書評

2018年1月号掲載

あなたを救い、励ます、一条の光

――加納朋子『カーテンコール!』

大矢博子

対象書籍名:『カーテンコール!』
対象著者:加納朋子
対象書籍ISBN:978-4-10-102251-2

 かつては良家の子女が多く集い、そのブランドから就職率も良かった萌木(もえぎ)女学園。だが経営難で、ついに閉校が決まった。最後の学年を送り出し、伝統ある学園の歴史に幕が引かれる――はずだったのだが。
 出席日数や成績など、どこをどうとりつくろっても卒業できない学生たちがいた。彼女たちは理事長の温情で半年の猶予を与えられ、敷地の片隅に残された寮で補習を受けることになる。外出もネットも禁止。食事も生活も完全管理。半年間の軟禁生活は、ワケアリ女学生たちをどう変えるのか?
 加納朋子の新刊『カーテンコール!』は、そんなワケアリ女子たちそれぞれの事情と戦いを綴った連作だ。
 たとえば、壊滅的に朝が弱くて遅刻を繰り返し、試験にまで寝過ごしてしまった朝子。同じ寝坊常習者でも、夜中に趣味の萌え小説や二次創作に没頭してしまうからというのが理由の真実。周囲の環境や人間関係にどうしても馴染めず、半引きこもり状態だった桃花。電車に乗るのも校門までの坂を登るのも億劫で、ついつい怠けてしまった千帆。今しかできない体験を逃したくなくて、卒業できないのは覚悟の上で休学し各地を放浪してきたフーテン体質の夏鈴。
 こう並べてみると彼女たちの状況はどれも甘えや自業自得と切り捨てられそうなものばかりだ。だが読み進むうちに、彼女たちの苦しみと、驚きの事情が浮かび上がってくる。
 作中、朝子のこんな独白がある。
「どうしてこんなに駄目なんだろうと、ため息がでる。他の多くの人たちが普通にできることが、どうして私にはできないのだろうと。(中略)私の中には劣等感だとか自己嫌悪だとかが、排水管のヘドロみたいにこびりついている」
 胸に刺さった。本人もそんな自分が嫌なのだ。嫌で、情けなくて、何とかしたいと足掻いているのだ。それでも、できない。どうしても、できない。
 この思いは多かれ少なかれ、誰しも抱いたことがあるだろう。仕事で、学校で、就活で、子育てで、家族で、人付き合いで。周囲の人が普通にこなしていることが、どうしても自分にはできない。そうして自分を責め、劣等感に苛まれる苦しみ。それを甘えだと、誰が言えるだろう。
 朝起きられないとか動くのが億劫だとかは、目に見える現象に過ぎない。なぜそんなことになったのかを、理事長は彼女たちの深い心のひだに分け入り、解きほぐしていく。そして彼女たちは、本人すら意識していなかった、自分を縛っていたものの正体に気づくのである。
 そのくだりは上質のサプライズに満ちている。第一話「砂糖壺は空っぽ」は実にテクニカルで感動的なミステリだし、第五話「プリマドンナの休日」は企みと皮肉の効いた異色作だ。けれど本書のテーマはその先にある。
 寮はふたり部屋なので、どの主人公にもルームメイトがいる。そのルームメイトも当然ワケアリ女子だ。朝子と同室の夕美は居眠り娘、千帆のルームメイトは健康が危ぶまれるレベルの拒食症、などなど。他に、自殺志願者もいれば、なぜ補習を受けてるのかわからない優等生もいる。自己嫌悪にまみれ、人生をあきらめたはずの彼女たちが、ルームメイトを当たり前のように心配する様子は、彼女たちが決してダメな人間ではないことを物語っている。そして半年の集団生活の中で、彼女たちの悩みは相対化され、もう一度、前を向いて進んでいけるのではという手応えを掴むのである。
 こんな自分ではまともな将来なんてやってこない、人生終わった――これは、そう思っていた彼女たちの再出発の物語であり、人生を立て直すチャンスを逃さないで欲しいという真摯な祈りの物語だ。
 決して本書は「事情があるなら仕方ないね」とすべてを許すわけでも、「がんばれ!」と安易に鼓舞するわけでもない。あなたが最も守らなくてはならないものは何か。最も大事なものは何なのか。最終章にその答えがある。
 もしもあなたが、これが普通だとか、こうあるべきだとかに縛られ、飲み込まれ、自分が壊れそうになったら。
 どうかこの物語を読んでほしい。
 きっとあなたを救い、励ます、一条の光になるはずだ。

 (おおや・ひろこ 書評家)

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