書評

2017年1月号掲載

描き出された、美しく幻想的な絵に感嘆

――柴田よしき『さまよえる古道具屋の物語』

東えりか

対象書籍名:『さまよえる古道具屋の物語』
対象著者:柴田よしき
対象書籍ISBN:978-4-10-471105-5

「禍福は糾える縄のごとし」という諺(ことわざ)は、年を取るごとに身に沁みてくる言葉である。「楽あれば苦あり」と意味は似ているが味わいが違っている。人生そんな単純じゃないよ、と諭されているみたいなのだ。幸せと不幸せが思いもしないところですり替わり、運命の裏表がひっくり返ったと気づけるようになるには、かなりの経験が必要なのだと思う。人は説く、どんな失敗だってやり直しはきくと。失敗は成功の元だよ、と。だが、やり直せないことも成功できないこともあることが身にしみてわかるのは、情けないことにずいぶん人生を歩いてきてしまってからだ。
『さまよえる古道具屋の物語』は六作の短編小説で構成されている。共通するのは、とある古道具屋。人の注意力とは散漫なもので、家の近くや通勤通学路、あるいはよく行く食堂のそばなどに、今まで気づかなかった店を見つけることが偶にある。この古道具屋もそんなふうに、それぞれの物語の主人公の前にふいに現れた。
 こんな店、いつ出来たんだっけ、と考えても思い出せないが、その佇まいから、どうやら前からあるらしいと気付く。なんとなく気になって入ってみると、目の極端に大きな、不可思議な顔をした店主に出くわす。その店主は、客に買う商品を選ばせないが、何かを買うまで客はその店から出られない。最後に「これを買いなさい」と、押し付けられ、金額を聞けば、ちょうど財布の中にあるお金と同額だ。
 買わされてしまった品物はこんなものだった。挿絵と文章が反対向きに印刷された絵本、お金を入れるところがない金色の豚の貯金箱、ポケットの底が抜けたエプロン、そして取っ手のないコークスバケツ。
 小説家をめざして貧乏している青年も、詐欺に会い借金まみれで京都に暮らすOLも、夫のわがままを許して別居している妻も、癌告知をされ、絶望する女性も、その古道具屋の魅力には抗(あらが)えない。無愛想な店主から何かを手渡される。
 欲しくもないガラクタのような品物が、いつか買い手の人生に影響を及ぼし始める。恋の成就や仕事の成功、願っていた生活が手に入り、人間関係も改善されていく。
 だが、幸と不幸は表裏一体。幸せが大きければ、そのふり幅だけ不幸がやってくる。やがて彼らは気づき始める。この幸せも不幸せも、あの古道具屋で買った品物がもたらしたことだ。なんで自分はあんなものを買ってしまったんだろう。あの不思議な顔をした店主は、私の魂と取引をする悪魔だったのだろうか。
 気が付くと、糾われた縄は他人の人生とも絡まっていた。古道具屋に再び集まった買い主たちと買われていった品物たちのそれぞれのエピソードは、捩(よじ)れながらひとつの縄に繋がっていった。その縄の先に見えたものは何か......。
――所有者がいなくなった物たちは、この世に取り残される。骨董や古道具というのはそうした個人の抱えた人生、さまざまな事情を、その古さの中に閉じ込めたまま、途方に暮れている気の毒な迷子なのかもしれません――
 柴田よしきはその迷子たちが居場所を求める願いを、美しい物語に編んだ。それぞれの縄は織り上げられ、大きなタペストリーとなって美しい絵が描き出されていく。
 二十年以上第一線で活躍し、警察小説やハードボイルドなどのミステリーから、SFやホラーテイストの物語など八十作以上の小説を上梓してきたベテラン人気作家の柴田よしきだが、これほどファンタジー要素の強い作品は、珍しいのではないだろうか。柴田作品の特徴ともいえる、緻密な構成と知的な雰囲気はそのままに、幻想的な風景のジグソーパズルが出来上がっていく。
 だが最後の1ピースまで気を抜いてはいけない。すべてのきっかけは、出来上がったときに初めてわかるのだから。

 (あずま・えりか 書評家)

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