書評

2014年12月号掲載

殺伐とした経済社会を変革するには?

――澤上篤人『長期投資家の「先を読む」発想法 10年後に上がる株をどう選ぶのか』

澤上篤人

対象書籍名:『長期投資家の「先を読む」発想法 10年後に上がる株をどう選ぶのか』
対象著者:澤上篤人
対象書籍ISBN:978-4-10-336891-5

 いつ頃からだろうか、先進国中心に経済や企業経営というものが極めて近視眼的なものになってしまった。
 かつては、「資本家」と呼ばれる人々がいて、経済の拡大発展をリードした。彼らは、これからの世の中の発展に必要とされるものに、長期視野で資金をどんどん提供した。
 工場を建設して基幹産業を育てる。鉄道を敷設する。さらにその先の時代を見越した研究開発に資金を投じる。資本家は私財を投入し事業リスクを取り、世の中の発展を先導してきた。日本で言えば、「日本資本主義の父」と言われ、この国を代表する大企業を500以上も作った渋澤栄一などが、その代表だろう。彼が旗を振って多くの資本家が提供した資金が、日本社会のインフラを形作るベースとなったのだ。
 ところが今、このようなお金の流れは皆無に近い。
 理由は、資本と経営の分離が行き過ぎたからだ。資本を出す側は、「もっと配当をよこせ」、「早く上場しろ」、「もっと利益率を高めろ」などと、企業を急き立てる。経営を他者にまかせた資本家が求めるものは、ただひたすら「できるだけ手っ取り早く、より多くの利益を得る」ことに尽きる。どうしても、この手の要求を経営側に突き付けるようになる。
 確かに株主は、企業活動によって生じた利益の一部を受け取る権利を持っている。しかし、投下資金の回収ばかりに焦点が当てられると、次の成長のために必要な資金までもが配当など株主還元の原資に回されてしまう。企業が先の時代を見越した技術開発を行いたいと思っても、「そんな実現可能かどうか分からないものに資金を出すことはできない」となってしまう。もうそうなると、社会も経済も、先細りになるだけだ。目先の利益のみを追求する投資家が跋扈する世の中は、ただひたすら殺伐としていくのだろう。
 そんな世の中に住みたいだろうか?
 すでに、世の中がそうなっているものを、変えるのは困難だと思っていないだろうか?
 私は決してそのようなことはないと考えている。だから、一般生活者の資金をベースに長期投資を行う「さわかみファンド」を設立し、企業を応援する運用を続けてきた。
 今の日本には1645兆円という個人金融資産があり、そのうち809兆円ものお金が預貯金に眠っている。そういった永久凍土(ツンドラ)状態で「眠っている」お金を、未来の社会に必要な技術・サービスを提供しようと頑張っている企業に、長期投資マネーとして回してやる。そうすれば、企業は四半期決算に追いまわされることなく、じっくりと腰を据えて研究開発など先行投資に専念できるようになる。
 本書では、いくつかの未来予測を行ってみた。
「インフレの時代がやってくる」
「日本企業の未来は明るい」
「年金問題は解決できる」
「日本の地方は可能性のかたまり」
「日本はエネルギー自給国になる」
「食糧難は恐るるに足らず」
「中国の伸び悩みとアフリカの台頭」
 というのがそれだ。最後の中国とアフリカの話は、これからのグローバル経済についての未来予測だが、それ以外はすべて、この日本に関わる問題である。そしてその問題を解決するうえで、個人の長期投資マネーが大きな役割を担っている。逆の見方をすれば、個人マネーが本格的な長期投資に動いた時、世の中は確実に変わる、そう断言できる。
 世の中を変えるためには、有権者がもっと政治に関心を持ち、選挙の時には皆が投票所に足を運んで、1票を入れるようにする。それも確かに大事だが、ここまで下がった投票率を引き上げるのは、容易なことではない。「自分が1票を投じたところで、世の中そう簡単には変わらない」と思い込んでいる。
 ならば、長期投資に希望を託してみてはどうだろうか。銀行に預けてあるお金の一部を、自分の応援したい企業に投じてみる。それが世の中を大きく変えるきっかけになる。そのうえ、長期投資はいずれ、回り回って自分自身の資産形成にもつながっていく。世の中を良くし、かつ自分の資産形成にもつながるのだから、これほど結構な話もないだろう。お財布の中に入っている1万円が、世の中を大きく変える強力な1票になるのだ。そのヒントを、この1冊から読み取っていただきたい。

 (さわかみ・あつと さわかみ投信会長)

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