書評

2014年1月号掲載

足利事件の真犯人がそこにいる!

――清水潔『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』

有田芳生

対象書籍名:『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』
対象著者:清水潔
対象書籍ISBN:978-4-10-149222-3

 捜査当局より先に犯人に到達する記者がいる。それが本書の筆者である清水潔さんだ。『桶川ストーカー殺人事件―遺言』(新潮文庫)はその顛末の驚くべき歴史的証言だ。女子大生がストーカー被害に苦しんでいた。警察署に相談し、告訴状を出していたにもかかわらずなかったことにされ、刺殺される。その実行犯を特定、撮影し、警察に知らせた。1999年のことだ。清水さんはその後、写真誌『フォーカス』から日本テレビに移る。そしてすでに無期懲役が確定した「足利事件」に取り組む。やがて菅家利和さんは冤罪が明らかとなり、千葉刑務所から17年半ぶりに社会に戻ってきた。メディア記者が殺到するなか、菅家さんは刑務所をあとにする。ニュース報道でいつも眼にするように、このときもカメラマンは車内の菅家さんの表情を何とか捕らえようと、危険を承知で近づき、走り、シャッターを押す。ところが清水さんは、なぜか車内にいて、菅家さんの近くで悠然と撮影を続けていた。こんなことがどうして可能なのか。
 清水さんが最高裁で刑の確定した「足利事件」に眼をつけた理由がある。菅家利和さんが冤罪を主張していたからではない。菅家さんを「排除」しないと困る事情があったからだ。それが北関東連続幼女誘拐殺人事件である。日本テレビで「日本を動かす」と銘打った番組「ACTION」で何を取り上げるか。清水さんたちスタッフは、足利事件に前後して栃木県、群馬県で起きた事件に焦点を合せていく。4人の幼女が殺害され、1人の幼女がいまだ行方不明なのだ。事件は半径10キロ圏内で起きている。1979年から1996年の期間とはいえ、こんな土地は日本のどこにもない。同一犯ではないかと仮定したところから驚くべき事実が掘り起こされていく。菅家さんが「犯人」であっては同一犯説が成立しないのだ。
 足利事件の被害者である真実ちゃんの母、松田ひとみさんも最初は清水さんの取材を断った。松田さんからすれば、菅家さんが無期懲役の刑に服している解決済みの事件だった。しかも事件当時のメディア取材に嫌悪を感じていた。清水さんはそれでも諦めない。菅家さんは真実ちゃんを自転車に乗せて河川敷に向かったと証言していた。そう聞いた松田さんは驚き、真実ちゃんは自転車の荷台に座れなかったと語る。清水さんと取材チームは、真実ちゃんを乗せたという菅家さんの自転車を使い、彼女と同じ重さの荷物を乗せ、さらには菅家さんと同じ背丈、体重のスタッフで現場再現をする。パチンコ店から坂を登り、犯行現場に行き、自転車で買い物をしたスーパーまで走る……。菅家さんの「自白」がほころびはじめる。
 日本ではじめてDNA型鑑定が証拠採用された足利事件。鑑定で犯人の型と一致したと専門機関が判定すれば、誰もが決定的証拠だと思うだろう。最先端の科学に予断など入るはずがないからだ。しかしそうではなかった。警察庁の科学警察研究所が足利事件で行ったMCT118法は、最終判定を目視で行っていた。そして菅家さんのDNA型再鑑定で当時の鑑定が間違いだったことが明らかとなった。しかし菅家さんを犯人に仕立てたこのDNA型鑑定で8人が有罪判決を受けている。そこには小学生2人が殺害された「飯塚事件」も入っている。一貫して無罪を主張していた久間三千年(くまみちとし)氏は、すでに死刑を執行された。清水さんはこの現場でも目撃証言を再現し、事件の再検証を行っている。北関東連続幼女誘拐殺人事件の補強取材である。
 事件当日、真実ちゃんと河川敷を歩いている男が目撃されていた。警察も事情聴取を行い、調書も取っている。ある目撃者はその男をアニメの「ルパン三世」に似ていると証言した。清水さんはこの人物を特定し、警察や検察に多くの依頼をされた実績を持つ本田克也・筑波大教授に鑑定を頼んだ。結果は真犯人のDNA型と完全に一致した! 清水さんが最高検幹部に知らせると「これはそのまま犯人だよ」とため息をついた。捜査当局は一時、この人物の行動確認を行ったが、やがて完全に沈黙し、いまに至っている。そこには隠蔽する理由があったのだ。「ルパン」はいまなお現場周辺で暮らしている。
【これは濃厚芳醇なシングルモルトウイスキーを大量の水で割ったような書評です。驚愕する内容は清水さんが本書で明かした厳然とした事実の重さにあります。】

 (ありた・よしふ 参議院議員・ジャーナリスト)

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