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書評・エッセイ

ヘイシニキケサイシュウショウ兵士に聞け 最終章

杉山隆男

1,760円(税込)

沖縄の空へ、尖閣の海へ、そして御嶽の頂きへ――。「兵士シリーズ」、ついに完結!

頻発する中国の領空侵犯にスクランブル発進を繰り返し、常態化する領海侵犯に24時間体制で哨戒活動を行なう。そして国内の災害派遣では最も過酷な現場に向かう。激しさを増す任務の中で隊員達は何を思うのか。取材開始から24年、最前線の声を拾い続けることで自衛隊の実像に迫り、その評価を一変させたルポルタージュの傑作。

変わりゆく自衛隊と変わらない自衛隊

――杉山隆男『兵士に聞け 最終章』

三島正

 もう二十五年前になる。
 その日、杉山隆男さんと私は、陸上自衛隊の幹部レンジャー課程を密着取材するために、富士山の裾野にある陸上自衛隊富士学校を訪れていた。
「よりリアルに体験したほうがいいでしょう」
 山地訓練を前に、責任者の二佐は、ヘルメットに戦闘服の上下、それに弾帯や水筒、半長靴まで用意してくれた。
 官品を身につけるのは二人とも初めてだった。杉山さんは姿見に映る自分の姿が「古参の軍曹」みたいと楽しんでいたが、隣の私は新兵にしか見えなかった。鏡の中の凸凹でちぐはぐなコンビに、二人で笑った。
「兵士シリーズ」の取材はこうして始まり、以来、私は杉山さんのバディとして、カメラを手に行動を共にする。
 杉山さんは自衛隊を知るために、隊員たちの「現場」に身を置き、千人以上にインタビューをした。
 本書にはこうある。
〈解釈や論に頼ることなく、『兵士に聞け』というタイトルそのままに、隊員ひとりひとりの囁きやつぶやきといった「細部」をひたすら拾い集め、「まわりに漂う匂い」に徹底してこだわっていくことにした〉
 それは私にも自然と伝播していたのだろう。私は隊員の「顔」にレンズを向け、自衛隊を築く「個」の姿を集めた。
     *
 私の手元に隊員の顔を捉えた二枚の写真がある。
 一枚目は、一九九三年に北海道の演習場で撮影した。
 私たちは普通科連隊の隊員たちとテントで寝食をともにしながら、彼らの訓練を取材していた。戦車がキャタピラを軋ませながら行き交い、「歩兵」は窪地や茂みに身を隠しつつも、ミリミリと前進を繰り返す。四月の風はまだ冷たかったが、隊員たちは熱気に包まれていた。私も彼らに倣って、「敵」が撃つ弾を想像し、従軍カメラマンを演じるかのように身をかがめ、シャッターを切り続けた。
 写真はそんな状況で撮影した、今まさに敵陣に飛び込もうとする隊員の横顔。「兵士」の「リアルっぽさ」が感じられると、「兵士シリーズ」の第一作目、『兵士に聞け』のカバーにも使われた。
 二枚目は、一枚目から十年余りの時を経た九州で撮影した本書のカバー写真である。写っているのは、「自衛隊の海兵隊」の異名をとり、尖閣諸島を含む沖縄の離島防衛も担う部隊の隊員。彼は小銃を構えている。狙いは前方に立つ、人を模した標的の「心臓」。目深にかぶったヘルメットの影に鋭い視線が浮かび上がった瞬間、もう彼は引き金を引いていた。
「同じ横顔なのに、印象がずいぶん違いますよね」
 写真を見て杉山さんは言った。それは、片一方の隊員が銃を構えているからではなく、「訓練のための訓練」の「リアルっぽさ」から「実戦のための訓練」の「リアル」へと変わった自衛隊の匂いを、杉山さんが二人の「顔」から嗅ぎとったからのように思えた。
 ところが、今回、杉山さんが降り立った〈オキナワ〉には、さらなる変化の波が押し寄せていた。毎日スクランブル発進するF15戦闘機に、東シナ海を行く異国の軍艦に絶妙な距離で監視飛行を続けるP―3C哨戒機。隊員たちの日常は最早「実戦」の中にあったが、それでも彼らは「黙々と重ねてきたその積み重ね」をもって動じることなく事に当たっていた。
 そうした自衛隊員の仕事ぶりは、取材中の杉山さんの姿に重なる。丁寧に観察し、無理に見つけようとせずに自然に浮かび上がってくる「?」のピースを淡々と拾い集め、自衛隊という立体パズルを完成させる。作為的ではなく誠実な杉山さんの「リアル」は、だから強度がある。
 本書には、私にも忘れられない言葉がある。
「災害派遣になると、部隊が燃えるんです」
 それは、一枚目に写る隊員の上官が言っていた言葉だ。
 人は誰かの役に立つことで、やりがいを感じ、自分に存在価値を見出す。杉山さんの著書に描かれているのは、そんな私たちと同じ感覚を持った、日本人の姿である。杉山さんの「兵士シリーズ」を読み終えると、私は決まって、日本人を誇らしく感じるのだった。

 (みしま・ただし カメラマン)

杉山隆男『兵士に聞け 最終章』978-4-10-406207-2