書評

2017年4月号掲載

人材マネジメントのOSを変える時

太田肇『なぜ日本企業は勝てなくなったのか 個を活かす「分化」の組織論』

服部泰宏

対象書籍名:『なぜ日本企業は勝てなくなったのか 個を活かす「分化」の組織論』
対象著者:太田肇
対象書籍ISBN:978-4-10-603798-6

 人材マネジメントの分野では、「個人と組織の関わり合いをどのように捉えるか」という点に関する企業の考え方を「フィロソフィー」とよぶ。これは人材マネジメントの最も深部を構成するものであり、意識するか否かにかかわらず、より表層部にある施策のあり方を規定する。たとえば、かつて日本企業にあった「長期雇用」や「年功に基づく処遇」などは具体的な施策であり、それは「個人と組織が一体化した親密な関わり合い」というフィロソフィーを基底に持っていた。当然、施策の変更はフィロソフィーとの整合性を考えてなされなければならず、その意味で二者の関係は、オペレーティング・システム(OS)と、その上で動くアプリケーション・ソフト(アプリ)の関係に例えることができる。
 評者の見るところ、2000年代以降の日本企業は、個人と組織の関わり合いがこれまでとは違うものになりつつあるのだが、それがどのようなフィロソフィーであるかという点に関しては、誰もまだ明確な答えを提示できていない。多くの企業が、成果主義をはじめとする施策の導入を検討してきたが、それがどのようなOSに拠って立つものであるかが明確になっていないのだ。これではOSを変更せずにアプリの変更だけを繰り返しているに等しく、上手くいくわけはない。
 こうした反省を受けて、日本企業が拠って立つ新しいフィロソフィーを示したのが本書である。
 社風に馴染みそうな人を採用し、強い人事権をもった人事セクションが配属・異動を決定し、意思決定においてはメンバーのコンセンサスが重視される。こうした、従来からある日本型の共同体組織では、個人が突出することが許容されず、結果として、組織からの個人の未分化が起こる。かつてのように、経済が安定的に成長している状態であれば、それでもよかった。経営者が示す方向に向かって、組織と一体化した個人が邁進するという古いOSが機能していた時代も、確かにあった。
 ところがいま、経済的にも、技術的にも、社会的にも、私たちは組織からの「分化」が求められている。著者のいう「分化」とは、個人が埋没することなく、能力に見合った明確な責任と権限を引き受けつつ組織・集団に属している状態をさす。組織からの分化は、仕事へのコミットメントと責任の明確化を生み、組織に生産性をもたらし、そのことが、日本企業にはびこる「集団的無責任」を打ち破り、不祥事の抑制にもつながると説く。今日本においては、人々のつながりや絆の重要さが指摘されているが、実はそうした人と人とのつながりもまた、組織からの分化によって実現すると、著者は看破する。
 組織の生産性向上に女性活躍、ワークライフバランスにダイバーシティ。日本中がアプリの"アップデート"に四苦八苦している今だからこそ、その基底をなすOSの議論が欠かせない。その議論の重要なきっかけに、本書はなるだろう。

 (はっとり・やすひろ 横浜国立大学大学院准教授・経営学)

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