対談・鼎談

2016年7月号掲載

『ひとり飲む、京都』文庫化スペシャル・トーク

僕らはこんな(に)酒を呑んできた

太田和彦 × いつもの同行者(本誌編集部)

対象書籍名:『ひとり飲む、京都』/『自選 ニッポン居酒屋放浪記』
対象著者:太田和彦
対象書籍ISBN:978-4-10-133339-7

同行者 こんばんは。太田さんの『ニッポン居酒屋放浪記』などで「いつもの同行者」として登場する者です。今日はみんなでビールを呑みながらの公開インタビューですが、太田さんが「折角だから、ビール注(つ)ぎの秘技をお教えしたい」ということで、会場のみなさんにも缶ビールとプラコップをお配りしています。

太田 もちろんビール自体の美味しさはありますが、大事なのはグラスと注ぎ方。グラスは缶ビール一本がちょうど入りきるくらいの大きさがいいです。欲を言うと、薄手の玻璃(はり)のグラスが最高ですね。じゃ、注ぎますよ。

同行者 みなさん、ご一緒に(会場笑)。

太田 ちょっと高いところから、五、六十センチくらい上からですかね、勢いよく一気にそそぎます。ハイ、泡だらけになりますね。ここで、泡とビールの比率が四:六くらいになるまで待ちます。目の前にビールがあるのに、真夏の汗だらけの時なんかは待てないね(会場笑)。さて、こんなふうに泡が落ち着いてきたら、コップの縁から内側をすべらすように注ぎ足していきます。泡を下から持ち上げる感じで、そーっと。

同行者 泡が盛り上がってきました。

太田 また、ここで待つの。最初にそそぐ時は思いきり上からいくんですが、心の動揺とか期待感で、ビールの水流がなかなか真っ直ぐにならずふらつくんです。これ、缶より瓶の方が難しい。

同行者 お、ぼちぼちどうです?

太田 三回目もコップの縁から、また泡を柔らかく持ち上げるように注いで、喫水線が三:七くらいになったら完成です。

同行者 こんな感じですかね。では。

太田 乾杯!......プハー。

同行者 ......ングング、プハー。

太田 そうだ、呑み方もある。おちょぼ口でちびちび呑むのは、しみったれて見える。口をイーッと横に大きく広げてビールを含み、舌の先、両側、裏、特に苦味を一番感じる付け根の裏の両側にまで万遍なく回して、おもむろに一気に呑み込む。で、呑み終わったあと鼻からンーッて空気を出すと、麦芽のいい香りが来ます(会場笑)。

同行者 今日お集まりのみなさんは熱烈な太田ファンが多いようなので、僕が勝手に訊いて「とっくに知ってらい」となるといけませんから、事前に質問を募(つの)ってみました。時間の限り、ぶつけていきますね。まず、太田さんの一番好きな酒のアテ、つまみを教えて下さい。

太田 修業時代は蛸ぶつ。

同行者 修業時代って(会場笑)。

太田 金がないからさ、安い肴じゃないといけない。でも、蛸ぶつと塩で酒を呑めるようになったら一人前ですよ。

同行者 何についてでも一家言あるからインタビューが楽だなあ(会場笑)。

太田 蛸ぶつは別に明石産とかでなくたって、外れても美味しいの(会場笑)。今はナマコかな。家呑みに欠かせないのは海苔とシラス。ジャコでもいい(会場から「渋い......」の小声)。

太田 渋いさ(会場笑)。

同行者 次、ビールや日本酒でいつもお呑みになっている銘柄をお聞かせ下さい。

太田 ビールはヱビス。日本酒はみんな好きだし、宿題で呑まなければいけない酒が常時二、三十本あるからね、それを順番に呑むので精一杯ですね。

同行者 焼酎は何が好きとかあります?

太田 焼酎はみんな味が同(おんな)じ(会場笑)。いや、それがいいんですよ。夜型なので、いつも遅くに仕事が終わる。仕事場から家までは歩いて帰るんだけど、本当に疲れ果てた時は一升瓶から徳利に注いでお燗する間もないんで焼酎だねえ。

同行者 成瀬巳喜男監督の『おかあさん』でクリーニング屋の職人の加東大介が仕事を終えて帰っていく前に、焼酎をキューッと呑みますね。実に美味そうに。

太田 田中絹代が注いでくれてね。焼酎はしみじみ疲れを取ってくれますよ。

同行者 続いても似た質問ですが、一番好きな日本酒はなんですか?

太田 一番は難しいけど、今の季節だったら生酒(なまざけ)が出回っているから、今日の一杯目は「奥能登の白菊」あたりかな。二杯目は「石鎚」にしよう。それと嬉しいことに日本酒は流行があって、いろんな酒が出てくるから飽きないんです。ここ一、二年最も人気の高い酒は秋田の「新政(あらまさ)NO.6」でしょう。僕は全ての酒は燗をした方がおいしいと思うんだけど、あれだけは冷やの方がうまいねえ。作り手の佐藤さんは東大文学部卒のユニークな方です。

同行者 もうひとつ、やや重なる質問。最近オススメの燗酒を教えて下さい。

太田 不動のナンバーワンは「鶴の友」なんだけど、最近凝ってるのは生酒の燗。生酒ってご存じでしょ、できたばかりで、火を入れてなくて、瓶内発酵している酒。どんどん味が変わるから、低温輸送で要冷蔵という酒なんだけど、これを燗するとおいしい。少し泡立って、カカオフレイバーがしてくる。居酒屋へ行って「この生酒、お燗して」と頼むと「わかってないな」みたいな顔されたんだけど、それはアイツがわかってないだけでね。

同行者 アイツって誰です(会場笑)。次、居酒屋以外の趣味は何ですか?

太田 今はレコード鑑賞だね。昼はクラシック、夜はジャズとラテン、深夜は古い歌謡曲。そうだ、少し前にビクターから『いい夜、いい酒、いいメロディ 魅惑の昭和流行歌集』ってCD五枚セットを出したんです。僕が歌っているわけじゃない(会場笑)。僕の好きな歌謡曲を百曲選ばせてくれたんです。あれには心血注いだなあ。選曲もだけど、いかにこの曲がいいか、百曲すべてに解説をつけました。あのライナーノーツは今も自分で感心しながら読んでいます(会場笑)。

日本の政治と三大女将

同行者 次。初めての居酒屋が気に入るかどうか、どうやって見極めますか?

太田 まずは外観。古い一軒家で、家族経営で、っていうのが望ましい。中に入ってからは、店の人が気持よく働いているかどうかですね。おばあさんが「私も手伝おうかね」と酒を運んでいたり、無口な婿さんが包丁握っていたり、きれいな娘さんがいたり。居心地のいい、おだやかな空気が流れているかどうかですね。

同行者 入ってダメだった時のために、太田さんが合い言葉を決めましたよね。相手は包丁を持っているし、コソコソ合図するのもヘンだしというんで。

太田 そうそう、「日本の政治はどうかね?」「ダメだ、解散出直ししかない」「だよな、改革は進んでない、お先真っ暗」で店を出る(会場笑)。「いや、この二世議員はやれそうだよ」なら残る。

同行者 次の質問。いま出かけたい町はどこですか?

太田 居酒屋のいい町は、秋になると必ず行きたくなる盛岡、それに富山、高知、長崎、これがベスト4。別格が京都、大阪。京都はまるまる一冊『ひとり飲む、京都』(新潮文庫)という本を書いたけど、いい居酒屋が実はたくさんある。町が狭くて、端から端まで歩いていけるからいいんですよ。大阪は今や台風の目で、どんどんいい店ができています。あと益田って町をご存じですか? 島根県の西の端なんだけど、あそこにある「田吾作」こそ日本一の居酒屋です。東京からは遠いけど、遠くまで行かないと桃源郷はないんだ、という気分もあります。東京だと湯島、根津あたりが最近いい。

同行者 次へ行きますね。今日はせっかく神楽坂に来たので、帰りに寄れるオススメの店がありましたら教えて下さい。

太田 神楽坂の西側に小栗(おぐり)通りという小路があるんです。熱海湯って銭湯の近くに、「姿」というちょっと高級な古い居酒屋があります。それに「トキオカ」「万年青(おもと)」......他にもいろいろ面白そうな店が小栗通りにはありますよ。

同行者 夫の出張中に一人で京都に行くことが多いのですが......。

太田 はい?(会場笑)

同行者 えーと、夫に内緒かどうかはわかりませんが、一人で京都へよく行かれている人妻からの質問です。女性一人で入れる店の見つけ方を教えて下さい。

太田 『ひとり飲む、京都』に全ての答が書かれています(会場拍手)。いま居酒屋で、落ち着いた年齢の女性の一人客は増えていますよ。華やぐので店も喜びます。助言すれば、女将さんがやっている店を選ぶとよいです。女性同士で気遣ってくれて「こちらへどうぞ」とか、この同行者みたいのが近寄らないようにしてくれるからね。

同行者 フン。じゃ、僕からの質問。太田さん選の日本三大女将を教えて下さい。

太田 白割烹着限定?(会場拍手) 北から旭川「独酌三四郎」、仙台「源氏」、大阪「わのつぎ」のお三方かな。

同行者 こんな質問も来てます。人生最後のお酒と肴は何にしますか?

太田 これは切実な問題になってきたからなあ。まあ、なじみの店で......。

同行者 湯島の「シンスケ」とか、野毛の「武蔵屋」を開けてもらうとか?

太田 それ言っちゃうと、今度行った時に店の人から「あの人、もうそろそろいけないな」って思われるからさあ(会場笑)。

同行者 では次、「太田さんと(忌野)清志郎が大好きです」というご夫婦。「『キザクラの青年』が太田さんだと知った時は、それはそれはビックリ&うれしい、でした」というメッセージを書いて下さっています。太田さんはごく初期からRCサクセションのファンだったんですよね?

太田 まだ彼らが有名になる前の三人組の頃だから、七〇年代の前半ですかね、渋谷ジァン・ジァンで聴いて、熱烈なファンになったんです。でも女子高生くらいしかお客がいなくて、彼らの難解で甘ったるくない曲は彼女たちに全然ウケないんですよ。RCの方も、客なんてどうでもいいや、ここは新曲を試す場だから、という感じでやっていた。で、男のファンだっているんだと分ってもらいたくて、キザクラの一升瓶を楽屋に差し入れするようになったんです。無言で置いてくるだけです。それを清志郎さんは覚えておいてくれて、後年エッセイに書いてくれました。

同行者 最後に、居酒屋紀行文を書く流儀というかコツを伺いたいと思います。『ニッポン居酒屋放浪記』の頃はいろんな町で二日呑んで、一回三十枚でした。今度の『ひとり飲む、京都』は一週間かけて呑み歩いた町を一冊分書かれた。

太田 最初の『居酒屋大全』はコラムみたいなものばかりでしたし、『ニッポン居酒屋放浪記』で長めの文章を書く訓練をしたんです。取材の訓練もね。バーも含めると二晩で軽く十五軒以上入っていたでしょう。「この町の最後の居酒屋が閉まるまで取材する」と課していたからね。ダメな店なら「日本の政治はどう?」と同行者に言って十五分で出る(会場笑)。『ひとり飲む、京都』では逆に、文字通り一人で旅に出て、例えば「赤垣屋」一軒に二時間いて枚数無制限に書いてみるとか、そんな挑戦もやってみたんです。

同行者 酔わないように気をつけながら、ひたすら店や相客を観察して。

太田 あと、盗み聞き(会場笑)。言葉は悪いけど、地元の様子なんかもわかるしね。もちろん品書きとかも書きますが、情報だけ書いても仕方ないんです。今いろんなライターがいるけど、例えば一軒の店で十枚以上書ける人っていませんね。昔『映画評論』の編集長だった佐藤忠男さんが「一本の作品について二十枚書け」と言っていました。二十枚書くためには、その監督の他の作品も観ないといけないし、原作があれば読まなくちゃならない。いろんな勉強が必要になる。小手先でない文章力も必要になる。だから長いのを書くって大切なんですよ。でも、一人でじっくりって取材も面白いけど、コンビの珍道中を書くのも楽しいよね。久しぶりに行かない?

同行者 また旅に出ましょうか。

2016年4月27日 神楽坂 la kagū にて

 (おおた・かずひこ 居酒屋研究家)

最新の対談・鼎談

ページの先頭へ