書評

2013年10月号掲載

“子供たちを襲う狂気”の連鎖

――北國浩二『ペルソナの鎖』

福井健太

対象書籍名:『ペルソナの鎖』
対象著者:北國浩二
対象書籍ISBN:978-4-10-334671-5

 捜査チームが凶悪犯を追うサスペンス、一匹狼の刑事が活躍するハードボイルド、広報官の苦悩を綴ったドラマなど、警察小説には無数のバリエーションが存在する。様々なアプローチが可能なジャンルだからこそ、そこには作家の持ち味が刻まれやすい。北國浩二の最新刊『ペルソナの鎖』はその好例といえるだろう。
 北國浩二は一九六四年大阪府生まれ。フリーライターとして活動し、二〇〇三年に『ルドルフ・カイヨワの事情』で第五回日本SF新人賞に佳作入選。同作を改稿した『ルドルフ・カイヨワの憂鬱』で〇五年にデビュー。新生児の脳障害を引き起こすウイルスが蔓延し、人工授精の義務化が進むアメリカを舞台として、不正卵採取疑惑を追う弁護士が陰謀に巻き込まれる――という同作は、近未来社会の暗部を抉り出すハードボイルドだ。SF新人賞の出身ではあるが、北國は当初からユニークなミステリの書き手だったのである。
 翌年に刊行された『夏の魔法』は、二十二歳で老婆と化した“早老病”の作家が初恋の男に出逢う痛切なサスペンス。二〇一〇年度版『本格ミステリ・ベスト10』の第九位に選ばれた『リバース』は、恋人を外科医に奪われた男が予知能力者に彼女は殺されると告げられ、外科医の正体を探ろうとする話。姉妹篇『サニーサイド・スーサイド』では、高校のカウンセラーに学校の誰かが自殺するという予言が託され、七人の生徒たちの境遇が述べられていく。『アンリアル』は(中世ファンタジー風)体感型オンラインゲーム空間で演じられる兄弟の物語。『嘘』では絵本作家が認知症の父を介護するために田舎へ戻り、記憶喪失の少年を息子として育てようとする。これらの設定を比べてみれば、北國が風変わりなプロットに長けていることは明らかだろう。
 北國が「ぜひ書きたい!」と臨んだ初の警察小説『ペルソナの鎖』にも、やはり独自の趣向が使われている。警視庁捜査一課の氷室諒は課長命令でテレビ番組に出演し、熱血刑事として注目を浴びた。任意同行された男・土谷誠に名指しで呼ばれた氷室は、罠に嵌められて取り調べ相手を殴った疑いを掛けられる。中学時代に土谷を虐めていたことを認めた氷室は、上司に自宅謹慎を命じられるのだった。
 土谷が病院から姿を消した直後、彼がジュニアアイドル・青木彩花を誘拐していた可能性が浮上する。土谷の新たな策略で“暴力刑事”のレッテルを貼られた氷室は、かつて少女殺害犯を無罪にした弁護士・大河内に疑念を抱き、地元に帰って情報を得ようとするが……。
 復讐によって凋落した刑事が女児誘拐犯を追い、やがて異様な真相に辿り着く――本作はそんな物語だ。誘拐事件は中盤で一つの決着を迎えるが、捜査の線は思いがけない場所に結び付き、黒幕の正体とグロテスクな過去が暴かれる。いくつもの伏線が収束し、裏の顔を持つ人々が織り成す全体図が解明されるクライマックスは、さながら名探偵の告発シーンのようでもある。聖書のモチーフに彩られた(しばしば挿入される)父と少年の退廃的な対話には、どこか異国めいた雰囲気も漂っているが、これは北國が翻訳ミステリ好きであることの反映だろう。二人が誰なのかを知り、全ての元凶の姿を目にした時、読者は狂気の深さを見せつけられる。この幕切れもまた翻訳ミステリ的と言えそうだ。
 さらに興味深い点として、氷室のパーソナリティにも触れておきたい。氷室は妻と息子の信頼を失った被害者だが、関係者の人生を狂わせた加害者の側面も備えている。謹慎中にも捜査に介入し、無関係と思われる相手を殴り、己の罪を悟っても「当惑」するだけの氷室は好ましい人物ではあり得ない。いわゆる“勧善懲悪のカタルシス”とは縁遠い主人公であることは確かだろう。
 しかし逆の見方をすれば、氷室もまた陰を持つからこそ、邪悪な本性を秘めた面々と切り結び、黒幕の所業に対峙できるのかもしれない。光の中から闇を討つのではなく、自らも泥に塗れた刑事を描くことで、北國は真っ黒な警察小説を書き上げた。挑発的な試みを重ねてきた作家らしい、新機軸のキャラクターを創造した野心作である。

 (ふくい・けんた 書評家)

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