書評

2013年12月号掲載

「原子力ムラ」の重鎮が開いていた「原子力反省会」

――NHK ETV特集取材班『原発メルトダウンへの道 原子力政策研究会100時間の証言』

松丸慶太

対象書籍名:『原発メルトダウンへの道 原子力政策研究会100時間の証言』
対象著者:NHK ETV特集取材班
対象書籍ISBN:978-4-10-334091-1

 二〇〇八年春、私は原子力導入の歴史的経緯を検証する番組を企画し、取材に奔走していました。その際に貴重な証言や資料を数多く提供してくれたのが、旧通産省および旧科学技術庁の官僚だった伊原義徳氏でした。伊原氏は日本の原子力の黎明期を知る、生き字引ともいえる人物です。しかし、この時企画していた番組が結局、制作には至らなかったこともあり、その後、伊原氏とも疎遠になってしまいました。
 それから三年後、あの東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きてから三カ月を経た二〇一一年六月、私は再び伊原氏のもとを訪れました。三年ぶりに再会した伊原氏は私に、一冊の分厚い議事録を見せてくれました。
「私たちは、ごく限られたメンバーだけで極秘の会合を開いていました。『島村原子力政策研究会』です。この資料は、その会合での発言を記録したものです」
 主宰者は伊原氏の上司で、旧科学技術庁の官僚、島村武久氏。一九九六年に亡くなるまで日本の原子力行政において指導的立場にあり続け、政策決定に深く関わってきた島村氏は、八五年から九四年までの九年間、毎月一回のペースでこの会合を開催しました。参加したのは官僚、電力会社、メーカーのトップに加え、各大学や研究機関の主要な研究者など、日本の原子力界のあらゆる分野における重鎮たちでした。
 この極秘会合の録音テープをベースに制作されたETV特集「シリーズ原発事故への道程」(前後編)は、二〇一一年九月に放送され、二〇一二年科学ジャーナリスト大賞を受賞するなど、高い評価を受けました。本書はその後に制作されたETV特集「“不滅”のプロジェクト ~核燃料サイクルの道程~」(二〇一二年六月放送)の内容に、放送では時間の関係で割愛したエピソードやコメントを加え書籍化したものです。
 最初の放送から約二年が過ぎる間に、原発を取り巻く状況にも変化が見え始めています。事故当時の鮮烈なイメージが風化しつつある中で、原発再稼働を求める声が上がってきています。再稼働問題を論じる上で、「安全神話」がいかに形作られていったかを検証することは不可欠です。本書はそれを考える上でおおいに参考になると自負しています。
 いわゆる“原子力ムラ”に関しては、やや陰謀論めいた解説の中で、諸悪の根源のように見なされてきた観がありますが、本書はその実情を、関係者の証言や文書によって冷静に記録しました。半世紀に亘って日本の原子力界を牽引してきた原動力はどこから生まれたのかと前述の伊原氏に尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。
「全ての始まりは、我々、太平洋戦争を経験した世代が、資源問題からいかに解放されるかを真剣に考え始めたことからでした。ご存知のように、太平洋戦争は資源獲得の争いでした。そのため、戦争に突入するようなことを二度と繰り返してはならないと痛感したことが、我々の出発点だったのです。そこで最も注目されたのが原子力でした」
 伊原氏や島村氏など、黎明期から原子力政策にかかわってきた官僚達は、日本のエネルギーの自立を考えていました。彼らが究極的な目標として掲げていたのは、燃料を燃やして新たな燃料を生み出す高速増殖炉を軸とした、核燃料サイクルを完成させることでした。しかし、研究開始から半世紀以上が過ぎても、高速増殖炉も再処理工場も完成していません。
 福島原発事故を経た現在でも、伊原氏の信念は決して揺らぐことはありません。百年かかろうが二百年かかろうが、核燃料サイクルを実現させる。それが日本を繁栄させることになると確信しているのです。日本にとって良いことをするのだから、一旦始めたプロジェクトは絶対止めない。そういう「プロジェクト不滅の法則」というべき体質が、日本の原子力政策の根底には横たわっている。その現実が、多くの関係者の証言から伝わってきました。
 私は本書の執筆を続けながら、福島の他にも全国各地の原子力関連施設を取材し、原子力関連企業で働いてきた人々、その地域で暮らしてきた農家や漁師の方々、幼い子どもがいる子育て世帯など、実に様々な声にも耳を傾けてきました。そうした“生の声”を受け止めながら、私は自問し続けました。「現在に至る日本の原子力発電の歴史から、何を学べばいいのか」、「これからどんな選択をしたらいいのか」。そして、改めて思い至りました。福島第一原発事故を経験した今だからこそ、新しい地平で実りある議論をしなければならないと。

 (まつまる・けいた NHK制作局文化・福祉番組部 チーフ・プロデューサー)

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