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インタビュー

シニカタロンシンチョウセンショ死にかた論(新潮選書)

佐伯啓思

1,540円(税込)

私はどのように死ねばよいのか?

七十歳を過ぎた稀代の思想家が、自らのこととして死と向き合った。欧米の「生命尊重主義」では、とてもじゃないが穏やかに死ねない。ヒントは古からの日本人の死生観にあるにちがいない。自然信仰を探り、日本仏教の「死と生」の関係を見る。西洋とは全く違う「死にかた」を知った時、私たちは少しばかり安心して旅立てる。

フェア新刊 著者インタビュー

生は常に死によって脅かされている。

佐伯啓思 社会思想家 『死にかた論』

なぜ、この時期に死生観に関する本を出したのですか?

佐伯 昨年、タレントの志村けんさんや女優の岡江久美子さんらが新型コロナで亡くなりました。多くの人が驚き、コロナによる突然の死を他人ごととは思えなくなりました。気をつけていても、いつ自分が死へ追いやられるかわからない、という感じをもったのではないでしょうか。もちろん、誰もが突然に、ガンを宣告されたりします。しかしコロナの場合、ウイルスが日常生活のなかに入りこんできて、しかも何らかの原因で罹患した途端に死の可能性にさらされる、という意味で、病気とは少し違います。人は、自分たちの「生」が常に「死」と隣り合わせだという感覚をもったはずです。ところが、たいていの人が、これまで、生の方の充実ばかりに関心を払い、死への道筋などほとんど考えてきませんでした。死を視界から排除してきたのです。
 つまり、死生観など、まったく関心がなかった。それが、このコロナの事態で、戦後の日本には死生観らしきものがまったくなかったということに少なからずの人が気づきました。
 もちろん、だからといって、死生観など、すぐに作り出せといっても無理です。何かそんな明確なものがあるわけではありません。しかし、われわれの生が常に死によって脅かされている、ということは確かでしょう。いつ突然の死に襲われるかもしれないという前提で、多くの人が生き方を考えるようになったのではないか、と思います。

本書の構成を教えてください。

佐伯 最初の第一章、第二章で、安楽死問題などを取り上げ、安楽死に対して決定不可能になる現代社会の「生」と「死」についての思考の貧弱さを問いました。生命尊重と人格の尊厳という西洋発の近代の二つの価値(権利)が「生」と「死」の問題をがんじがらめにしてしまっている、ということです。そこで、前近代の日本には、もともとどのような死生観があったのかを、続く第三章、第四章で論じました。日本の死生観はしばしば仏教からくるといわれます。したがって、第五章から第七章で「生死一如(しょうじいちにょ)」という独特の考えをもつ日本仏教の死生観を、道元を参照しながら論じました。また同時に、日本には、永遠の霊魂という観念もあります。その両者を踏まえて、最後の第八章で、再び現代へ戻り、断片的ですが、私なりの「死」と「生」についての考えを述べました。

本書の冒頭の二章をつかい、安楽死について深く掘り下げて論考しておられますが、近代はなぜ安楽死を難問にしてしまったのでしょう?

佐伯 もちろん、どんな社会においても、家族にとっては死にかけている人でさえ、いつまでも生きていてもらいたいでしょう。それに加えて、近代社会では、ともかくも「生きること」に価値が置かれるという一種の生命至上主義があります。さらに、家族であれ、安楽死を容認するのは、どこか人の生命を奪い、基本的人権に反することだという暗黙の了解があるからだと思います。

欧米の死生観というのはどんなものでしょうか?

佐伯 欧米では、もともとはキリスト教が中心で、生も死も神の御業という考えが強く、個人の裁量の領域ではなかった。最後の審判にせよ、神の下へゆく永遠の霊魂など、もしそれを本当に信じれば、死生観とはいえ、いっさいを神に委ねるというものです。近代社会になって「神」を否定すれば、死生観も失われ、生命に対する基本的権利が前面にでてくることになるのでしょう。

日本人の死生観、自然観の根底にあるのは、仏教であるとお書きですが。

佐伯 正確には、仏教そのものというよりも日本化した仏教(日本仏教)です。おそらく仏教の伝来以前から、日本には、古代的なカミ観念と連動した自然の観念があり、また、「死後の魂(たましい)」という観念があったのでしょう。それが、仏教の伝来とともに、なかば突き崩され、なかば習合しました。仏教は、死後の霊魂は認めませんし、この世の苦から解脱することを目指します。だから、本来は、古代的なカミ観念や魂など認めません。しかし、仏教が日本化するなかで、仏教の「仏性」は「仏の心」や「仏の魂」、「仏のいのち」といわれるように、あらゆる存在に永遠に内在する「魂」=「いのち」のようなものと重ねられてゆきます。こうして、古代的信仰と外来の仏教が習合した独特の日本仏教ができあがってきます。しかも、あらゆる存在に「仏性」=「魂」がある、という発想は、天台本覚思想のように、人間も自然もすべてが一体となって「仏性」=「魂」をもつという考えになってゆきます。ここに、人と自然が一体となり、そこに「いのち」があるという自然観が出現し、また、この永遠のいのちからすると、生も死も同等だという独特の死生観もでてくることになりました。

なぜ、道元の思想に枚数を大きく割いたのですか? なぜ最澄、空海、親鸞ではないのですか?

佐伯 日本の仏教思想を、もっとも釈迦の本来の思想に近い形で論じたのは道元だと思います。それに、道元は、法然や親鸞とは異なって、阿弥陀仏の極楽浄土というような超越世界(この世界と異なった別世界)や、超越的な仏を想定していません。今日のわれわれも、もはや超越世界を想定することはできません。道元の思想では、まさにこの「世界」にあって、どう覚(さと)るかが問題となっています。さらに道元の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』では、死生論がかなり論じられています。これは道元だけでしょう。

佐伯さんは本来、社会思想家、経済学者ですが、なぜ、フィールドの異なるテーマの本を手がけようと思ったのですか?

佐伯 理由は二つあります。一つは、長い間、経済学を中心に社会科学をやってきましたが、戦後の日本の社会科学は、経済学を典型として、アメリカからの輸入学問です。もう少し長い目で見ても、ヨーロッパで作りだされた社会思想や政治思想、経済思想などがアメリカへ渡って制度化したものです。日本は圧倒的にその影響下にありました。われわれ日本の研究者はそれから随分、多くのものを学びましたが、また、それを批判的に受け取ることをしませんでした。本来、社会思想や社会科学は、それが生み出され育ってきた「土壌」と切り離せません。社会科学は、まずは西欧の、そしてとりわけアメリカという社会や文化と切り離せないのです。ですので、それをそのまま日本に持ち込むと日本のなかで大きな混乱が起きます。経済など、まさにその典型で、アメリカ型の経済の考えを日本に持ち込んでも、日本には日本の文化や価値観があるので、その間に齟齬が生まれます。
 実際、ヨーロッパやアメリカを見てみると、それぞれの国がもつ文化や価値観があって、政治にせよ、経済にせよ、それぞれの国の「土壌」の上に成り立っていることがわかります。特にヨーロッパは、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど、それぞれに違った文化や価値観をもっていて、それを頑固なまでに保持しようとしています。それならば、日本の社会について論じるには、日本の文化や価値観を知らなければなりません。文化や価値観にも様々なレベルがありますが、私は、できるだけ深いレベルで受け継がれてきている文化や価値観を問題にしたかったのです。そしてそれは、自然観、死生観、歴史観などに示されていると思います。あらゆる国にはそうしたものがあります。だからまずは、日本人の自然観、死生観などを探り出したいと思ったのです。しかも、考えてみれば、私の研究者としての知識のほとんどは西洋発のものであり、日本の自然観や死生観など、まとまった知識はほとんどない、という驚愕の事実に気づき、これでは駄目だとも思いました。
 二つ目の理由は簡単で、人間は、当然、生きて死にます。また多かれ少なかれ、人間自身が「自然」の一部として自然のなかで生きています。これは、あまりに当たり前の事実ですが、社会科学は、「生」の拡充ばかりを論じ、また自然を人間が自由にコントロールできると見なしています。これでは、人間にとっての、もっとも根底の問題を論じることができません。私自身も、ある程度の歳になり、「生」を拡充し、「自然」からエネルギーを引き出すというよりも、もっと、人間の根底にある生や死、自然との関係の方へと関心が向いていきました。それは社会科学では扱えません。50歳を過ぎたあたりから、社会科学そのものに限界を感じ、死生観や自然観などを常に考えるようになったのです。
 また、日本には、社会科学のような社会を対象にしてそれを変革するという学問が育ちませんでしたが、自然を愛(め)で、人生をはかないものとして捉える感覚が独自の形で文化の基盤になってきました。仏教の無常観や古代から変遷してきた自然観、霊魂観などもありました。そして、それはまた私自身のなかにも、こころのなかのどこかにずっと横たわっており、常に親しみを感じるものでした。だから、日本文化の根底にあるものを探ることは、私自身にとっても一種の「自分探し」なのです。

今年で72歳でいらっしゃいますが、50歳、60歳、70歳になると、「世界」や「社会」「死」の見え方は変わりましたか?

佐伯 多少は、変わったと思います。50代あたりだと、社会も世界も、ある程度は、人間の意志で変えられるものであって、その方向の指針をだすのが思想だと思っていました。それが、60あたりから、そんな確かな思想など存在しない、人間の意志でできることなどたかが知れている、もしかしたら、よかれと思ってしたことが世界や社会を悪くすることが多分にある、という気分が強くなりました。70歳近くになると、世界も社会も人間も歴史もすべてを動かしている、もっと大きくて深い、われわれにはわからない何かがあるという気にもなってきました。

何をいちばん読者に伝えたかったのでしょうか?

佐伯 「生」と「死」をどのように考えるか、そう問うても、決して正解などありません。私には、私の考えがある、というだけです。しかも、それも確信をもっていえる割り切ったものではありません。それもそのはずで、そもそも「死」など誰も経験できない(少なくとも、その経験を語ることはできない)のですから、確かなことは何もいえないのです。だから、私は、日本人のこころの底にある、また日本文化の底にある日本的死生観を論じてみたいと思いました。死を想うことはやっかいなことで、死に近づくことは苦にほかなりません。何といっても「死」が避けられないということは最大の苦痛であり恐怖です。しかし、自分なりの死生観らしきものを、(暫定的にであれ)手にしておけば、その苦痛や恐怖はかなり和らげることができるだろうし、そうすることで、もっと楽に生きることができるように思うのです。

本書で特に強調しておきたいことは何ですか?

佐伯 日本の死生観はかなり複雑だということです。一方で、古来のカミ観念と繋がった永遠の「魂」観念があり、もう一方で、仏教からくる解脱の思想があります。しかし、そのいずれも、生と死の間に明瞭な区別をしません。特に仏教の生死一如の思想は、生と死の区別さえ無意味だといいます。これは相当に衝撃的な考えです。しかし、この生も死も同じという過激思想を前提にすれば、この世の無常も、無常のままで、生の苦も生の苦のままで受けとめるこころの準備ができるでしょう。そうすることで、少しは生きやすくなるでしょうし、また、現世をそのままで節度をもって生きることもできるのではないでしょうか。

「死」がわからない存在であるなら、考えてもしょうがないのではないですか? そんなことは考えずに、楽しく生きていけばいいのではないでしょうか?

佐伯 たしかに、何も考えずに生きていければそれでよいと思います。それができるのは幸せな人でしょう。しかし、たいていの人はそうはいきません。人はそんなに幸せにできていません。つらいことはいくらでもあり、どうにもならないことに直面することもあって、生と死についてどうしても考えてしまいます。また、身近な人の死に直面することもあるでしょう。その時に、何らかの死生観に頼りたくなるものでしょう。

最後に、佐伯さんご自身の「死生観」をお聞かせください。

佐伯 本当は死生観などもたないのが、私の理想です。生や死など考えずに生きることです。しかしそれは、先の「楽しければいいじゃないの、何も考えずに楽しめばいいじゃないの」とは違います。一度、古代的な永遠の霊魂や仏教の生死一如を経過し、生にも死にもこだわらない、ただ与えられたその時をそのものとして精いっぱい生きる、ということであり、ありのままに、自然のままに生きる、というものです。自然法爾(じねんほうに)ですね。おそらくこれは、道元にも、親鸞にも、そしてある意味で、本居宣長にも共通する心構えだと思います。〈2021年3月末日、メールインタビューにて〉

佐伯啓思『死にかた論』978-4-10-603866-2