書評

2015年3月号掲載

巨大現場で出会った3人

――成毛眞『メガ! 巨大技術の現場へ、ゴー』

成毛眞

対象書籍名:『メガ! 巨大技術の現場へ、ゴー』
対象著者:成毛眞
対象書籍ISBN:978-4-10-329222-7

 20年間、マイクロソフトに勤務していた。2000年に退社するまで Windows が世界に与える影響は多大だったが、製品開発の現場はただひたすらパソコン画面に向かうという狭小なものだった。
 その反動で男たちが額に汗して働く壮大な現場に憧れ、ことあるごとに、小学生の時に社会科見学で訪れた製鉄所を思い出していた。しかし、個人では戸建て住宅の建築現場にすら足を踏み入れることは許されない。そこで、週刊東洋経済に企画書を提出し、メディアの一員として現場を取材するようになった。好評いただいた連載記事『成毛眞の技術探険』である。このたび、その連載原稿に大幅な加筆を経て『メガ! 巨大技術の現場へ、ゴー』として上梓することができた。
 訪れた場所は都心のトンネル工事現場、長崎のLNG船造船所、福島沖の巨大洋上風力発電所、ジュネーブの地球最大級の研究施設CERNなど数十個所だ。ヘルメット着用が義務づけられているところがほとんどで、巨大とは危険と隣合わせだと思い知らされる。
 その危険な現場には巨大な機械だけでなく、本物のプロが働いていた。見えざる世界を操る男たちだ。巨大現場とは唯一無二なるものであり、それゆえにそこには誇りと愛が満ちている。その愛すべき男たちを3名だけご紹介してみたい。
 まずは核融合発電を研究している菅博文さんだ。浜松ホトニクスの開発本部大出力レーザー開発部部長。浜松ホトニクスといえば、小柴昌俊博士のノーベル賞受賞に寄与したカミオカンデに使われている光電子増倍管で有名だ。核融合というと実現可能性を疑う人もいる超最先端技術であり、お会いする前はマッド・サイエンティストをイメージしたのだが(失礼!)、ご本人はなんとも穏やかな男性だった。
 菅さんは、30年も前に当時の社長へその要素技術の重要性を進言し、今日まで開発を続けてきた。核融合発電はいつ実現するのかと尋ねてみると「わかりません」。「僕らは大規模に発電できなくてもいいんです。小規模でも効率良く発電できることがわかれば、あとは大手がやってくれるでしょう」。最先端とはそういうことなのだ。菅さんは水先案内人である。
 二人目は海の男、澤田郁郎さん。JAMSTEC(海洋研究開発機構)は世界最大の地球深部探査船「ちきゅう」を保有しており、その船上代表が澤田さんである。船を操縦する運航班と、船に積まれた装置担当の技術班と、そして科学班を統括する立場が船上代表だ。荒天時などに、海底の掘削を続けるか否かを判断する重要な仕事を担っている。
 水深2千5百メートルにある目的地に掘削ドリルをつきたて、そこからさらに7千メートルを掘る。人類がまだ見たことのないマントルのサンプルを採取することが当面の目標だ。
 つなぎとヘルメットと安全靴がこれほど似合う人がいるのか? そう思わせる澤田さんは、JAMSTECへの中途入所組。以前は石油会社に勤務し、海底油田の掘削に関わっていた。湾岸戦争時にはクウェートにいたそうで、頭上を敵味方のミサイルが飛び交うのを見るという経験をしている。地球最深部に到達する最初の人類になるはずだ。
 三人目は佐藤憲昭さん。日本製紙石巻工場の8号抄紙機(しょうしき)の責任者である。石巻工場は東日本大震災で被災し、出版各社の文庫など書籍の用紙を作っていた8号も止まった。日本の出版文化の屋台骨が揺らいだ瞬間だ。その8号復旧の物語を『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』(早川書房)で読んで居ても立ってもいられなくなった私は石巻へ飛んだ。
 佐藤さんは8号抄紙機を「姫」と呼ぶ。轟音をたて、蒸気を吹き出しながら、懸命に紙をつくる巨大な抄紙機を眺めていると、たしかにそこに人格を感じ、涙がこぼれそうになった。この機械は45年間も日本の出版をささえてきたのだ。佐藤さんは、出版文化の最上流に屹立する職人だ。なお、本書の本文は日本製紙の紙である(カバー・表紙は今回別に取材した特種東海製紙によるもの)。
 こんな人々に出会った全国、いや世界津々浦々への取材をまとめたのが、この一冊だ。私が撮影した写真も鮮やかに掲載されているので、堪能してほしい。

 (なるけ・まこと HONZ代表)

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