書評

2017年11月号掲載

特別企画

銀の皿――新潮社社食の半世紀(最終回)

平松洋子

この社員食堂はどこから来たのか、
この社食はナ二モノか、
この社食はどこへ行くのか?
話題騒然たる集中連載、ついに完結。

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今日のメニューはあさり炊き込みご飯(肉じゃが付き)でした。

 九月二十八日(木)中華ランチ
 日本全国で秋祭りの近いこの日、矢来町の社員食堂は沸きに沸いた。空前の集客数二百八十三人。正午前には長蛇の列ができ、みるみる膨らんで廊下まではみ出す始末。普段なら銀の皿を手にするまでに一分もかからないのに、じりじり待つこと五分、十分。
 全社員注目の料理があった。
 やんごとない海老チリ。
 東京會舘出身、かつて天皇の料理番を務めた経験をもつ新潮社社員食堂チーフ、青木繁幸シェフ(五十歳)の得意料理である。天皇皇后両陛下が召し上がった海老チリを、まさか矢来町で――。
 ただの海老チリではなかった。ぷりっと歯ごたえのいい海老、包丁で格子目を入れて花が咲いた厚いいか、海鮮二種を炒め合わせた贅沢バージョン。穏やかな辛み、優しい甘酸っぱさがじわっと沁みる。そのほか、白菜と干し海老の煮物、わかめスープ、ザーサイ、ごはん、マンゴープリンのデザートまで。街場のレストランで千二百円の値段がついていても文句のつけようがない内容なのに、食券一枚二百円ぽっきり。七割の社員が殺到するのも無理はない。
 とはいえ、当然の展開ではあった。一か月前の八月二十五日、取材を受けることになっていたNHKのテレビ番組「サラメシ」録画収録初日の献立は、「のりのり弁」。妙にはじけた料理名を聞いてイヤな予感がしたが、不安的中。いつもの鮭の塩焼きにしておけばいいものを、ぶりの照り焼き、チキンフライ、海老フライ各種も大きなバットにどどんと積み上げられ、海苔とおかかまぶしの丼飯の上にのせ放題。豆腐ときゅうりの和え物、焼きそばまで用意され、ボリュームもカロリーもK点越えの満艦飾だった。後日、青木シェフに顛末を訊くと、テレビ的効果を狙うNHKスタッフから「もっと、もっと」を要求され、矢面に立たされた苦肉の策だったというから人がいいというか、大胆過ぎるというか。収録二日目は定番のチキンライスだったが、またしても現場で煽られ、予定外のじゃがいもコロッケをとっさに揚げたのだという。社内外が固唾を呑むなか、九月十九日「サラメシ」オンエア。放映後、「おいしそう」「校閲部の女性の大盛りに仰天」「青木シェフの笑顔になごむ」「食べてみたくて興奮」......全国から好意的な感想が寄せられたけれど、いっぽう「社員の健康が心配だ、大丈夫なのか」と案じる声も少なくなかった。健康志向の昨今、そりゃそうだろう。
「健康診断の二か月前から社食で食べるのを止めると、確実に三キロ減らせる」と断言するのは、写真部所属、勤続二十二年のカメラマン坪田充晃さんだ。ある女性社員は、苦笑いしながら「うちの社食の小盛りは中盛り、中盛りは大盛り、大盛りは特盛り」。じゃあ小盛りを選べばいいのでは?と突っ込むと、「『減らしてください』と厨房のおばさんに頼むと、さみしそうな顔になる」。
 かわいい丁稚に差し出す腹いっぱいのめし。
 オリジナルな皿使いにも、丁稚めしの風情がふんぷんと漂う。銀の皿におかずと味噌汁椀をいっぺんにのせるのは新潮社ならではの光景だし、個人用のトレイがないから、丼やお重に白い皿をのせて運ぶのも社員たちが編み出した苦肉の策。いつのまにか定着した奇天烈なスタイルは、枚挙にいとまがない。慣れはつくづくオソロシイ、と衝撃を受けたのは八月三十一日、鯛飯と豚汁の日。この日の副菜はお家芸のダブル炭水化物の焼きそばで、ひと口味見してみようかと思ったが、焼きそばをのせる皿がない。そっと周囲を観察すると、社員のみなさんびくともせず、トングで持ち上げた焼きそばを自動的に重箱の鯛飯にオン。えっ、鯛飯が皿? さらに見回すと、たいていの鯛飯が黄色い麺の帽子をかぶっています。右手に豚汁、左手に焼きそば・鯛飯の二段重、割り箸をポケットに差している男子社員もちらほら。それがあまりにも自然に行われているので、うろたえる自分がオカシイと思えてくる。世にも珍なる二段重を知恵の産物と呼べばいいのだろうか、匠の技と呼べばいいのだろうか。

 いまこそ呼びかけてみたい、矢来町・ナショナル・ストーリー・プロジェクト。
「お母さんの作る料理に近い感じ。育ち盛りの男の子に食べさせる料理のようだ......とよく思います。裏を返せば、中年以降には結構体に悪いんじゃないかと思ったり。事実、社食を食べていると全然痩せない。お弁当にすると急速に痩せる(笑)。でも最近、ヘルシーなメニューも多くなってきてうれしいです」(出版企画部 女性 勤続二十五年)
「昔に比べるとカロリーが高くなっていると思う。入社した頃は、先代の社長の趣味で玄米食だった。あれがなつかしい。また玄米食に戻してほしいが、ともかく二百円で昼食が食べられるのはうれしいからあまり文句も言えない。その昔、田中康夫氏が『噂の真相』のぺログリ日記で弊社の社食に触れ、新潮社の貴族の人々はつまらなさそうに食べている、と書いていたのが思い出される」(広告部 男性 勤続三十五年)
「ちくわそばはちくわの切ったのがどっさりのっているだけとか、スコッチエッグは一回出ていっぺんで消えたとか、クリスマスの日に決まってチキンが出ていたときは、チキンは夜食べるだろうに、と思ったとかポンポン思い出せるのがともかく不思議」(出版部 男性 勤続二十八年)
「ボリュームがあり、いろんなジャンルの料理があるのが楽しい。しかし、本館のカロリーが異様に高そうなのが気になります。ここ二か月、ダイエットの一環で社食の利用を控えたら、四キロ痩せました」(営業部 男性 勤続四年)
「安い、早い、うまい。しかしボリューム大。学生街の定食屋やトラック野郎が集まる食堂に通じる心意気。ただときどき、新潮社の社員は、ここまで力強くカロリーを補充する必要があるのだろうか、と危機感を覚える」(製作部 男性 勤続十二年)
「社食があってよかったと思うのは、夫と昼食代を比べたとき、大雨の日、好きなメニューのとき。三色重、魚の定食系、自宅で作らない唐揚げや天ぷらが好きです」(出版企画部 女性 勤続十二年)
「どこまでも普通の味なので、気が散らないところがいい。あまりおいしいと働く気持ちが萎えるので」(yom yom編集部 男性 勤続二十四年)
「好きなメニューは、本館は三色重、最近は別館ビュッフェのバインミーがお勧め。避けたいのはのり弁、鮭しらす丼、麹・粕漬系。金銭的に厳しい時期、ほか弁ののり弁を食べすぎたのが原因。社食に行かないときは近所の「龍朋」「田中屋」「福福寿」など」(WEB事業部 男性 勤続十年)
「三色重はもう一生分頂きました。フライ系は苦手なので、外食することにしています。多重炭水化物(焼きそば二種+おむすびなど)、さすがに血糖値が心配です。かき氷は、食べると贔屓チームが負けてしまうので慎んでいます」(校閲部 男性 勤続二十一年)
「野菜が多いとうれしいです。味噌汁とか味が優しくなるとありがたいです。目を使う人が多いので、目にいい食材とかあるといいなあと思いました。ブルーベリーとか? いろいろ言ってすみませんが、いつもおいしいものを作って下さるのでありがたいです」(校閲部 女性 勤続十年)
「結婚前はヘビーユーザーでしたが、一年に一度くらいしか利用しないようになりました。一度足が遠のくと、変な自意識が働いて、オンタイムに足を踏み入れづらい。誰かを誘い、連れだってメシに行くのも億劫ですし、どなたかが食べている途中にテーブルに割り込む勇気もないし」(新書編集部 男性 勤続十八年)
「朝、家の夕食計画を立てるとき、食堂は何かを調べて判断することがあります。子供に毎日お弁当を作っていますが、自分の分は作りません。朝昼晩自分が作ったものを食べるのはつまらないからです。かといって昼の外食もお金がかかる。そんなとき社食があってよかったなと思います。できたてでいろんなものが食べられて幸せです」(出版部 女性 勤続二十五年)
「家庭的。洗練されてもいないし、健康志向も正直高いとはいえないが、いろいろと家庭的。遅く行くと売り切れのときもあるが、あるもので何か作ってくれるのがまた、お母さんの気まぐれランチ的な趣き。売り切れメニューは独創的で一度限りのものなので、写真を撮るようにしています。(カレイのあんかけが売り切れて、カレーが出てきたり)単なる栄養補給の場なのに、毎日なぜこんなにネタや突っ込みどころに満ち満ちているのか?」(校閲部 男性 勤続二十一年)
「明太子のスパゲッティ→ちょっと生臭い」(取締役 男性 勤続二十三年)
「灰干しの鯖が片身まるごと、どんと出てくると幸せ。迷いのない存在感が清々しく、年齢上必要な塩分の節制とか、一時的にどうでもいい気になります。味付け海苔や納豆が積み上がっているのもよい景色です」(文庫編集部 男性 勤続二十六年)
「社食に行かない理由は、あの空間にもあります。地下一階というだけでげんなりするのに、あの白熱灯の下(ときどき切れてちかちかしている)、窓がない空間で、私含め疲れ切った社員が同じものを食べるという、あの空気感が堪えられません。非常時ですか!と言いたくなります。私は食事に関して自分に自由でありたいと思っています。ですので、社食には行かない、というより行けないのです」(文庫編集部 女性 勤続十四年)
「中華風焼きそばのおこげ部分がうまい。揚げ物の盛り合わせはカロリー高過ぎ」(広告部 男性 勤続二十七年)
「ものすごくしょっぱいと、おばちゃんたちと揉め事でもあったのかと心配になる。ものすごく薄味のときは、何か考え事でもしてたんだろうかとか思う」(開発部 女性 勤続二十年)
「かき氷の導入によって、お昼の楽しさが三割増しになったり、毎日のことなので小さな工夫やおいしさから、もたらされるものの大きさを感じます。個人的にはバランスのよいメニューのさらなる開発をお願いできたら、と期待しています」(出版部 女性 勤続十二年)
「クロックムッシュは、パリより先にビュッフェで食べました! マスカルポーネチーズをどばっと入れて素敵なソースで作るペンネアラビアータ、夢のようなプロンニューバーグ、どう読むんだろうねとみんなで話した家常豆腐、玄米や分搗きごはん、グラタンと梅干しも生まれて初めて社食で食べました」(出版部 女性 勤続二十五年)
「好きなのは、家では叱責不可避な量のオムレツを盛ることができるオムライス。避けたいのは炭水化物コンボ。糖質ダイエッターには逃げ道がない」(yom yom編集部 男性 勤続二十四年)
「野菜取り放題や副菜が増えて本当にうれしいです。どうもありがとう。社食に行きたいけれど栄養バランスが偏るのが悩みでした。おかげで『べジファースト』ができるようになりました」(出版部 女性 勤続二十二年)
 太郎にも花子にも、それぞれのストーリーがある。同じ会社という共同体に属してはいても、生活習慣、嗜好、考えかた、家族形態、みな違うところへ食べ物という共通の浮き輪を投げ込むのが社食という場所だ。

 誰が呼んだか、新潮社のコウケンテツと異名をとる男がいる。文庫編集部、庄司一郎さん、勤続二十五年。子供の頃、サウジアラビアとイギリスに住んだ経験を持ち、大学院では文化人類学専攻。趣味のひとつは料理。共働きの妻と家事分担して台所に立ち、十七歳の長男ともども食卓を囲む。たいてい午前九時半出社、午後七時過ぎ退社。時間が不規則になりがちな編集職にあって、仕事と家庭生活をバランスよく成立させる暮らしぶり、社食の常連でもある。新潮社のコウケンテツは、社食をどんなふうに使いこなしているのだろう。

【私の週間食卓日記】
(庄司一郎 五十歳 編集者 身長一七七cm 体重七〇kg)

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 十月二日(月)朝食は、南インド料理を作るブームのとき買ったココナツフレークをかけたシリアル、挽きたてコーヒー、駅のパン屋で買ったボロネーゼパン。昼食、別館ビュッフェの初メニュー「シーフードグラパン」。厚切りパンにクラムチャウダーをのせてピザにしたような料理で、小海老やあさり、ベーコン入り。皿にサラダ、ピクルス、巨峰、紙コップにコンソメスープ。本館食堂は野菜かき揚げ天そばかうどん。夕食は昨晩のヒラメの昆布〆、豚肉としめじ炒め、小松菜のオイスターソース炒め、お味噌汁など。味噌汁とかお惣菜とか基本的なものを作るのは苦手だ。
 十月三日(火)朝食、冷蔵庫にあったソーセージ、チーズ、プチトマト、お菓子のケーキとコーヒー、セブンイレブンのクロワッサン。昼食、「ベーコンポテトグラタン」は地味だけど新機軸。豚肉・イモ・鶏肉・小麦、つまり肉×2+炭水化物×2、ご飯とツナのサラダの援軍がついて「豚鶏魚芋穀米」の混成部隊ということか。ホワイトソースはずっと食べていると飽きるので、漬物と梅干は欠かすことができない。夕食は、帰宅途中に魚屋で買ったハタ九百八十円、社食の食券五枚分。お昼は二百円ですむのだから、夕食の食材は豪華になってしまう。ほかにムール貝の白ワイン蒸しなど。
 十月四日(水)前日食べ過ぎたので、朝食は百円コーヒーと高田馬場「サンジェルマン」のパンプキンマフィン。昼食は、本館の「鍋定食」をのぞいてみたが、別館ビュッフェへ。「ジェノベーゼピザ」とは何だろう? バジルソースをベースにベーコン、チーズをのせて焼いたピザで、ほかにポテトとチキンをのせたピザもあり、好きなだけ取っていいという太っ腹ぶり。同席した女子はピザの上にサラダをてんこ盛り。しかし僕は英国育ちだから、テーブルマナー的にこれはできない。皿の円周から食べ物がはみ出ているのはNGだ。夜は、椎名誠事務所のWさんと早稲田の居酒屋「志乃ぶ」へ。
 十月五日(木)二日酔いで頭が痛い。おととい作ったボロネーゼスパゲッティとアクアパッツアのスープを転用してペスカトーレを作る。昼は本館食堂でハンバーグステーキ、ソースはトマト・デミグラス・ポン酢の三択。焦げ目のないハンバーグの表面が気持ち悪くて苦手なので、デミを選択。銀の皿の中央、もやしやキャベツを枕にして鎮座するハンバーグ。二日酔いの身には、デミはつらかった。夕食は秋刀魚の刺身、塩焼き、ねぎ鴨鍋も作ったが、僕以外は食べる人なし。
 十月六日(金)駒込駅構内のパン屋で甘栗デニッシュとコーヒー。昼食、本館食堂は親子丼かきのこ卵丼。昨日鴨を食べたので、きのこ卵丼にした。一人前卵二個は使っているのでは、という量。小さい碗を選択したのだが......。夜、「小林秀雄賞」と「新潮ドキュメント賞」。終了後、ローストビーフ、茶そば、羊のロースト、鯛の塩釜焼き......手当たり次第ごちそうを頬張り、ワインで胃に流し込む。我れながら意地汚い。

「週刊新潮」の名物連載、もうじき千回を迎える「私の週間食卓日記」は、管理栄養士・献立評論家、荒牧麻子さんの洞察あふれる診断も読みどころだ。編集者庄司一郎編、荒牧さんによる講評。
「閉店間際の食料品売り場に滑り込み、旬でお買い得な魚介類の目利きを自認する庄司さん。翌日にも繰り回しの利く段取り料理がお得意のようだ。
 さて、社食は風雨で外出がままならぬ時でも、温かい飯を保証してくれるありがたい存在。今時工場でもない限り消えゆく福利厚生のひとつだ。
 体調と懐具合に合わせ、また部外者の接待用にと使い分ければ、栄養充足と物珍しさが提供されているように見受けられる。
 今週はファミレス的発想のセレクトが多かったように思う。ヴォリュームの多さを抑えるのは、家庭での食事でという事か。本来社食は、喫食者の平均年齢を算出し、それに必要な一日の三分の一を一食の目安として提供するのが基本。貴社の平均年齢は如何に。新鮮な果物と発酵乳飲料があると良い。75点」
 ファミレス的一週間に一役買っているのは、二か所の社食だ。別館ビュッフェの厨房を預かる馬場亮シェフの新機軸「グラパン」「ジェノべーゼピザ」は、よそではなかなかお目にかかれないメニュー。荒牧さんも指摘するように、体調、懐具合、前夜の食事、社食、それぞれの相関関係が見てとれる。当の本人いわく「社食、家飯、夕食が相互補完的な関係にある」。利用者にとって、社食での昼食はおおいに日常生活に機能しているということ。
 さて、新潮社の社員の平均年齢は何歳なのだろう。
「今上がっていて四十四歳です」
 総務部、森史明さんの返答に意表を突かれた。予想より年齢が高い。となれば、座業の多い職場にあって、なおさら気になるのがボリューム、塩分、脂質、炭水化物などの塩梅だ。社食を管轄する総務部は、トラック野郎の期待にも十分応え得る現状をどう捉えているのだろう。
「もともと、とにかくお腹がふくれればいいという考えが土台にあったと思います。先代の料理人の時代まで、そうでした。メニューに工夫がなかったし、技能社員として採用されている社員だから原価や採算を考えなくていい、始まった頃のことはわかりませんが、嫌なら社食に来なくていいという時期もあった。ようするにレベルが落ちていました。当時は、おいしくないから社食に行かないという社員も多かった。ところが、現在の青木シェフに代替わりして以来、どんどん献立の内容も変わっていますし、新しいことをやってほしいと期待しています」
 いっぽう、世間では、一食五百キロカロリー内に抑えるなど、管理栄養士が関わったヘルシーな食事が評判になっている社員食堂も増えてきているけれど。
「保健所からは、栄養士の指導をつけて欲しいと言われてはいるんです。でも、そこは考えていない。もし問題があればみんなで話し合って考えよう、と。うちは上場もしていない"佐藤商店"なんだから、ほのぼのやっていこうという会社の気風がある。値段にしても、一食二百円を変える気もないんです。金勘定ではなく、うまいものを出して気持ちよく働いてもらえれば、という考えでずっときています」
 この社員食堂に流れている独特の空気や味の背景が、しだいに見えてくる。新潮社の気風と纏めればそれまでだが、よくも悪くも大切にされてきた、言語化しにくい緩やかなもの、曖昧なことがら。
 すこし自虐的に森さんが言う。
「歪んだヘンな形で、そういうものが純粋に残っているのがうちの社員食堂なのかもしれません。いってみれば特異なガラパゴス(笑)」

 十月十一日(水)鶏炊き込みご飯orあさり炊き込みご飯
 荒牧さんに、じっさいに社食を体験していただこうと思い、いっしょに地下への階段を降りた。すると、いきなり入口でダメ出し。
「手洗いが使われてないのは問題ですね。入口に洗面台が設置されているのに暗いし、使われている気配がない......。石鹸はプッシュ式に変えたほうが衛生的です。これからインフルエンザも心配だし、手を洗わせないと」
 あわわ、そこからですか!
 カウンターに並ぶと、荒牧さんが「あら?」。きょときょと周囲を見回している。
「トレイは? お膳なしでどうやって運ぶの? 何度も往復するのは煩雑だし、危険。熱い味噌汁のお椀をじかに持つのは危ないし、みっともないし」
 えっと、この食堂にはトレイの役目を果たす銀の皿という偉大な存在があるんですよ。習得した技を見せたかったが、あいにく本日はお重の日。銀の皿回しの曲芸を披露できないのが残念だ。
 今日は米と芋、脳の大好物の揃い踏み、おかずは肉じゃが。いつもより醤油が強めのこってりした味つけで、味噌汁の実はわかめ。
 いかがでしょう、初めて召し上がった印象をプロの視点から遠慮なく一刀両断なさって下さい。
「栄養より味やボリュウムを重視した献立ですね。野球部の合宿みたい(笑)。やっぱり緑黄色野菜が少ないのは気になります。でも、安心して食べられる味だし、変に印象に残らないからいいですね。飽きない味であることは、社食には大事なことなんです」
 一か月の献立表をご覧になって気になることは何でしょう。
「やはりカロリーオーバーのメニューが目立ちますね。スポーツ選手は戦いに勝つためにメニューを徹底的に組み立てる。それに比較すれば、もし無自覚にお代わりして食べ続けていたら、戦いに敗れるメニュー」
 ばっさり。戦いに敗れるのは、さすがにヤバいです。ただ、自分に見合う量と質を判断して自覚的に食べる、そこが一番むずかしいのかもしれません。とろっと柔らかなオムレツが目の前で湯気を立てていると、思わずチキンライスの隣にたっぷりのせたくなる悪魔の誘惑。妻や母親には怒られても、ここでは個人の食べ方まで干渉されないところが、またヤバい。
 あのう、料理のカロリー計算って、やはり必要なんでしょうか。
「カロリー計算はべつに必要ありません。病人を相手にしているわけではないので。カロリーオーバーかどうか、喫食者が体重と体脂肪を測っていれば自分で判断できること。皿に盛る量を調整して、自分の身体に合う食べ方を選択することが大事です。あのね、社員食堂って、じつは低糖質ダイエットをやりやすいんですよ。ごはんを食べず、気兼ねなくおかずだけお代わりできる。これを外食で実行しようとすると大変ですが、社食なら、おかずだけ摂ることによって、簡単に糖質を避けられる」
 ごはんを避けて、おかずとお茶だけ。そういう食べ方も、身内の食堂だからこそできる手だ。食事は「与えられるもの」ではなく、「どう食べるか」。発想の転換も大人としての裁量ですよ、というのが荒牧さんのアドバイスだ。
 もちろん、提供する側にも果たさなければならない責任がある。
「社員の平均年齢四十四歳ということは、あと五年経ったら五十歳。塩分摂取をはじめ気をつけなくてはならないことが多い年代に入ります。同じ人が同じものを毎日食べる安心を保証する、これが社食の使命です。実施した健康診断の結果を社食に反映するのも大事なこと。会社としてのウィークポイントは何なのか、社員の健康を管理したうえで、献立の内容にフィードバックしたいですね」
 腹いっぱいうまいものを食べさせるばかりが会社の役割ではない、と。
「そうです。何十年も食べ続けるという意味で、経営者も社員も、自分たちの食堂だという意識を育てていくことが必要です。社員が自主的に給食委員会を組織している会社も多いですよ」
 耳の痛い話ばかりだが、しかし、「自分たちの食堂」という言葉には深い意味があった。
 じつは、荒牧さんが長く関わっていたホテルオークラのスポーツクラブのメンバーに三代目社長、佐藤亮一がいた。頻繁にクラブに足を運んでいた佐藤は、「物静かな佇まい、マナーの優れた方でジェントルマンの行動原理をおもちでした」。あまたの企業人のなかでも強く記憶に残る人となりをなつかしみながら、荒牧さんは、新潮社の社員食堂の印象をこう語る。
「古い時代のなつかしさ。新潮社という会社のカラーを留めたいという意志がここに働いているのでしょう。世間がどうあろうと、うちはうちでゆくというような。食堂でいっしょに食べているものが、新潮社のカラーを作っていることは間違いない。あえて今風の近代的なシステムにしない理由が、ちゃんとあるのですよね」
 総務部、森さんの言う「会社の気風」を裏づける指摘だと思った。料理あるいは味というものは、作る側と食べる側が長い歳月を経ておのずと寄り添い、無意識のうちに影響を与え合い、ときには鏡となって育つ有機体なのだから。
img_201711_14_3.jpg  矢来町の社食の秘密をひとつ明かしたい。カウンターに日替わりで置かれるラブリーなメニュー案内ボード、あれは佐藤社長の運転手、和田康之介さんのボランティア仕事である。飲食業を経験したことのある和田さんは、厨房のチームワークと手間ひまかけた味にぞっこん惚れ、毎朝雑誌を切り抜いて、レイアウトに工夫を凝らす。共感と応援のメッセージ、「心の食堂」の手書きの一行も泣かせる。
 青木シェフは、最近になってずいぶん考えが変わってきたんですと打ち明けてくれた。
「これまでずっと、とにかくおいしいものを、という要望に応えなくてはと思って、自分なりにいろいろ改革してきました。でも、それだけでは役割を果たしていることにはならないんですよね。健康面をもっと視野に入れていきたい。生活の土台ですもんね」

 矢来町・ナショナル・ストーリー・プロジェクト 後編。
「『社員』ではなく、人が食べる味になっている。もう少しで退職して、毎日家で昼を食べる日が来る。そのたびに、妻に社食があればよかったのに、といわれるだろう。それを考えると、今があとわずかな猶予期間に思えて毎日が愛おしい」(宣伝部 男性 勤続四十三年)
「時折、『あれはおいしくなかった』などという声を耳にしますが、信じられません。いまどき二百円でこの味は奇跡ではないでしょうか。もしなかったら、と考えるとぞっとします。めったに会わない他部署の人とご飯を食べながら話ができるのもうれしいことです。このままの状態が続いてくれることを切に願っています」(文庫編集部 男性 勤続三十四年)
「一日一メニュー、食券制度、銀の皿、炭水化物多め、昭和な雰囲気。先輩たちからは『驚いたでしょ』と言われましたが、どれも今までの自分と地続きに感じられました。むしろ、作家の方たちとごいっしょする、メニューを見ただけでは味を想像できない高級フレンチなどの翌日など、『ああ帰ってきたなあ』としみじみ味わうこともしばしば。社内結婚した夫はよく私に『明日の社食は何?』と訊いてくるのですが、あの味を楽しみにしているという点だけでも、この人と結婚してよかったなあと(たまに)思ったりもします」(出版企画部 女性 勤続十三年)
「懐がさびしいとき、徹夜で原稿を書いたとき、ボロ雑巾のようになりどこへも歩いていきたくないとき、社食があってよかったなーと」(週刊新潮編集部 男性 勤続九年)
「場として、心を無にして食べられる。食いしん坊なので迷わないことがウレシイ」(出版部 男性 勤続二十六年)
「安定、安心、満腹」(営業部 男性 勤続十五年)
 締めくくりに、少し長い文章を措きたい。
「新潮社の社食を食べると思い出す先輩がいる。
 十年ほど前に定年退職された先輩は、一九七〇年代の高度経済成長期に上京し、新潮社に入社した。先輩は以前、遠い水平線を眺めるような目をしながら、私にこう語ってくれた。
『入社して間もない頃、本は出せば出すほど売れて、お給料はぐんぐん上がって、毎年家賃二倍の家に引っ越したんだよ』と。
 四十数年前、地方から上京したばかりの先輩が毎昼、『こんな安くて......こんなに美味しくて......』と涙目で社食をがつがつ貪る映像が、私の魂の目にはくっきりと見える。そう、新潮社の社食の奇跡とは、あの先輩が心を震わせた『味』が今もなお残っていることなのだ。それはおそらく高度経済成長期を越え、バブル期を越え、平成の二十数年間を越えて、新潮社本館地下のアンダーグラウンドに継承された奇跡の味だ。分かる者にしか分かるまい。化学調味料とは無縁の次元で、魂に作用する白い粉だ。
 同僚からの非難覚悟で、本当のことを云おうか。あの奇跡の味が失われるくらいなら、社食の味はこれ以上美味しくならなくてもいい。私はそう思っている」
「私」は「新潮」編集部、矢野優さん。一九八九年入社、勤続二十九年。
 今年の春から半年間、折に触れて何度も通いながら私が感じてきたのは、本館食堂や別館ビュッフェにふんわりと雲のように漂う柔らかな空気の存在だ。栄養よりおいしさ。時代遅れといえば時代遅れ、でも、なつかしくて、ちょっと不器用で、いつでもいらっしゃいと身内を待っていてくれる寛容な場所。そんな空間は今日び探さないとめぐり会えなくなっているなあと思いながら、社員のみなさんと肩を並べて三色重を匙ですくって食べ、焼きたてのグラパンを食べ、鶏の唐揚げや白玉あんみつやかき氷やタコライスを食べてきた。ヨロイを脱いだどこか無防備な社員同士、そのようすは、ちょっと銭湯にも似ている。帰りがけ、厨房のみなさんに「ごちそうさま」と大きな声で言いながら、一食のありがたみを声にのせるのもうれしかった。

 十月十三日(金)カツ煮orチキンフライ
 この日は、漫画家東海林さだおさんといっしょに社食を訪れた。半年前、一度社食を食べてみたいという東海林さんといっしょに来たときのメニューは、焼き鮭や天ぷらをのせたトラック野郎系。攻略しきれず、とりあえず黒い海苔が見たいと泣きが入ったっけ。今日も二百グラムはあるんじゃないかと思われる甘じょっぱい鶏のカツ煮(豚のカツは早々に売り切れていた)だったけれど、東海林さんは「おいしいね、これ。味もちょうどいい」とするする平らげ、箸を置くと「社食ってさあ」と、食堂を見回しながらおもむろに言った。
「みんないっしょに同じものを食べてるんだねえ」
「同じ釜の飯を食う」という古くさい日本語の意味が蛍光灯の灯の下に浮かび上がり、とてもまぶしい。昭和四十一年から半世紀以上ずっと使い続けられてきた大きな釜。東海林さんは、帰りがけにまたさっきの言葉をつぶやいた。
 (完)

 (ひらまつ・ようこ エッセイスト)

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