書評

2020年6月号掲載

僕は小説が好きだ

『さよなら世界の終わり』(新潮文庫nex)

佐野徹夜

対象書籍名:『さよなら世界の終わり』(新潮文庫nex)
対象著者:佐野徹夜
対象書籍ISBN:978-4-10-180190-2

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「お前、よく自殺したくならないね?」とある作家が僕に言った。年末の出版社のパーティー会場でのことだった。そのとき僕たちは初対面で、好きな作家の話をしていた。僕はウェルベックの話をしていた気がする。
 目の前の彼は、今の僕みたいな作風で小説を書いていて死にたくならないのか、と言いたいらしい。「毎日死にたいに決まってるだろ」と思ったしそう言った。
 僕は泣ける恋愛小説でデビューした。それが売れた結果、今では「わかりやすくてなんとなく売れそうなプロット」しか通らない。売れるか売れないかだけで評価される。僕はそういう作家だ。
 たまに会う友人の編集者は、デビューしてから僕の顔を見るたび、ニヤニヤと侮蔑的な笑みを浮かべるようになった。別の友人は「お前の小説読んだぞ。つまらなかった」と言っていた。両親は、生活のためには文学賞を取って売れる小説を年に三冊は書けとアドバイスをくれた。昔の恋人は「あなたのしょうもない小説は読む気がしない」と言った。小説家になったことで、なんだかそれまでの人間関係まで億劫になった。要するに友人も恋人も家族もいらなくなり、無職から専業作家になった僕はそのままつつがなく引きこもりになった。世界中の人間から小馬鹿にされている気分だった。
 最初からこんな風になりたかったわけじゃない。
 僕は十五歳のとき、自殺しようと思っていた。そのとき、本屋で小説に出会って、衝撃を受けた。すぐ、僕は小説家になろうと決めた。
 高校生の頃、恋愛小説がブームになった。教室で、僕が嫌いな、すぐ殴ってくるクラスメイトが「あれマジ泣ける」と言っていた。
 僕は気持ち悪い奴で、人に好かれなかった。学校にも家にも居場所がなく、誰ともうまく話せない。
 家族が寝静まった夜から朝にかけて小説を書いていたから、寝不足で、授業中はずっと寝て過ごした。僕の唯一の希望は小説だった。小説を書いて賞を取り小説家になれば、きっと自分の本当の人生が始まる、という幻想を抱いていた。
 階段から屋上に続くドアにはいつも鍵がかかっていた。そのドアにもたれて、休み時間、一人で時間を潰した。イヤホンを耳に詰め込んで音楽を鳴らし、本を読んだ。
 世界なんか終わればいいのに、と思っていた。だから、そういう殺伐とした小説ばかり読んでいた。
 人が現実に世界を終わらせることの難しさに比べれば、自分を終わらせる方が遥かに簡単だ。『気狂いピエロ』みたいにダイナマイトで自分の頭をぶっ飛ばせばいい。それで少なくとも自分の世界は終わる。
 僕は自殺せずに大学を卒業して会社員になり、冴えない生活を送っていた。
 年下の友人が二人立て続けに自殺し、僕はなんだかいよいよ生きるのが虚しくなった。僕の中の大切な気持ちや時間が一部壊死した気がした。小説を読んだり書いたりすることが無意味に思えた。憂鬱で、何もする気が起きなくて、自宅にいるときはずっとフローリングの床に寝転がって過ごしていた。
 僕はそのとき二十五歳で、まだ一度も小説を完成させたことがなかった。このまま生活をしていくだけなら死んだ方がいいと思った。
 会社を辞めて、遺書を書くようなつもりで小説を書き始めた。誰とも連絡を取らなかった。
 洗練されたものを書こうとも考えなかったし、コンセプトとか、売れるかどうかとか、そういう大人の考えは一切持たなかった。自分の中にあるもの、体験したこと、好きな作品、それらをぐちゃぐちゃのまま全部詰め込みたかった。十五歳のときの自分に向けて書いていた。
 僕が十五歳のとき、自分の生きづらさに答えてくれる小説は少なかった。僕は、娯楽が欲しいわけでもなければ芸術を愛好しているわけでもなかった。そういう人に向けて小説を書こうと思った。
 書いている途中で、この作品はもしかしたら新人賞を取れないかもしれないな、と気づいた。それでもいいと思って僕はこの小説を最後まで書いた。
 結局僕は別の作品でデビューしたけど、本当はこの作品でデビューしたかった。
 プロの職業作家になれば、書くものに対してそれなりに空気を読むことが求められる場面が出てくる。僕は空気が読めない人間だけど、それなりに空気を読もうと努めて書いてきた。ただ、この作品だけは、全然空気を読まないで、自分の書きたいものだけを純粋に書いた。
 だから、僕はこの小説が好きだ。自分の思春期のときの気持ちを全部詰め込んで書いた。思春期のただ中にいる人、未だに思春期と折り合いをつけられない人、死にたいと思っている人、そういう人に届く小説になっていれば嬉しいです。

 (さの・てつや 作家)

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