書評

2014年9月号掲載

ある仙人のひとりごと

――仁木英之『仙丹の契り 僕僕先生』

僕僕先生

対象書籍名:『仙丹の契り 僕僕先生』
対象著者:仁木英之
対象書籍ISBN:978-4-10-137438-3

 ん? つまみがなくなったな。おーい、弁。酒にあうつまみを買ってきてくれないか。最近、少しいいことがあったから、今日はいつもより飲みたい気分なんだ。酒は大丈夫かって? 何を言っているんだ。私は仙人だぞ、酒はこの甕の中に常に満たされているのだ。さっさと行ってこい!
 さて、邪魔者はいなくなったし、改めて自己紹介をさせてもらおう。ボクの名は僕僕(ぼくぼく)。仙人だ。おっと、年齢とか出身地は伏せているので、聞かないでほしい。ちなみに姿形も自在に変えることができるぞ。まぁ、王弁(おうべん)がこの美少女然とした姿形を気に入っているので、最近はこれで通している。他にも杏の花の香りを漂わせたり、本人に悟られないように色々と施すのは面倒だが、弁の反応が面白いから、それでいいのだ。あぁ、王弁というのは、さっきの気の利かないボクの弟子で、まだ未熟な薬師(くすし)だ。出会った頃は、裕福な家庭で育ち、現代日本の言葉でいうところのニートのような生活を送っていたが、今は真面目に修行している。
 弁は仙人になりたいらしい。だが、人間が仙人になるために必要な「仙骨」を、弁は持っていなかった。とは言え、ボクとの「仙縁」はあって、「仙骨」の欠片を手に入れることにも成功した。少しずつだが、仙人に近づいていると言えなくもないだろう。
 今回の旅では、ボクが想像している以上に弁が成長していることがわかったので、ボクは弁に、新しい術を教えることにした。経絡の術だ。まさか、あんなことが起きるとは思わずに教えた術だったが、弁の習得が思ったより早く、正直、今回は弁に助けられた。弁がいなかったら、ボクはここで呑気に酒など飲んでいられなかっただろうな……。にしても、最初に術を教えた時、ボクが床に横たわったら、あいつ、一人で色々と想像して狼狽(うろた)えて、おっかしかったなぁ。実にからかいがいのある男だ。
 今回は出会いと別れもたくさんあったな。長い間、共に旅をしてきた仲間が、それぞれの道を歩むことを決め、旅の一行から離れた。弁などはただ寂しがっているだけだったが、人生とはそういうものだ。変な奴との出会いもあったしな。本当に旅は面白い。そうそう再会もあった。ドルマという吐蕃の医師だ。彼は自分に課された運命に抗い、医術の道を志したが、それでも運命にもう一度立ち向かおうとした。ここだけの話、かつてドルマはボクに弟子入りを志願したこともあったが、それで彼の背負うものから彼が逃れられるわけではないので、丁重にお断りした。今の彼なら、あの時のボクの真意もわかるだろう。
 まったく、弁はどこまでつまみを買いに行ったんだ。全く帰ってくる気配がない。吉良(きら)に乗って行ったはずなんだが。吉良というのは、時空をも越えることができる神馬。しかし、つまみを買うのに時空を越える必要はないからな、いつもの痩せ馬姿でのんびり行っているんだろう。まぁ、いい。第狸奴(だいりど)が変身してくれたこの庵は快適だしな。ちなみに、第狸奴とは、まぁ、ペットのようなものだな。何にでも化けることができるので、旅のお供には最適だ。
 しかし、呪いとはおそろしいものだ。まさかボクも今回、古き呪いから生まれた病と対峙することになるとは思ってもいなかった。この病は、薬だけでも、術だけでも治らない。仙術を極めた者がもっとも親しい者と交わって生じる仙丹を投じるしかないのだ。
 これがどういう意味か、わかるかい?
 そう、あなた方の想像した通りだよ。そしてそれは弁が何より望んでいたことだったはずなのに、あいつときたら、いざその場になったら、やれ心の準備がとか、初めてなんですとか、ぐずぐず言いやがって! ボクに恥をかかせるなんて、数千万年早いのだ!!
 けど、ちょっと嬉しいことを言ってくれたからな。だからボクは総じて、機嫌がいいのだ。詳細は『仙丹の契り』を読んでくれたまえ。とても恥ずかしくて、ここでは言えない。ん、弁のやつ、ようやく帰ってきたな。それではこのあたりで失礼させていただくよ。ボクは弁をからかいながら、まだまだ飲みたいのでね。

 (ぼくぼくせんせい 仙人)

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