書評

2019年11月号掲載

あまりにドラマチックな「令和誕生」の舞台裏

読売新聞政治部『令和誕生 退位・改元の黒衣たち

森健

対象書籍名:『令和誕生 退位・改元の黒衣たち
対象著者:読売新聞政治部
対象書籍ISBN:978-4-10-339018-3

 元号が令和になって半年。今回の改元は、二〇一六年夏の天皇(現上皇)の退位表明から動き出した。崩御より前の退位となると、憲法や皇室典範など法制度との整合性、新元号の選定や事前公表をいつ行うかなど、平成改元時とは異なる対応をとらねばならなかった。
 そんな令和改元に伴う政府内外の動きを、平成改元時の秘話も参照しつつ、事細かに描き出したのが本書だ。著者は読売新聞政治部。令和改元に伴う内幕本はほかにもあるが、本書の強みは政権関係者たちの言葉が多く引かれ、関係者の葛藤や駆け引きが生々しく描かれていることだ。
 五章構成の一章は、元号選定という最重要機密の扱いから始まる。元号案は保秘を徹底され、政府関係者では安倍晋三首相のほか四人しか知らされていなかったという。内閣府には「関係者以外立ち入り禁止」の紙も貼られた。それだけ扱いを厳重にしていたにもかかわらず、今年三月「元号に関する懇談会」の有識者九人の名前はあっさりと報じられた。今井尚哉首相秘書官は「ぶち切れ」、官邸では言い合いまで起きたという。一方、その六つの元号案を出す懇談会では、議事進行は口火を切る有識者を誰にするかまで検討されていたことも明かされる。
 二章では、宮内庁と官邸の対立、そして退位の法的扱いについての政権内外の軋轢が描かれる。退位の意向が報道されると、情報を漏らしたと疑われる宮内庁に官邸は苛立った。だが、世論の退位支持の高まりを受け、官邸は態度を軟化。有識者会議を設置する。一方で、野党の皇室典範改正案と与党の特例法案では開きが大きく、国会は膠着する可能性があった。すると自民党副総裁の高村正彦が皇室典範の付則を発案、転じて特例法の付帯決議に決着していく。一連の変転は政局の実録そのものだ。
 意外だったのは三章、新元号の公表をめぐる保守派との攻防だ。退位の日取りは二〇一九年四月三十日、新天皇の即位・改元を翌五月一日とすることは皇室会議で決まった。だが、新元号をいつ発表するかで首相は保守派から抵抗にあっていた。「伝統を重視する保守派にすれば、元号は依然として、『天皇のもの』」で、事前公表は許容できない。一方、政府は国民主権の憲法を拠り所としている。法制度的にも新天皇による五月一日の公布と公表では、新元号の施行は翌二日となってしまい、不自然になる。そこで対立が起きていたのである。取材陣は、与党内で誰がどのように動き、どう考えを転じていったかを丁寧に記している。
 四章は元号案がどのように考案され、選定されていったかという内幕を掘り起こした。令和の考案者とされる中西進国際日本文化研究センター名誉教授の正式なインタビューに加え、今年三月中旬の最終リストの数案でも首相はいずれも「しっくり」こず、追加案を指示したのは四月一日まで残り二週間を切っていた時期だったことも明かされる。
 最後の五章は安定的な皇位継承がどうあるべきかという法制度の課題について、政府内外の議論が語られる。女系・女性天皇の議論も含め、皇室典範を見直すことは民意でも高い支持を得ている。だが、議論をしっかりしないと、皇室内の動きで皇位継承順位が変わる可能性もあると取材陣は指摘する。
 全体を通して浮かびあがるのは、各方面に配慮しつつ丁寧に誘導していった官邸のたくみさだ。元号案、選定方法、公表時期、有識者会議、特例法......。時間も限られる中、首相の思いを反映させながら、与党も野党も落着させていく。こうした流れは関係者への多面的な取材でしか描けなかった。
 安倍首相自身、本取材陣には踏み込んだ発言をしている。元号案に国書からの検討を始めたのは退位表明直後だったこと、あるいは、元号案について事前に皇太子(当時)に何らかを伝えていた可能性についても言及がある。これは読売政治部ならではの強い信頼あっての引き出しだろう。
 ただし、本取材が例になく厳しかったことは間違いない。令和発表後、ようやく関係者は重い口を開き始めるが、「ここまで政府のガードが固い取材は、かつて経験したことがなかった」「これほど徒労感が募った取材もそうはない」とも漏らしている。官邸内部などガードが固いところから、取材陣がどう言葉を引き出したのか。それを想像すると、書けた一文への苦労も滲んでくる。
 国民の祝意の中で成立した令和改元。その舞台裏は意外なほどドラマが詰まっている。

 (もり・けん ジャーナリスト)

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