書評

2019年11月号掲載

切れた糸を結び直す物語

志川節子『芽吹長屋仕合せ帖 日照雨』

大矢博子

対象書籍名:『芽吹長屋仕合せ帖 日照雨』
対象著者:志川節子
対象書籍ISBN:978-4-10-120592-2

 お待たせしました。結び屋おえんが帰ってきたぞ。
 本書は縁結び、つまり仲人仕事を描いた『芽吹長屋仕合せ帖 ご縁の糸』の続編である。
 まずは前巻の内容をおさらいしておこう。
 主人公は三十代の女性、おえん。味噌問屋・松井屋に嫁いで十年以上経つが、身に覚えのない不貞を疑われて離縁されてしまった。とりあえず日本橋瀬戸物町の芽吹長屋で暮らし始めたところ、ひょんなことから他人の縁談を手伝うことに。それをきっかけに、おえんは仲人を仕事にする〈結び屋〉を始める。
 前巻はおえんがとりもった様々な縁を描きつつ、同時に、おえん自身の人生の選択に迫る連作短編集だ。
 そして本書『日照雨』である。
 今回もまた、おえんは縁結びに奔走する。だが前巻との違いは、それが男女の仲に限らないということだ。
 第一話の「結び観音」では、夫を亡くして七歳の息子をひとりで育てているお俊と、イケメンなのに極度のコミュ障という戯作者・佳史郎をとりもつ。
 第二話「鯛の祝い」では、松井屋の女中・おはるの縁談が決まる。それを聞いた出入りの魚屋・伝次の様子がおかしい。おえんは伝次にも縁談を世話しようとするが、伝次は断る。卒中で倒れて寝たきりの父親がいるからだ。これは男女の縁談という〈横に結ぶ糸〉と併せて、親子という〈縦に結ぶ糸〉の話でもある。
 第三話「神かけて」では、ある人物の奉公先を世話することに。第四話「夕明かり」では友人・お千恵の夫が家を出ていってしまい、その行方を探す。第五話「余寒」では、既に決まっている商家の縁談が本当にいいご縁なのかを調べることに――と、今回は親子や夫婦といったすでに存在する縁を結び直す話や、当人に合った仕事を見つけるという社会の中での縁結びの話もあるのだ。
 人と人を結ぶ糸はこんなにあるのか、とあらためて実感した。職場という糸がある。ご近所さんという糸もある。友という糸もある。町人と武家の身分を超えた糸もある。かつておえんが取り持った夫婦が再登場し、別の縁にかかわることで新たな糸が生まれる。
 人の営みが次々と鮮やかに結ばれていく様子がとても尊い。この物語は、私たちが生活の中で知り合った人、共に暮らす人、共に働く人との出会いが、決して当たり前のものではなく、とても特別な〈縁〉だったことを思い出させてくれる。おえんは、その象徴なのである。
 ――と、ここで終わればとても幸せな話なのだけれど、そうはいかない。
 実は前巻には、おえんを巡る問題にひとつ積み残しがあった。十年前に花見の雑踏ではぐれて以来行方不明の長男・友松だ。もう誰もが諦めていた。だが第二話「鯛の祝い」で、その友松が帰ってきたという知らせがおえんのもとに届くのである。
 糸は結ばれるだけではない。切れることもあるのだという厳然たる事実が読者に突きつけられる。さらに友松問題には(詳しくは書けないが)、他者がかかわっている。人は他人が大事にしてきた縁を断ち切ってしまうことがあるのだという、悲しい事実がここで描かれるのである。
 縁を結ぶということ。縁が切れるということ。
 縁結びの方に気を取られがちだが、実は本書には、一度は結ばれたはずの縁が切れてしまったというエピソードが数多く登場する。家族との死別や離別、壊れた縁談、夫の失踪、気まずくなった友達、職場を辞める奉公人。おえんもまた、自らの断ち切られた糸を前に悩むことになる。この〈切れた糸〉こそ本書の真のテーマなのだ。
 前巻が〈縁の糸を結ぶ〉話だとするなら、本書は「切れた糸をどうするか」の物語なのである。あきらめて新たな糸を探す者がいる。ひとつの糸を守るために別の糸をあえて断ち切る者がいる。もういちどつなぎ直したいと願う者がいる。ひとりひとりの決意を、その後の行動を、どうかじっくり味わっていただきたい。
 結び直されたり縒り合わされたりした糸は、えてして以前よりも強くなる。そして糸を丈夫にしていくのは、他の誰でもない自分自身なのだと、志川節子はおえんの口を借りて私たちに伝えてくれているのである。

 (おおや・ひろこ 書評家)

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