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書評・エッセイ

またしても新鮮な衝撃

古野まほろ『新任警視』

村上貴史

 古野まほろの新作『新任警視』が、またしても新鮮な衝撃を与えてくれる。
 主人公である司馬達は、東大法学部卒のいわゆる警察キャリアであり、わずか二五歳という若さで警視に昇進した。警視としての最初の任務は、東京を離れ、愛予県――瀬戸内海に面した、レトロな温泉街が有名な、蜜柑がおいしい県――における公安課長だった。
 この著者の『新任巡査』(二〇一六年)や『新任刑事』(一七年)をどちらかでも読んだ方はご存じだろうが、この『新任〜』という三作品では、その職位での新人の日常が詳細に記されている。その情報量たるや圧倒的。しかも、その描写の説得力も別格である。なにしろ古野まほろは、東大法学部卒の元警察キャリアで警察大学校主任教授まで務めたという経歴の持ち主だ。情報量も説得力も常人離れしているのである。それこそ「古野まほろの『新任〜』以前か以後か」という里程標にしたくなるほどに。
 そしていよいよこの『新任警視』では、公安課長がたっぷりと語られることになる。赴任先が告げられる場面から各所への電話挨拶、引っ越し作業、新職場に関する事前のレクチャーなどが続き、新任公安課長として初日を迎えるのは、実に一五六頁になってからというほどの克明さだ。そしてそこには、巡査や刑事と較べて極端に非公然活動の多い公安という部門ならではの新鮮さがあり、また、課長という立場がもたらす新鮮さがある。過去の二作品で読み手を喜ばせたものと同質でありつつ、それらとは全く異なる内容の新たなワクワク感が、二段組み六三七頁のそこかしこにちりばめられているのだ。しかも古野まほろの手に掛かると、公安課長の日々に関する膨大な情報が、不思議とすらすら読み手のなかに入ってくる。何故そうなっているのか、何故そうするのか、が丁寧に語られているからだ。一つ一つの新しい知識が、それこそキラキラしたエピソードとして読者に届けられるのである。嬉しい限りだ。
 そのうえで本書は、強大な敵と戦うというエンターテインメントとしての魅力もしっかりと備えている。愛予県警公安課の相手は、オウム真理教を上回る武装カルト教団〈まもなくかなたの〉、通称MNである。教団員は四万五〇〇人。オウム真理教の三倍である。愛予県を本拠とし、山岳地帯の八万ヘクタールを支配下に置いている。そんな連中との闘いなのだ。しかも、この闘いにはタイムリミットもある。作中の時代設定は西暦一九九九年であり、MNは、そう、「西暦二〇〇〇年問題」の混乱に乗じたテロを計画しているらしいのだ。なんとか防がねば......。
 さらに殺人事件の謎がある。司馬の愛予県着任の直前に前任の公安課長が、常識的にはありえない場所、すなわち愛予県警内の一室で殺されたのだ。殺害の手口や被害者から奪われた代物は、MNの犯行であることをくっきりと示していたが、犯人は特定できていない。しかも警察側の事情で、前任者の死を秘匿せねばならず、公然と捜査することもできない。さあ司馬よ、MNとどう闘う?
 かくして司馬はチームを率いてMNと闘っていくわけだが――もちろん克明に詳細に描かれる――ここでさらに新たな魅力が開花する。司馬の成長だ。二五歳の若者が、親ほどの年齢の猛者達を含む約七〇名を率いるという立場にいきなり置かれたなか、いかにして部下の信頼を勝ち得てチームとして機能させるか。司馬がもがきながらも"公安課長"として必死に役目を果たし、指揮官として成長していく様が読み手の心に深く刺さるのである。また、彼の仲間となる現場のプロたちも個性豊かで、ついつい惚れてしまう。「情報」のみならず、「情」でも本書は読者を魅了するのである(司馬の女性問題描写もまた一興)。
 こうして夢中になって頁をめくっていくと、終盤には更に新たな魅力が待っている。知恵対知恵、逆転また逆転、騙し合い、そしていくつもの伏線回収と意外な真相といったミステリとしての刺激があり、覚悟を決めた司馬の人間ドラマの決着と余韻もあるのだ。なんとも密度の濃い一冊である。
 なお、『新任〜』の三作品で共通するのは、愛予県という架空の県を舞台に警察の新人を描く点のみ。それぞれが独立した小説である。どれを先に読んでも構わないのだが、三作すべてを読むことをお勧めする。強く、強く。

 (むらかみ・たかし 書評家)

古野まほろ『新任警視』978-4-10-332745-5