高いものであることを指摘している。
 更に、本書の最後では、ブロックチェーンの民間分野における活用の代表的な事例として、国際送金と証券決済における取り組みを紹介し、ブロックチェーン技術が、決済・金融インフラ全体に大きな変革をもたらしつつある現実を浮き彫りにしている。
 本書では、こうした金融の最先端の取り組みやその衝撃的な実態を具(つぶさ)に描きつつも、その視点は常に、通貨とは何か、中央銀行とは何か、決済・金融インフラに求められる機能とは何かという、これまでの筆者の冷静な洞察に裏付けられている。本書を貫くこうした公的・学術的な姿勢は、筆者の過去の著作物から踏襲されており、それゆえに金融関係者の伝統的な価値観にも共通し、決済・金融インフラの構築や運営に携わってきた多くの人々の共感を呼ぶものであろう。そういう意味で、本書は、最近続々と発行されている「仮想通貨」、「ビットコイン」、「ブロックチェーン」に関する著作物とは明らかに一線を画している。本書は、フィンテック、金融・決済インフラや、金融機関のシステムの構築・運用を担うすべての関係者に向けた「預言の書」であり、新たな「バイブル」である。

 (かんだ・じゅんいち 株式会社マネーフォワード 渉外・事業開発責任者)

最新の書評

ページの先頭へ