書評

2017年5月号掲載

確信を抱いた、最高の組み合わせ

――青山裕企『ネコとフトモモ』

青山裕企

対象書籍名:『ネコとフトモモ』
対象著者:青山裕企
対象書籍ISBN:978-4-10-350931-8

img_201705_07_1.jpg
最初に撮った"ネコとフトモモ"の1枚。奇跡の瞬間でした。

 女の子の撮影をしていたある日、彼女の飼い猫が彼女の太ももの上にやってきたんです。そのときふと、猫の顔がいいなと思いました。まず、私が一生懸命撮っている太ももをまるで意識せず、全然無関心なのがいい。猫の表情ってこんなに豊かだったんだと、太ももを下敷きにすることではじめて気づけた。僕の中での猫との出会いでした。そのとき、猫と太ももの相性の良さを、直感よりももっと強い、確信として感じて、猫と女の子の太ももの組み合わせを撮り始めました。
 もともと猫は好きでも嫌いでもありませんでした。野良猫がいても素通り。実は事務所のビルにも住みついていて、会議室の中に入ってきてしまって大捕物して大変な目にあったりと、どちらかというとネガティヴな印象でした。
 では太ももは好きなのだろうと思われるかもしれません。私自身はまわりからはフェチといわれる写真をよく撮っています。たとえば体の一部のパーツを強調した写真などです。フェチ、つまりフェティシズムは、最近は普通に使われていますが、20年くらい前だともっとマニアックな言葉でした。そういう中で今までスカートとひざ上ソックスの間の太もも、『絶対領域』などを撮ってきましたが、実は太ももの肉っぽさにはあんまり惹かれていなかった。
 足で言えばひざ裏が一番好きです。中学・高校時代など、登校時間に前を歩いている女の子たちがいますよね。私自身は女の子が前を歩こうが教室にいようが話しかけられないメンタルで、女の子には興味はあるけど近づけない。せいぜい後ろから見るくらいです。やっぱりドキドキするのは肌の部分。ひざ裏って隠れていない、出ていますから。思春期の自分が思い起こされるというか、今でも好きな部分です。
 ではなぜ「猫」と「太もも」の組み合わせに惹かれたのか。
 サラリーマンがジャンプするという『ソラリーマン』という自分の作品でも、普通にサラリーマンがビルの前を歩いていても誰も気に留めないけれど、日常をちょっとずらす(跳ばせる)と、世界に新しい視点が見つかるということをテーマにして撮っています。
『ネコとフトモモ』も、そうです。普通に猫を見ていてももちろんかわいい。太ももを見ていてもドキドキする。両方ともやわらかい、あたたかい、温度を感じる。触ってみたくなる。だけど太ももは猫が触っている。でも猫は太ももに興味がないというのが本当に面白いし、撮っていても楽しい。
 そうして撮っていくうちに、どんどん猫に惹かれていきました。猫って表情が人間くさいというか......。撮影中も言うことを聞いてくれなくて飄々としていても、最終的に撮らせてくれるのが素晴らしい。2時間くらい出てこなくて、「今日は撮れないかもしれない」と思っても、最後は撮れる。猫は賢いから、ある意味仕方ないなあという感じで撮影に協力してくれているんだと思います。
 撮影序盤はどう太ももを綺麗に見せるかを中心に考えていました。でもいつの間にか、表情やパーツなど、猫をどう見せるかを考えるようになって。前提がどこまでも猫になってきたんです。それほど猫は素晴らしい。

 (あおやま・ゆうき 写真家)

最新の書評

ページの先頭へ