インタビュー

2018年1月号掲載

『嘘 Love Lies』刊行記念インタビュー

こぼれた石ころを拾い集めるように書き続けてきました

聞き手・榎本正樹(文芸評論家)

村山由佳

作家生活25年目となる今年、約1年半ぶりの新作『嘘 Love Lies』を刊行する村山由佳さん。
過ちとトラウマを共にする男女4人の20年間の軌跡を描いた本作では自身初となる「ノワール」に挑戦。
その真意や今後の創作活動の展望まで、榎本正樹氏がお話を伺いました。

対象書籍名:『嘘 Love Lies』
対象著者:村山由佳
対象書籍ISBN:978-4-10-100342-9

――中学時代に出会った同級生四人の数奇な運命が、メンバーの一人、刀根秀俊の半生を中心に描かれる長編小説です。刀根は虐げられた子供です。父親を早くに亡くし、母に放置され、母の愛人に暴力を振るわれる日々の中、突然現われた九十九誠というやくざ者に心を開いていきます。村山さんは長らく母と娘の関係を描いてこられましたが、本作では父と息子の関係へと大きくシフトします。

村山 父親という存在を主人公に対置させたのは、「天使シリーズ」以来かもしれません。年若いうちから男になることを強いられる刀根を設定した時に、父の不在や父の不全といったモチーフが自然に出てきました。

――「漢(おとこ)」となるべく反社会的な人間から教育を施される、いっぷう変わった少年の成長小説の側面もあります。

村山 単行本化にあたって「週刊新潮」連載時の原稿を大幅に加筆・修正したのですが、ダークサイドの描写が相当量増えました(笑)。想定以上にノワールの雰囲気が出て、これまで書いたことのない世界がたちあらわれました。こういう作風の作品を書けるとは思っていませんでした。

――本作ではいくつもの衝撃的な事件が起きますが、その端緒となるのが、中学二年の夏に起こった四人の仲間の一人、中村陽菜乃の暴行事件です。

村山 ドラマチックな展開にしようとか、読者の気持ちを惹きつけようとか、そういう軽い理由だけでは書くことが憚られる事件なので、書くのに勇気が要りましたし、消耗もしましたね。『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』(2016年)の夫殺しの場面も精神的に相当参りましたが、それ以上でした。

――村山さんが極道の世界を書くとは想像していませんでした。暴力団の人間関係や内部抗争など、男たちをとりまく世界が詳細に書かれています。

村山 拳銃が登場するシーンを書いただけで、馳星周さんに「ゆかっちが拳銃!?」と驚かれたくらいです(笑)。極道を持ちだした以上、実際はこんなに甘いもんじゃないと思われてしまう程度のものであれば、書かない方がましだとの思いがありました。私の相方がそちらの世界に精通しているので(笑)、とことん監修してもらいました。おそらく、「嘘」はないと思います。

――陽菜乃への暴行事件を契機に、仲間たちは予期せぬ殺人事件に巻きこまれていくことになります。物語に事件、特に人の死にまつわるシーンを導入することは難しいと思うのですが、村山さんはどういう点に留意して書かれていますか。

村山 榎本さんと以前、『天使の梯子』(2004年)の刊行時にお話をした時に、「人って簡単に死ぬものじゃないですか」という私の言葉を重く受けとめてくださいましたよね。ただ、今回の小説では、後ろに警察の影が見えています。死は個人的なものですが、それが犯罪となると、周りの人間や、社会や、法律を巻きこみます。もし犯罪が露見しないのであれば、なぜばれなかったのかを厳密に書く必要がありました。

――そもそも四人が出会ったことが、悲劇の出発点と考えられます。出会い自体はニュートラルな出来事です。出会いがもたらした人間関係の展開において、ある事件が起き、時に殺人に発展してしまうこともある。人と人の出会いは、そうしたことすべてを含むのですね。

村山 別れは選択可能ですけれど、出会いばかりは「出会い頭の事故」というように、衝突事故みたいなものです。出会った時点では、相手がどのような人間なのかわからない。そういう意味では怖いですね。

 今回、担当編集さんが「村山由佳の集大成」という帯文を考えてくれたのですが、集大成であるけれども同時に「新境地」であることをアピールしたかったので、帯文を替えてもらいました。出会いについても、死についても、今回のような形の物語を書くのは初めてで、今まで自分の中でやり切れていなかった部分を、一所懸命に石ころを拾うみたいに、集めながら進んできた気がします。ずっとそうやって小説を書いてきたのかもしれません。

――村山さんの作品世界を「白村山」「黒村山」と、明と暗に分けて考える人がいます。でも、村山さんの小説では常に「白」と「黒」が入り交じり、共存していたように思うんです。本作では両者がミックスされ、統合されて一つの世界として昇華されています。集大成としての白と黒であり、新境地としての白と黒が実現された作品といえます。

村山 逃れがたい運命の渦中にたたきこまれた四人にしても、日々、朝から晩まで絶望して生きているわけではありません。日常生活を送る中で、事件を忘却する一瞬がある。どんなに汚れてしまっても光を希求する気持ちを持ち続ける彼らの対岸に、九十九に代表される真逆のタイプの人たちがいる。黒いことをしても白を希求する人間と、徹底して黒の側にいようとする人間の対照を意識した初の作品かもしれません。

――青春小説に始まり、恋愛小説、家族小説を経由して、極道小説を取りこみつつ、最終的にライフストーリーへと緩やかに着地する。これまで村山さんが個別に描いてこられた世界が、一つに集約された印象があります。

村山 それだけに、帯の惹句に悩みました。どういう小説なのかうまく説明できないんです。恋愛小説でも、家族小説でも、極道小説でも、ノワールでもあるのだけれど、こぼれ落ちてしまうものが出てくる。村山由佳といえば恋愛小説家、近年だと官能小説家のイメージがあるかもしれません。この作品では恋愛や官能の要素は紹介文からあえて外して、ノワールを謳ったわけですけれど、果たしてどう読まれるのか。実は内心びくびくしながら反響を待っているんです(笑)。

――クラス委員長を務める亮介は実直な少年ですが、秀俊に好意を抱く陽菜乃の気持ちを自分に向けたいがゆえに二人の関係に割りこんでいきます。彼は性的な暴行を受けた陽菜乃を守ると彼女の前で宣言しますが、その言葉自体が暴力であることに無自覚です。君を守りたい、という一方的な言葉の押しつけに、女性をコントロール下に置こうとする男性性の発露が見え隠れしています。

村山 亮介との間で陽菜乃がなかなか性行為を行えなかった理由は、そういう部分にあるんですね。君を守りたいという言葉の元に支配が始まって、支配下にある間は守るけれど、檻の中から出ていこうとすると牙をむく。これまで私が何度も書いてきた男性たちと亮介には重なる部分があります。

――この作品で描かれるのは徹底的な暴力です。それは肉体的な暴力にとどまらず、性的な暴力、さらに言葉の暴力にまで及びます。おぞましいほどの地獄が極限に到った次の瞬間、清らかで聖なる世界が開示されます。

村山 読者のほとんどは、この作品で描かれるような地獄を見ることはないでしょう。それぞれの小さな地獄を経験して、大人になっていく。その代わりに、四人が見たような聖なる瞬間に遭遇しないまま、一生を終えるのでしょう。もちろん私も含めてですけれど。そこまで堕ちないと見られないものであるなら、見ない方が幸せかもしれない。でも彼らが経験した悲しみや、汚泥に裏打ちされた暴力の世界を否定することが私にはできません。

――堕ちに堕ちた場所から、たちあがってくる聖なる世界。村山さんの小説を読む醍醐味は、まさにそこにあります。

村山 主人公や登場人物が汚泥にまみれている時の視線の角度の問題だと思うんです。そこまで堕ちてなお、光の射す根源を見るのか。それとも自分の体の影しか見ないのか。亮介は自分の影しか見ず、心を影の方に追いやって自己崩壊してしまいました。残りの三人は、特に刀根は美月と陽菜乃の助けを借りながら、光の方へ目を向けることを最後まで投げだしませんでした。

――つらい二十年だったけれど、その過程を通して手に入れた「何か」は確実に存在したはずです。美しく穏やかなエンディングの風景は、痛苦に満ちた半生を送ってきた彼らだからこそ獲得できた到達点であるとも考えられます。

村山 最後に原稿の手入れを行ったのはラストシーンでした。陽菜乃のために救いが欲しい、というオーダーが担当者からありまして、刀根と陽菜乃の会話部分に多く手を入れました。あの二人ですから、本当は好きだったとか、そういう野暮な言葉は絶対に言わないわけで、じゃあどのように書き直したら彼らがいくらかでも救われるのかと、ずいぶん悩みましたね。

――同じくラストで真帆を見た陽菜乃が、「あの小さな少女の未来が、どうか明るいものでありますように」と願います。すべては「祈り」に集約するのですね。

村山 そういう意味でも、彼らが佇む海には光が射していなければならなかったし、波は輝いていなくてはならなかったんです。背景も含めて、「天使シリーズ」の方がはっきりと理解できる形でキリスト教的な世界観の影響が指摘できるのですが、罪と罰、贖いや祈りというモチーフも含めて、確かにこの作品は私の中の集大成でもある気がします。

――「嘘」の後に「Love Lies」という英語の副題が付されたタイトルです。どのような意味をこめられたのでしょうか。

村山 愛のためについた嘘が、人をどんどんややこしい場所へ追いこんでいく。そういう意味あいで付けました。中には Love Lies ではない本当の Lies も出てきますけれど、私たちは小説を読むような具合には周りがわからない状態で自分の人生を生きているので、それが Love Lies なのか Lies なのか区別がつかない。それと同じくらいリアルに、登場人物がどういう種類の嘘なのかを見抜けないまま葛藤したり苦しむさまを書きたいと思ったことが、このタイトルを付けた最初の理由です。

――村山さんにとって2018年は、作家生活二十五周年の年になります。『嘘 Love Lies』は、これまでの四半世紀の集大成であると同時に、次の四半世紀に向けての出発点となる作品でもありますね。

村山 初の評伝ものを現在準備中ですし、原点に返ったようなストレートな青春ものの執筆予定もあります。『ダブル・ファンタジー』の続編で連載中の『ミルク・アンド・ハニー』のような直近の新作もあり、今年は単行本が沢山出ます。これまで青春ものと官能ものの二つで来たところに、今回のようなノワールや、これから挑戦する評伝ものなど、ますます自由に自分の領土を拡大していきたいと思っています。

 (むらやま・ゆか 作家)

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