対談・鼎談

2017年9月号掲載

新潮選書『「男はつらいよ」を旅する』刊行記念対談

「源ちゃん」が語る「寅さん」

川本三郎 × 佐藤蛾次郎

運命的な山田洋次との出会い、渥美清の素顔、さくらの水着(!)
……貴重な証言多数です!

対象書籍名:『「男はつらいよ」を旅する』(新潮選書)
対象著者:川本三郎
対象書籍ISBN:978-4-10-603808-2

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川本氏(右)と佐藤氏
6月29日(木)、三省堂書店神保町本店にて

川本 「男はつらいよ」の第一作、第二作を観ると、タイトルには「源吉 佐藤蛾次郎」とありますね。四作目くらいから「源公」になります。

蛾次郎 そう、最初は源吉でした。上の名前はずっとない(会場笑)。

川本 そもそも源ちゃんは何者でしょう? 前半生があまりわかりませんよね。

蛾次郎 大阪弁を喋ってますからね、大阪とは関係があるんでしょう。御前様が大阪に行った時に出会って、そのまま連れてきた説もあるし、寅さんが「これ、頼むよ」って置いて行った説もあります。

川本 寅の弟子ではないんですね。時々啖呵売(タンカバイ)の手伝いをしたりしてますが。

蛾次郎 あれはバイトですね(会場笑)。本職は寺男で、境内の掃除したり鐘を撞いたりが本来の仕事ですよ。

川本 『「男はつらいよ」を旅する』という本は書名通り、寅の旅がテーマですが、源ちゃんは二度しか主な旅には出ていません。まず第二作で京都へ行っています。

蛾次郎 そうそう、寅さんが占いのバイをしている時のサクラでした。

川本 もう一本、長山藍子がヒロインの第五作「望郷篇」で浦安へ行きますね。

蛾次郎 あの源公は御前様にクビになった設定だったかで、柴又の場面には出てないんです。浦安の道端で何かを売っていたら寅さんに捕まって、むりやり豆腐を売らされて、すぐ逃げ出す。

川本 寅が惚れる長山藍子が豆腐屋の一人娘だから、豆腐を売るんですよね。あのヒロインはシリーズ最悪というか、寅が一番ヒドい振られ方をします。「ずっとここにいて下さい」と言われて、寅はすっかりその気になるんだけど、娘は井川比佐志と結婚して出ていく。娘がいないのに、何で浦安の豆腐屋にずっといなくちゃいけないのか(会場笑)。

蛾次郎 長山さんはテレビ版「男はつらいよ」の妹さくら役でした。テレビ版は俳優座と提携してまして、僕と渥美さん、おいちゃんの森川信さん以外は俳優座で固めてたんです。長山さんの他、おばちゃんが杉山とく子さん、博が井川比佐志さん、坪内先生が東野英治郎さんとか。

川本 すると、蛾次郎さんはどういう?

蛾次郎 山田監督との面白い出会いがあったわけですよ。五十年くらい前、当時僕は全然売れてないけど、大阪でテレビに出たりはしていたんです。そしたら事務所の社長が、「山田洋次って若いけど才能ある監督が『次は神戸を舞台にして撮りたい。チョイ役だけど、大阪弁を使える男の子を使いたいから』って今度オーディションに来るから」。こっちは「山田? 知らんがな、そんなもん」(会場笑)。だって、その頃は本当に知らないんだもん。「火曜の十一時に事務所に来るから遅れないでね」。全然行く気なくて、火曜の十一時には大阪のミナミで友達と会ってお茶してたんです。それが一時くらいに友達がみんな用事で帰っちゃった。「そういや山田何とかが来るとか言うてたな」。もういなくてもいいやと思いながら、事務所へバスで行ったら、マネージャーが飛んできて、「何やってたんだ!」「監督帰ったろ?」「お前を待ってるんだよ!」。

川本 山田監督が二時間も?

蛾次郎 そうなんです。部屋に入っていったら、監督はじめプロデューサーとか何人かいたかな。こっちはやる気ないからね、短い足組んで、タバコにジッポで火ィつけてプカーって吹かしてさ。そしたら監督が笑いながら、「佐藤くんはどんな役がやりたい?」「おれ? 不良の役」(会場笑)。その返事が気に入ったのかどうか、十日ぐらいして連絡が来て、「佐藤さんにぜひ、と監督が。チョイ役より大きい役です」に、事務所が「やめといた方がいいですよ」(会場笑)。映画の題は「吹けば飛ぶよな男だが」、主演がなべおさみさんで、緑魔子さん、有島一郎さん、ミヤコ蝶々さん。出来あがった台本見たら、僕は準主役になってた。

川本 山田監督は蛾次郎さんが出演したものを観たことがあったんですか?

蛾次郎 知らない。ただ、後で山田さんに「あの時、何で待っててくれてたんですか?」って訊いたら、あるプロデューサーが「大阪に一人、ふざけた面白い男がいるぞ」って吹き込んでたらしいんですよ。「でも時間なんか守らないよ」(会場笑)。そしたら案の定、ものすごく遅れてやってきて、いきなりタバコ吹かし始めた。そんなの、監督にしたら面白いじゃない? それで僕は松竹と契約することになって映画に出始めたら、ある日、山田さんが「テレビでやってる『男はつらいよ』って観たことあるか?」。僕は毎週観てて「面白いなあ」と思っていたから、「ハイ」「出るか?」で、次の週からレギュラー。

川本 よっぽど気に入られたんですねえ。

蛾次郎 テレビ版は寅の舎弟みたいな役で、名前が源吉じゃなくて雄二郎。石原裕次郎全盛期で、「名前だけ二枚目にしてやるよ」(会場笑)。最終回、奄美でハブを捕って金稼ぎしようと、二人で奄美へ行って、寅さんだけハブに噛まれて死んじゃう。「なんで殺すんだ!」ってテレビ局の電話が鳴りっぱなし。でも死んじゃったんだから、テレビではもうできない。もったいないから、映画にしようとなったけど、監督は「テレビでヒットしたからって」とか、あんまり乗り気じゃなくて、「まあ一本だけなら」。その第一作も、監督に言わせれば、そんないい出来だと思ってなかったんですって。

川本 へえ!

蛾次郎 僕にはそう言ってましたよ。でも、封切ったらお客さんがいっぱい入って、続、第三作、第四作と、ずうっと。

川本 四十八作も続くとは山田さんも思っていなかったでしょう。だから、どうしても辻褄の合わないところが出てくる。

蛾次郎 マ、マ、それは......(会場笑)。

川本 もちろん、こういうことを言うのは野暮なんですが、博(前田吟)は北海道出身だったのに、いつの間にか岡山の備中高梁出身になるし、リリー(浅丘ルリ子)も最初は「父親の顔知らない」とか言っていたのに、いつの間にか「博さんと同じ印刷屋だった」(会場笑)。

 源ちゃんはずっと独身ですよね?

蛾次郎 そうですよ。だけど意外に小金を持ってるの。

川本 そうそう、寅がさくらと博が家を持ったご祝儀のために、源ちゃんから二万円強奪したこともありましたね(会場笑/第二十六作「寅次郎かもめ歌」)。

蛾次郎 いまだ返してもらってない(会場笑)。こんなこともありました。柴又のロケで、午前中で土手の撮影が終わり、あとは夜の鐘撞きの場面だけになった。それまで僕は時間が空いちゃったんです。いつも衣装を着替えている場所の隣が天婦羅屋なんです。ヒマだから食事に行って、「夜までないんだよ」って言ったら「一杯呑むかい?」「ま、いいか」。

 呑んでるうちにだんだん声が大きくなって、「鐘つくシーンなんて、前のフィルム使えばいいじゃない。いくらでもあるんだから、そんなもん」なんて、バカだから言っちゃった。そしたら監督が休憩で隣の団子屋にいて、まる聞こえなんだ(会場笑)。で、遠くから撮ることをロングって言いますが、「どうせロングだしね、酔っ払ってもわかるわけないよ」。源ちゃんが鐘を撞く画はだいたい下からとか、夜だとシルエットとか、いつもそんな感じでしょ? で、「蛾次郎さん、出番です」と呼ばれて行ったら、キャメラが鐘の横に上がってやんの(会場笑)。つまり僕、アップですよ。仕方がない、酔った勢いで鐘をゴオ~ン! 監督が「バカヤロー、源公はいつも嫌々撞いてるんだ。お前は何でニコニコ笑ってるんだ!」。まあ、後はつつがなく撮影を終えたら、製作の人が来て、「監督が一緒に帰ろうと言っています」。同じ世田谷ですが、普段は監督はハイヤーで、僕は電車ですよ。「これは叱られるな」と覚悟してハイヤーに乗ったら、監督はひと言、「撮影中は酒呑むなよ」。あとは何も言わない、いつものように映画の話なんかをするだけ。偉いもんでしょ?

川本 山田監督と蛾次郎さんと言えば、これは「男はつらいよ」ファンにはよく知られたエピソードですが、第十作「寅次郎夢枕」の最初に「とらや」へ近所の花嫁が白無垢姿で挨拶回りをしている場面があります。あの花嫁さんが蛾次郎さんの実の奥さま。監督が、まだ結婚式を挙げていない奥さまに出演をお願いして。

蛾次郎 籍は入れてたけど、カネがない頃で、結婚式をしてなかったんです。ちょうど、あのカット終りで食事休みだったんですよ。そしたら「メシ押し(食事を遅らせて撮影を続行すること)お願いします!」って製作が言って、監督が「蛾次郎、衣裳部まで走ってこい!」。衣裳部に唯一あった紋付袴を借りて、しかもたまたま篠山紀信さんが渥美さんの取材で撮影所にいたんですね。渥美さんが頼んでくれて、篠山さんの撮影で、白無垢のかみさんと黒紋付の僕とみんなで結婚式みたいな記念撮影をしました。やっぱり嬉しいよね、気持ちですよね。

川本 ......あれ、源ちゃんが夜、鐘を撞いているアップがあるのは第十作じゃなかったですか?(「トラのバカ」という文字と寅の似顔絵をかいた紙を鐘に貼ってある) そんな気配りをしてくれたのに、撮影中にお酒を呑んで(会場笑)。

蛾次郎 そうでしたかね(会場笑)。

川本 山田監督は呑まないし、渥美さんも......。

蛾次郎 呑まない。

川本 すると監督と主演俳優で撮影後に呑んだりすることはなかった?

蛾次郎 ええ。みんなで食事には行ってたでしょうけどね。でも僕は渥美さんと呑みに行ってましたよ。渥美さんは呑まないけど、いつも払ってくれて。絨毯バーというのが流行ってた頃、六本木のその手の店へ行ったらバンドが入ってた。渥美さんが「蛾次郎、『寅さん』歌えるか」「もちろんです」「じゃ、おれが仁義切ってやるから、歌はお前が歌え」。で、渥美さんが「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です」とかやって、歌は僕が歌った。お客さん、大喜びですよ。でも、「そんなことする人じゃない」って、松竹の誰も信じないんだ。渥美さんの古い仲間の関敬六さんでさえ信じなかった。

川本 これはよほど蛾次郎さんが渥美さんをリラックスさせていたのか......。

蛾次郎 渥美さん、倍賞さん、監督、キャメラマンと僕でタヒチ旅行にも行きましたよ。初日、プールに倍賞さんがワンピースの水着を着て現れたから、「さくらさん、ここはタヒチですよ」って僕が言ったら、翌日からビキニ(会場笑)。だからって写真を撮るのも失礼じゃない? でも僕、たまたま8ミリを持って行ってたんですよ。こないだ確認したら、ちょっと写ってる(会場笑)。

川本 今度の本のために撮影現場となった土地を歩いて回りましたが、渥美さんについて、みなさん揃って近寄りがたい雰囲気だったと言います。例えば佐渡で、ロケに使われた食堂のおかみさんは「(ヒロインの)都はるみさんには平気でサインを頼めたけど、渥美さんは寡黙だし、そんな雰囲気じゃなかった」と。

蛾次郎 みなさん、そう仰いますね。僕は平気でしたけどねえ。松田優作と渋谷の小さなライブハウスでコンサートをやった時は、渥美さんが花束持って現れて、舞台に上がって「蛾次郎をよろしく」って挨拶もしてくれた。やっぱり関さんは「嘘だろ」(会場笑)。渥美さん、コンサートも芝居もよく観てましたね。

川本 映画の試写室でもお見かけしました。バレないように野球帽を目深にかぶったジャンパー姿で、スッと帰る。

蛾次郎 衣装とかメークの部屋で会うと、僕は本名の「田所さん」って呼んでいました。そっちの方が喜ぶから。とにかく会話は「昨日、何観た?」「あれは観た?」って舞台、映画、テレビの話ばかり。

川本 山田監督でも渥美さんの自宅を知らなかったと言いますね。

蛾次郎 おれ、知ってたけど(会場笑)。松竹の人が迎えに行ったら、生ゴミの袋を持った渥美さんが出てきた。慌てて持とうとしたけど絶対触らせてくれない。まだ田所康雄なんだね。一旦家に戻って、また出てきたら、もう渥美清になってたって。渥美さんって、僕らにも「こうやるんだよ」と演じて見せてくれるんです。しかも、こっちが目立つような芝居もしてくれる。監督はやらせるだけだからね。やっぱり渥美さんに一番教わりました。

川本 寅のセリフには古い言葉や、意外な言葉遣いが沢山あります。タコ社長に「仕事は払底しているかい?」とか、食事の場面で「そろそろ、おつもりにしましょう」とか、おいちゃんに「タクシー代、按配してくんねえかな」とか。ああいうのは監督ですか、渥美さんですか?

蛾次郎 これは監督ですね。「さくら、ミドリ取ってくれ、ミドリ......あ、ムラサキ(醤油)だ」とか、いろいろありましたね。

川本 初期だと森川信が素晴らしい。

蛾次郎 森川さん、良かったねえ! 監督も言ってましたよ。「見ろ、あれが本当の役者だ。画面で決して邪魔にならない。邪魔ではないけど、存在感はちゃんとある」って。

川本 「おい、枕、さくら取ってくれ。いや、さくら、枕取ってくれ」とかね。

蛾次郎 ああいうのは僕らがやるとあざとくなるけど、森川さんは自然なんです。

川本 源ちゃんだと、寅さんと区の結婚相談所に行く第三十七作や、寅さんにボコボコにされる第二作が忘れがたいです。

蛾次郎 僕はやはりリリーさんの出た「寅次郎相合い傘」の有名なメロンの場面ね。(寅さんの声音で)「このメロン、誰のとこへ来たもんだと思うんだ」(会場笑)。あそこは何度観ても笑うねえ。

川本 こんな話をしていたら、キリがありませんよねえ。

 (かわもと・さぶろう 評論家)
 (さとう・がじろう 俳優)

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