書評

2019年4月号掲載

クラシックホテルに「秘密」が多い理由

――山口由美『昭和の品格 クラシックホテルの秘密』

山口由美

対象書籍名:『昭和の品格 クラシックホテルの秘密』
対象著者:山口由美
対象書籍ISBN:978-4-10-469204-0

『昭和の品格 クラシックホテルの秘密』は、『百年の品格 クラシックホテルの歩き方』の続編である。
 前著では、百年以上の歴史を持つホテルを4軒紹介したが、今回は、主に昭和初期に創業したホテルを5軒紹介した。ホテルニューグランド、蒲郡クラシックホテル、川奈ホテル、雲仙観光ホテル、そして唯一、大正時代に創業した東京ステーションホテルである。
 クラシックホテルの定義は、実のところ、あいまいだ。どこで歴史的な線引きをするかは意見がわかれるからである。
 2冊の本で紹介した9軒は、一昨年11月に発足した「日本クラシックホテルの会」のメンバーホテルと重なるが、同会では、太平洋戦争以前に開業したホテルをクラシックホテルと定義している。
 戦後、74年が経過した今となっては、戦後の開業、もしくは竣工であっても、充分にクラシックな趣きのあるホテルも多い。それでも、この線引きには、それなりの意味があると私は考える。なぜなら、戦争をめぐる時代には、ホテルでより多くの物語が生まれたからである。
 クラシックホテルの面白さとは、重ねた時の長さのぶん、さまざまな物語が秘められていることにある。そして、物語は、しばしば「秘密」の匂いをはらむ。
 それがひときわ色濃いのが、日中戦争の始まった昭和初期から、太平洋戦争、そして、終戦から戦後の占領期にかけての時代ではないだろうか。
 取材を通して、本には書けなかった秘密のエピソードをいくつも聞いた。
 たとえば、日本を代表するゴルフリゾートである川奈ホテルは、戦争中、軍の病院だった歴史を持つ。
 その話を聞いたのは、歴史資料を展示した廊下を見学していた時だった。展示には、病院時代の写真もあったのだが、その廊下の奥に、かつては遺体安置所があったと言われ、ぞくっとしたのだった。
 堅固な建築に衛生設備も整ったホテルは、病院に転用するにはうってつけだったのだろう。川奈ホテルのほかにも、国内外で戦争中、病院になったホテルは少なくない。
 終戦の年の8月30日、日本占領のため、厚木に降り立ったマッカーサーが最初に落ち着いたのが、ホテルニューグランドであったことは本に記したとおりだが、ホテルに滞在していた3日間、書ききれなかった多くのエピソードがあった。
 降伏文書に調印した翌日、日本の裁判権剥奪や日本の通貨を米軍の軍票にするなど、厳しい条件を通告するポスターがGHQから一方的に渡され、全国に貼るようにと迫られたことがあった。これを知った日本政府の高官が深夜、ホテルニューグランドにマッカーサーの副官を訪ね、彼を叩き起こして、この政策を思いとどまらせるよう必死の説得をした史実がある。日本の窮地が救われる密談があったのも、またホテルだったのである。
 その後、日本のクラシックホテルは、ほとんどすべてがGHQに接収された。数少ない例外が、戦災を受けてドームが焼け落ちた東京ステーションホテルだった。戦後まもなく、再開業の準備は整ったのだが、わざと開業を遅らせて、講和条約後にしたのは、ホテルが接収されるのをさけるためだったという。
 クラシックホテルに「秘密」が多い理由は、政治や経済を司る権力者が滞在することがあげられる。結果、ホテルニューグランドのエピソードが物語るように、秘密の交渉や密談の舞台になるのだ。
 さらに、外国人が滞在するため、国内にありながら、国の境がせめぎ合うのがホテルという「箱」の不思議でもある。たとえば、戦争が始まると、敵国に滞在している外交官やビジネスマンはホテルに集められ軟禁される。太平洋戦争開戦の時、アメリカではウェストバージニア州のグリーンブライヤーホテル、日本では箱根の富士屋ホテルがその役目を担った。
 昭和は戦争の時代だったがゆえ、それ以前や以後と比較して、ことさらにホテルで生まれた「秘密」も多かったのである。

 (やまぐち・ゆみ 作家)

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