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書評・エッセイ

幻の「鳥獣戯画」を探して

芸術新潮編集部編『謎解き 鳥獣戯画』(とんぼの本)

ナカムラクニオ

 信じられないかもしれないが「鳥獣戯画」の写し(模本)を持っている。古美術商から入手したものだが、表装から推測すると描かれたのは江戸時代だろうか。興味深いのは〈百事諧(ひゃくじととのう)〉と題されていることだ。これは現代で言うなら「人生で大切にすべき100のこと」という意味だ。写しではあるが、ユーモラスに描かれた動物たちが画面から飛び出してきそうな躍動感がある。さらに国宝の絵巻にはない場面もいくつか登場する。この写しは、鳥獣戯画の失われた部分をつなげる新たなヒントになるかもしれない。
 京都の高山寺に伝わる原本の絵巻は12世紀以降、何度も切り刻まれ、貼り直されてきた。そのため、途中で持ち出された巻物の一部「断簡」も存在している。実業家で茶人の益田孝が収集した断簡、MIHO MUSEUM所蔵の断簡など、謎の〈ミッシングリンク〉が多数確認されている。さらに気になる存在なのが、現在の状態に編集される前に写された「模本」だ。描かれた当時の状態を推定することができるため、貴重な研究対象になっている。江戸幕府の御用絵師が所有していた「住吉家模本」、ホノルル美術館が所蔵する「長尾家模本」、狩野探幽によって模写、着彩された模本などが存在する。ちなみに我が家の模本にも淡い色が付いている。つながれた順番も高山寺の絵巻とかなり違う。本来「鳥獣戯画」はバラバラの状態だったが高山寺で巻物状に仕立てられたのではないかという気もする。さらに、これまで知られていないカエルの群衆の場面も数カ所ある。いつの日か、こうした模本と断簡からすべての謎が解ける時が来るのかもしれない。
 一昨年、ボストン美術館に作品の調査に行った際、面白い発見があった。それは、まだ研究や整理がされていない日本美術の作品がたくさん存在するということだった。ボストンといえば海を渡った二大絵巻として知られる「平治物語絵巻」「吉備大臣入唐絵巻」を筆頭に、膨大な数の日本美術品を所蔵していることで知られている。これらの秘宝たちは丁寧に時間をかけて修復され、とても幸せそうだった。ひょっとするとこのように海外流出した作品の中にまだ知られていない「鳥獣戯画」の模本や断簡が紛れているかもしれない。そう強く感じたことを思い出した。
 それにしても「鳥獣戯画」とは、いったい何だったのか? 模本をじっくり眺めてみた。文字がないことを考えると、紙芝居のように読み聞かせに使っていたのではないかと思った。風刺画説、鎮魂画説などあるが、貴族や僧侶を動物にたとえて描かれていることから、身分の高い家の子ども向けの教育絵本だったのではないかと思う。特に「甲巻」は、遊びや儀礼を楽しむ動物たちが擬人化され、教訓的に描かれているように感じる。擬人化は、古代ギリシャの『イソップ物語』や、『古事記』の「いなばの白うさぎ」など、昔話でもお馴染みの手法だ。つまり、擬人化とは「教え」を広めたい時に最も適した〈エンターテインメント〉なのだ。現代においても、「ゆるキャラ」や、任天堂のゲーム「あつまれ どうぶつの森」なども、みな擬人化することで多くの人々に愛されている。
 そんなことを調べている時に、とんぼの本の新刊『謎解き 鳥獣戯画』を読んだ。「鳥獣戯画」の全体を眺めることができる折込みの全巻全場面が掲載されている。なんという斬新な作りだろうか。ミニチュアの鳥獣戯画を手に取ったような驚きがあった。さらに我が家の模本と比較しながらじっくり読んでみた。ウサギとカエルが宴の用意をしている場面では、酒の壺が描かれているが、よく見ると平安から鎌倉時代にかけて猿投(さなげ)や常滑などで焼かれた三筋壺(さんきんこ)であることがわかる。とんぼの本は画像が大きくはっきり見えるのがいい。胴の部分に彫られた三筋の線が丁寧に描かれていることが確認できる。自分もこの三筋壺を花器として使っているが、「鳥獣戯画」に登場していることは気がつかなかった。サルとカエルによる法会の場面では、ハスの花をいけた花器に中国、南宋時代に龍泉窯で焼かれた青磁らしき壺が使われている。その後の場面では、柿のような果物が漆器に盛られているのがわかる。このように「鳥獣戯画」は、日常の行事でどのような器が使われていたかなどを研究する際にも大変貴重な資料だと言えるだろう。
 やはり「鳥獣戯画」は、〈終わらない物語〉なのかもしれない。言葉がないことで、何度見ても、誰が見ても自由に妄想を膨らませることができる。謎解きを楽しむロールプレイングゲームのように、すべての人が自分の物語を映し出すことができる魔法の絵巻なのだ。

 (なかむら・くにお 「6次元」主宰・アートディレクター)

芸術新潮編集部編『謎解き 鳥獣戯画』(とんぼの本)978-4-10-602298-2