インタビュー

2016年3月号掲載

『カエルの楽園』刊行記念インタビュー

現代を俯瞰する物語

百田尚樹

作家になって10年。常に異なるジャンルの小説を書き続けてきた著者が、節目の年に新たに挑んだのは「寓話」。警世の書としても読める待望の最新長編はどのようにして生まれたのか。自身の言葉で語ってもらった。

対象書籍名:『カエルの楽園』
対象著者:百田尚樹
対象書籍ISBN:978-4-10-120192-4

――『カエルの楽園』は、題のとおりカエルたちの物語ですが、読み進めるうちにだんだんと現代を描いた寓話であることがわかってきます。ジョージ・オーウェルの名作『動物農場』を彷彿とさせる、このスタイルを選ばれたのはなぜでしょうか。

 昔から「ラ・フォンテーヌ寓話」や「イソップ物語」などが好きで、自分でもいつか書いてみたいという気持ちはありました。20世紀にも『動物農場』のほか、芥川龍之介の『河童』、魯迅の『阿Q正伝』など、寓意性に優れた傑作がたくさんあります。彼らと肩を並べるわけではありませんが、私も21世紀の寓意小説を書いてみようと。

 昨夏、『大放言』という新書を出したのも、きっかけのひとつかもしれません。あの本を出すまでは、社会や政治に対して発言することはあっても、活字でしたためたことはありませんでした。『大放言』は現代日本、現代社会を活字で斬った初めての本です。内容的には満足できる本でしたが、一方で、現代社会を斬るなら、小説家ならではの切り口とアプローチがあるんじゃないかという思いもありました。

 現代をどう描くかというのは、小説家にとって大きなテーマのひとつです。もちろん作家だけでなく、社会学者やジャーナリストにとっても重要なテーマでしょう。ただ、現代を描くといっても幅広い。人間の生き方もあれば、政治、経済、文化、犯罪もあります。ルポルタージュやノンフィクションは、その中の一人や一事件に焦点を当てるというミクロな視点から現代の一部を深くきりとっていきます。それに対し、現代を大きく俯瞰して眺めるには、象徴と寓意を用いるのが小説家としての一つのやり方ではないかと思いました。

 寓話というと、童話やおとぎ話のようで軽く見られがちですが、決して軽くはない。むしろ、大きな構造を鷲掴みにするために、これほど有効なアプローチはないと思います。

――この作品は、ご自身のメールマガジンで連載されていました。二匹のアマガエル、ソクラテスとロベルトの旅路から幕を開ける物語は、従来の百田作品の読者にはかなり意表をつくものだったと思うのですが、反応はいかがでしたか。

 たしかに、最初は戸惑いながら読まれていたと思います。一度、『風の中のマリア』という小説で虫を主人公にしたことがありますが、あれともだいぶ違いますしね。マリアは、オオスズメバチの生態を科学的に忠実に描いた上で、一匹の働き蜂の一生を擬人化した物語ですが、今回はファンタジーのように物語を動かしています。それで最初は読者にも、「何やこのほのぼの路線!」「いったいどんな話やねん!」という感じで、それこそ寓話というより、童話と受け取られたかもしれません。

 ただ、途中からかなり不気味というか、ミステリアスな展開になるので、そうなると今度は「これ、出版できるんでしょうか」と心配されました(笑)。

――とりわけラストは衝撃的でした。

 結末は自分でも書く直前まで、「どうなるんやろう」とわからずに書いていました。最後の場面をどう書くか、一切決めずに書いていたので。いろんなパターンを思いつくだろうから、いくつか書いてみて、一番よいものを採用しよう、と。でもいざ書いてみたら、全然考えていなかったラストシーンが書けてしまいました。自分でも思いがけない展開でしたが、書き終えた途端に、これしかない! と思いました。書いている私自身も衝撃的だったので、読者にも衝撃を与えられると思います(笑)。

――物語にはさまざまなカエルたちが登場します。お気に入りのキャラクターはいますか?

 アマガエルのソクラテスとロベルトは、主人公ではありますが、物語の狂言回しの役割でもあります。実は、もっとも登場回数が多く、もっともセリフが多いのはデイブレイクというカエルです。彼こそ、この物語の陰の主役。書いていて興味深いキャラクターでした。決して権力者ではないのに、見えない権力を持っていて、他のカエルたちを操作する。そして自分こそが正義であり、良心であると信じ込んでいる。書きながら、どうしてこんなカエルが生まれるんやろう、という問いがつねに頭の中にありました。

――寓話にはさまざまな生き物が登場します。そもそも、今回はなぜ「カエル」だったのでしょうか。

 カエルは不思議な生き物です。両生類で、科学的な分類でいえば人間とはほど遠い存在なはずなのに、姿かたちや動きが、なぜかものすごく人間くさい。鳥獣戯画のカエルなんか、その典型です。群れをつくる習性も、人間に似通って見える。だからか、古典的な寓話にもしばしば登場します。

 私が最も印象に残っているのは、「ラ・フォンテーヌ寓話」に出てくる「王さまを求める蛙」というお話です。

 池に住むカエルたちが、ある日、「自分たちには王がいない、王様が欲しい」と神様に懇願する。すると願いを聞き入れた神様は、池に大きな杭を落とす。はじめはその大きさに恐れをなして、「立派な王様だ」と思っていたカエルたちも、そのうちに「なんやこの王は動かんやないか」と気付き、上に乗っかったりするようになる。「次は動く王様をくれ」とせがむカエルたちに神様は、一羽の鷺(さぎ)を遣わせる。鷺はかたっぱしからカエルを飲み込んでいき、カエルたちはまた不満を言う。ところが神様はもう取り合わず、こう告げる。「お前たちがくれというからくれてやったんだ。これで我慢しておけ。そうしないと、次はもっとひどい王が来ることになるぞ」と――。

 この話は二十代のときに読んで、衝撃を受けました。人類の歴史の中で、古今東西、残忍な王の話はたくさんあります。そういう王に多くの民衆が虐げられてきたという史実もあります。けれどそれは、「もっと強権な王を、もっと素晴らしい王を!」と民衆が望んで生まれた存在なのかもしれないのです。スターリンにしてもヒトラーにしても、カエルに呼ばれてやってきた鷺みたいなもので、どんどんカエルを食い殺していった。「ラ・フォンテーヌ寓話」が書かれたのはそれよりずっと前の17世紀ですから、未来予言の書であったともいえるし、民衆は変わらないともいえるでしょう。

 書くときには特に意識していませんでしたが、いま思えば、物語の主人公をカエルにしたのも、このお話の記憶があったからかもしれません。たまたまですが、本の表紙のカエルの絵は、ギュスターヴ・ドレがラ・フォンテーヌ寓話をもとに描いた挿画です。私がこの絵でとお願いしたわけではないので、新潮社装幀室が装幀案としてこの絵を出してきてくれたとき、不思議な縁を感じました。

――今回は初めて、中のイラストもお願いしました。

 当初は私の絵など入れるつもりはまったくありませんでした。ですが、書いている途中、編集者とごはんを食べながら打ち合わせをしているときに、冗談半分で紙ナプキンにカエルの絵を描いたら、「この絵、面白い! 本の中でも使いましょう」と言われ、突然何を言い出すんだと。最初は「こんな素人の絵なんか使われへんやろ!」と思っていたんですが、新潮社内でも面白がってくれる人が出てきて、結果、こういう形になりました。

――絵は昔から描かれていたんですか?

 いたずら書きはしょっちゅうしていましたが、ド素人です。
ただ、カエルの顔はどこかとぼけているので、自分でも描いていて面白かった。最終的には40カットくらい描いたかもしれません。そのうち、今回本に入れたのは20カットくらいです。

 絵を入れることにしたのは、できるだけ若い人に読んでもらいたい、という思いもあります。もちろん大人の読者に向けて書いていますし、年齢問わず読んでいただけたら嬉しいのですが、今回の本は特に若い人にも読んでもらって、いろんなことを感じてほしいと思っています。

――毎回異なるジャンルの小説を書かれていますが、寓話ということで意識された点、苦労された点はありますか。

 あまり苦労は感じなかったですね。とにかく書いていて楽しかった。どんどん筆がのるし、物語の世界の中に入りこんで、夢中になって書いた感じです。実を言うと、ここまで夢中になって書けたという作品はあまりなくて、『永遠の0』『海賊とよばれた男』『ボックス!』『夢を売る男』くらいでしょうか。自分で言うのもなんですが、大満足の作品ができました。

 大きな声では言えませんが、書きあがったあと、「最初に思っていたほどのものにはならなかったな」という作品もあります。もちろん、「思っていたとおり」になるものもあれば、「思っていた以上」のときもある。『カエルの楽園』は、自分の想像していた以上の出来になったと思います。

 寓話とはいえ、ただの置き換えや象徴をちりばめた物語にならないようにということは意識しました。それは単なるパズルであって、物語とはいえない。教訓や決めつけ、押し付けがましさも必要ない。小説はまず物語そのものが独立して面白いかどうかが、一番重要です。そして、置き換える対象も、なにかひとつに限定されず、いろいろなもの、いろいろな時代にあてはまるように工夫したつもりです。

 ただ、それはあくまで作る側の話であって、読者に「面白い本を読んだな」と思ってもらえたら一番嬉しい。この作品ではそれに加えて、今の時代について考えるヒントを少しでも読者に提示できたなら、それに勝る喜びはありません。

 (ひゃくた・なおき 作家)

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