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書評・エッセイ

ケンカノリュウギスガヨシヒデシラレザルリレキショ喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書

読売新聞政治部

1,650円(税込)

「やるなら真っ正面から来いっていうんだよな」――寡黙な新総理の実像。

「菅さんからけんかを売られた」「菅は虚像が大きくなりすぎている」。コロナ禍における官邸・自民党内での権力闘争、日本学術会議「任命拒否」の舞台裏から、日々の政治信条までを徹底取材。勝負どころの思考法、逆風下で漏らした本音など、本人、関係者の生々しい肉声を積み重ね、最高権力者の正体を浮き彫りにした決定版。

寡黙な新総理を生んだ「人間的な営み」の連鎖

読売新聞政治部『喧嘩の流儀菅義偉、知られざる履歴書』

橋本五郎

 マスコミのもっとも大切な役割とは何だろうか。よく言われるのが「権力批判」である。それが唯一無二であるかのように主張する論者も少なくない。私はそうは思わない。この世の「なぜ」に答えることだと信じて疑わない。もちろん「権力批判」もその中の一つではある。
 新型コロナウイルスの感染者も死亡者も先進各国と比べ格段に少ないにもかかわらず、なぜ政府のコロナ対応は国民に評価されないのか。安倍首相と菅官房長官との間になぜすきま風が吹くようになったのか。今井補佐官と菅はなぜ対立・緊張関係だったのか。麻生副総理・財務相はなぜ菅が嫌いなのか。安倍辞任を事前に知っていたのは誰なのか。ここ一年の政治に限っても無数の「なぜ」がある。
 政治はすぐれて「人間的な営み」である。互いの利害や好き嫌い、怨念などの感情に大きく左右される。「なぜ」と人間が描かれていなければ、事の真相には迫れない。本書を読んでいると、その期待に十分応えていることがわかる。二十五年以上離れているとはいえ、政治部の後輩たちの作品を高く評価することに「身びいき」の批判が出るかもしれないが、推奨に値することだけは確かである。
「安倍一強」を支えてきたのは、安倍と菅との「絶妙な『共生』のバランス」だったという。イデオロギー色の強い安倍に対し、イデオロギーには無関心で、黒子に徹し危機管理や内政を担った菅との間で棲み分けができていた。両者の関係はいわば「戦略的互恵関係」だったのである。ところが、菅が「令和おじさん」として脚光を浴びるようになってから、安倍側近の今井が菅への警戒心をいだくようになるなど、その関係が次第に崩れていく。
 コロナ対策で安倍は今井ら側近を重用し、菅の存在感は次第に希薄になった。しかし、いわゆるアベノマスクやSNS動画など「菅抜き」で行われた多くが裏目に出てしまう。そこで菅が息を吹き返していくのである。このあたりの叙述はそれこそ息詰まるような生々しさがある。
 学校の一斉休校は「起死回生のサプライズ」として今井が安倍に進言した。しかし、感染症対策の専門家から効果が疑問視されるなど教育界も含め厳しく批判された。今井自身も感染症防止に役立つか確信がなかったと述懐している。しかし、私の見方は違う。政治は結果責任である。結果として、学校にクラスターが発生しなかったではないか。ならば安倍は堂々とそのことを述べたらよかったのだ。
 安倍にとって麻生の存在がいかに大きかったかも本書を読めばよくわかる。安倍抜きで政局が動いていることに危機感を募らせた麻生は「総理、最近明らかにアンテナが鈍ってますよ」と安倍に直言する。安倍は「それを面と向かって言ってくれたのは麻生さんだけです」と感謝する。こうした場面は随所にあったようだ。そんな麻生の面白さはここぞという時の解説、コメントにある。
 人気のある河野太郎について「河野太郎とかけて釧路と解く。(その)心は湿原(失言)が多い」。自分のことを棚に上げたぶん、味わいがより深くなる。官邸内の不協和音に首をひねって言う。「今井が菅をはじいていて、それに総理が乗っているのか。総理と菅が悪くなっているのか。そこが俺にも分からないんだ」。月刊誌で菅について聞かれ、「安倍さんの代わりになろうとするオーラは感じませんけどね」とバッサリ。いかにも麻生らしい。
 それにしても、週刊誌でさんざん不倫問題を取り上げられた和泉洋人を菅が補佐官として重用するのはなぜか。本書を読んで得心した。仕事が出来るのである。米空母艦載機部隊の離着陸訓練の候補地である馬毛島(まげしま:鹿児島県西之表市)の買収交渉をまとめたのは和泉である。コロナ対策では医療機関への医療物資の配布も和泉が仕切った。週刊誌よりも仕事の出来不出来で判断するのが菅流なのだ。
 菅政治の特徴もよく整理されている。「国民目線に立った政策」へのこだわりこそがたたき上げとしての菅の真骨頂である。首相就任記者会見では、大所高所からのビジョンを語ることが多いが、菅の場合は携帯電話料金の引き下げやデジタル庁の設置など徹底して具体的だ。それだけに国民にはわかりやすく映るのだろう。
 特定のブレーンを置かないのも菅スタイルだ。官房長官秘書官から四人をそのまま首相秘書官に格上げしたのは、菅にとって気心の知れた部下を使うためだけではない。腹心任せにせず、自らが霞が関を仕切るという意欲の表れだという。朝昼夜を問わずさまざまな人物と会食を重ねて情報収集する手法を首相になってからも続けている。
 しかも「主流じゃない人」に会うことを心がけているという。このあたりも歴代首相とは違って、「信じられるのは自分の目と耳だけ」というたたき上げ政治家らしい所作なのかもしれない。ただ、こうした政治手法には「危うさ」も付きまとう。首相の仕事の広さと深さを考えると、「個人商店」的で大丈夫かということである。
 本書を読み終わってつくづく思うのは、政治の陰の主役はコロナだったということである。

 (はしもと・ごろう 読売新聞特別編集委員)

読売新聞政治部『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』978-4-10-339019-0