書評

2021年7月号掲載

買った薬の成分、言えますか?

久里建人『その病気、市販薬で治せます』

久里建人

対象書籍名:『その病気、市販薬で治せます』
対象著者:久里建人
対象書籍ISBN:978-4-10-610910-2

 店頭で市販薬を販売している薬剤師の私は、新型コロナウイルスをめぐって、昨年以降さまざまな奇妙な現象を見てきました。
 ワクチン接種が全国で始まった今年の五月から六月にかけて、街のドラッグストアで解熱鎮痛薬「タイレノールA」が人気を博すようになりました。接種後の副反応で高熱が出た場合、解熱鎮痛成分アセトアミノフェンが好ましい対症療法であると多くのメディアが取り上げたことで、その代表的製品の「タイレノールA」に注目が集まったのです。奇妙なのは、アセトアミノフェン製品は複数あるのに、「タイレノールA」に関心が集中したこと。多くの店で品薄になり、購入できないと嘆く人が出てきました。同じ成分の製品が他にあると来店者に説明すると、「わかった! あなたを信じてそれを買うわ」と、清水の舞台から飛び降りるような決心で購入する方もいます。
 言うまでもなく、薬は成分で選ぶもの。成分が同じなら、効果は同じです。なのに、市販薬はなぜか「知名度」や「イメージ」だけでなんとなく選んでいる人がごまんといるのです。
 こうした市販薬リテラシーの不足は、新型コロナウイルスをめぐる社会の不安や混乱の一因になっているように思います。日本は国民皆保険制度によって、誰もが軽い医療費負担で、病院を受診し、薬を処方してもらうことができます。市販薬に頼る必要がなかったことも、日本人の市販薬知識が育ってこなかった理由の一つでしょう。
 この状況は、近年変わりつつあります。医療財政の逼迫から、国は軽度の症状には受診でなく市販薬で対処するよう政策誘導しているのです。
 今や花粉症薬、胃薬、鎮痛剤など多くの分野で、処方薬と同じものが市販薬として売られています。緊急避妊薬の市販化の議論がこの六月から本格化し始めたり、来年からは日本初「市販薬の自動販売機」の実証試験が始まったりと、今までにない大胆な規制緩和の動きも起きています。
 今まで病院でしか入手できなかった薬が市販薬として購入できるようになる。そして、市販薬でも入手できる成分の薬は、公的医療保険で処方されなくなる可能性がある。処方から市販へのシフトチェンジは、この先も続く確実な未来です。
 市販薬の時代とは、自分で薬を選ぶ時代。その荒野を歩く地図を提供するのが本書です。「バファリン」と「イブ」の違いを始め、風邪薬、胃腸薬、貼り薬や目薬から精力剤、発毛剤、睡眠導入剤や漢方まで、身近な薬の成分について商品名をあげて解説。症状別の選び方、薬剤師への相談ポイント、パッケージを見る際の注意点、災害時に備える薬一覧、メディアの情報を見分ける方法など、明日から役立つ知識を盛り込みました。知られざる「市販薬の世界」を、お楽しみください。

 (くり・けんと 薬剤師)

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