書評

2020年8月号掲載

奇っ怪なマネーの世界

中島真志『アフター・ビットコイン2 仮想通貨vs.中央銀行 「デジタル通貨」の次なる覇者

finalvent

対象書籍名:『アフター・ビットコイン2 仮想通貨vs.中央銀行「デジタル通貨」の次なる覇者
対象著者:中島真志
対象書籍ISBN:978-4-10-351282-0

「デジタル通貨」の何が今、問題なのか。本書を読んで、ようやくその問題の所在に気づかされた。
 もっとのんきに考えていた。近未来に自然にデジタル通貨というものが世界中で普及する日が来るだろう。だから今のうちに最先端の関連知識を学ぶのに本書は便利な書物だろう。そう思ったまま読み始めたのである。もちろん本書は啓蒙的な側面から読まれてもいい。技術解説書として読まれてもいい。十分に適切な書籍である。
 嫌な予感はあったのだ。2019年6月18日、米フェイスブックが自社のデジタル通貨「リブラ」の計画を公開すると、即座に世界の金融当局(特に欧州)や米国議会が過剰とも思える反応を示した。あのとき、もしかしたらこれはかなり重要な問題なのではないかと薄々疑問には思っていた。だが、リブラも所詮、日本でのSNS大手のライン(LINE)の決済サービスや、ソフトバンクを背景とするペイペイ(PayPay)のようなものだろうとも思っていた。あの違和感の正体が読後わかった。呆然とした。
 そのリブラの重要性は、第Ⅰ部で詳細に示される。この認識こそがまず、本書から得られる最初のメリットだろう。あえて一言で言えば、通貨主権の危機である。あのままリブラ計画が実施されていれば、国家あるいは国家連合の中央銀行が従来独占的に発行してきた通貨というものが、一民間企業に凌駕されるという事態が起きたかもしれない。リブラの計画は、既存のあらゆるデジタル通貨よりも優れたものであった。
 その後、リブラの計画はどうなったか。短期間で変更を余儀なくされた。通貨主権を脅かしかねない牙は早々に抜かれたわけである。それでも各国の中央銀行は、急速に目を覚ますことになった。本書の言葉を借りれば、「中銀デジタル通貨の実用化」が「秒読み段階」に入ったのである。具体的にどのようになるのか。それが本書の第III部のテーマである。
 リブラ・ショックとでもいうべき衝撃を受け、先進国の中央銀行とBIS(国際決済銀行)が一丸となり、CBDC(中銀デジタル通貨)の研究会を立ち上げた。なかでもBISの危機感は強い。次なる課題には「デジタル人民元」がある。
 中華人民共和国は今年の5月から深セン、蘇州、成都、および北京南西の副都心「雄安新区」の4都市でテスト運用を開始。さらに、2022年の北京冬季五輪に向けて、会場付近での実証実験も追加された。西側諸国が手をこまねいていれば、通信技術における5Gと同様、デジタル通貨分野でも中国に主導権が握られる。本書のその説明は詳しい。背景から、そもそもCBDCとはなにかという原点まで遡っていく。展望も冷静である。
 CBDCに至るまでの混乱状況は、第II部「群雄割拠の仮想通貨―アルトコインからデジタル通貨へ」で扱われる。混乱は、大きく技術問題と社会問題の二面から検討されている。技術問題の面で興味深いのは「51%攻撃」である。堅牢と見られていた「ブロックチェーン」の安全性はすでに破られている。「誰でも承認作業に参加可能」な仮想通貨では現状対処できないようだ。
 社会面で驚かされたのは、まず北朝鮮の関与だ。そして、現状におけるビットコインの新しい存在意義である。私は、ビットコイン・バブルが終わり、保有者は塩漬け株のように持っているだけとばかり思っていた。そうではないらしい。すでに2019年末の時点でビットコインの市場占有率は70%まで回復している。
 ビットコインは仮想通貨と呼ばれているものの、実質的には投機の対象であり、決済性は低い。他方、決済手段ということであれば、価格が安定した別種の仮想通貨が好ましい。そこでドルなどと連動する「ステーブルコイン」が活用されるはずだが、実際には決済に使われているふうはない。いったい何が起きているのか。本書が描き出すのは、ビットコインの投機などで得た利益がステーブルコインに移されている実態だ。なかでも、「テザー」の薄暗い背景には驚かされた。魑魅魍魎、百鬼夜行という古臭い言葉が思い浮かぶ。
 つくづくマネーの世界は奇っ怪だ。デジタル通貨はCBDCの普及で終わることはないだろう。今後もビットコインやテザーのような民間通貨も連動し、一種のディストピア(暗黒郷)にもなりうる。本書の知見は、マネーに対する現代市民の危機意識にも呼応するものなのだ。

 (ファイナルベント ブロガー)

最新の書評

ページの先頭へ