書評

2016年12月号掲載

『バブル 日本迷走の原点』刊行記念特集

ようやく登場した「バブル論」の真打ち

藤原作弥

対象書籍名:『バブル 日本迷走の原点』
対象著者:永野健二
対象書籍ISBN:978-4-10-101381-7

 少子高齢化時代に入りバブルの洗礼を受けたあと、日本の経済構造は一大変化を遂げ、「成長の時代」はとっくに終った。にも拘らず安倍政権は、低成長・低物価・低金利という従来とは別次元の経済システムの下で昔日の夢を追い駆けている。つまりアベノミクスは時代錯誤的な試行錯誤。金融政策にしても、第一の矢をつがえて以来、刀折れ矢尽きた感がある。私が「アベクロニズム」(アベ政権がクロダ日銀に命じたアナクロニズム)と呼ぶゆえんである。それは日本経済のパラダイム転換の原点の一つ〈バブル〉の探求が不十分だったからである。
 バブル経済については、例えば『バブルと金融政策』(香西泰、白川方明、翁邦雄編、日本経済新聞社)などの学問的研究から『検証 バブル失政』(軽部謙介、岩波書店)などのノンフィクションまで、多くの書物が刊行された。しかし、あのバブルの時代に発生した異常な事件一つ一つを具体的に考察し、その意味を問い教訓を導き出した作品は少かった。
 ――と、前置きが長くなったが、以上は「お待たせしました」という前口上。ここに登場した真打ちともいうべき総括的な調査報道が本書『バブル 日本迷走の原点』である。これはヒトとカネを狂奔させた日本の世紀末的混乱の事件簿。それを歴史的に総括検証した警世の書、でもある。
 あのバブル期におけるカネを巡る不祥事件のドキュメントを「面白い」と表現するのは不謹慎かもしれないが、バルザック的に言えば人間欲望の悲喜劇ドラマの原因は、もっぱら株と土地を投機対象としたマネーゲーム。当時、それら資産価格は下落することなく高騰するばかり、それがある日、奈落の底へ急転降下していったのである。マネーに狂奔したのは有象無象の投機家、それをマーケットで仲介した証券会社、そして投機資金を斡旋し、自らも投資したお堅い筈の銀行......。
 本書には一つ一つの事件簿に誰もが知っている具体的な人物名が次から次へと登場する。お縄を頂戴した人々、自裁した人々。もちろん、リクルート、秀和、イトマン、ダイエー、三菱商事、三井物産、野村、山一、興銀、長銀......といった企業名も。
 この本は表題の「日本迷走」の流れを、時系列的にバブルの発生から終焉にいたるまで、第1章=胎動、第2章=膨張、第3章=狂乱、第4章=清算――という起承転結の形に整然と叙述している。そしてマクロ的なバブル経済全体の状況を鳥瞰的にとらえながら、一つ一つの具体的な事象を虫の目でとらえ考察する。
 そうした物の見方や描写方法が可能だったのは、著者・永野健二氏がバブル真只中の1980年代後半に日本経済新聞社の証券部に所属、しかも兜町記者クラブ・キャップとして乱高下するマーケットの現場で取材の陣頭指揮をした――という立場に恵まれていたからであろう。鋭い問題意識と見識で調査・分析できたのも然りだが、取材対象人物への喰い込み方も凄い。
 かく言う私もその頃、時事通信社の金融担当編集委員としてバブル経済を取材した一人、つまり永野氏とご同業。折りに触れては顔を合わせ情報交換したものだ(そういえば、各界の錚々たる顔ぶれの、ある勉強会には、永野氏のほか最近のベストセラー『住友銀行秘史』の著者、住友銀行のMOF担〈当時〉、國重惇史氏もいたっけ。私たちが交わした会話には特ダネ的なマル秘情報が飛び交っていた......)。
 永野氏はその後、日経ビジネス編集長、日本経済新聞の編集局次長、執行役員、名古屋や大阪代表を経て系列のBSジャパンの代表取締役社長......へと日経の出世コースを歩んだ。仄聞すると日経という会社は経済部畑が主流(永野氏は証券部畑)で、社長は経済部出身が定番とか。私個人は取材力や人物から永野氏を"社長の器"の一人、と睨んでいたが。
 話の流れが永野氏の人物月旦に移ったのは「あとがき」に出てくる"父と子の物語"に出会ったからである。実は永野氏の父君は三菱マテリアル会長を経て日経連(現日本経団連)会長をつとめた財界人、永野健氏で、私も取材したことがある。健二氏は、京大時代の学生運動以来、父君とは"相克の歴史"と自嘲していたが、「あとがき」のバブル時代におけるあるエピソードから、矢張り親子と感じ入った。本書は日本経済の"オンリー・イエスタデイ"ともいうべき国家論でもあるが、若者の自分史でもあったのだ。

 (ふじわら・さくや 元日本銀行副総裁)

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