TOP > 波 -E magazine Nami- > 書評・エッセイ

波

書評・エッセイ

シニセノリュウギトラヤトエルメス老舗の流儀―虎屋とエルメス―

黒川光博 著/齋藤峰明

1,408円(税込)

虎屋500年、エルメス180年──過去の挑戦の連続に、現在(いま)はある。

「エルメスのライバルを強いて挙げるならば虎屋」。この言葉から始まった、虎屋17代目とエルメス本社前副社長の対話。会社が長く続く理由とは? 働くことの意義とは? パリ本店「エルメス・ミュージアム」や和菓子を研究し紹介する「虎屋文庫」、それぞれの工房まで。当事者が案内する、最先端を走り続ける企業の舞台裏。

“挑戦の連鎖”の先に老舗は存在する

――黒川光博・齋藤峰明『老舗の流儀 虎屋とエルメス』

川島蓉子

「革新という言葉を、最近は使わないようにしています」、「イノベーションという言葉も同様ですよね」――言い合っている二人は、老舗である虎屋の十七代を務める黒川光博さんと、エルメス本社前副社長の齋藤峰明さん。両社が築いてきた歴史は、幾多の革新があってこそのこと。それを否定するような発言に、一瞬耳を疑った。
 黒川さんは、五〇〇年に及ぶ和菓子の老舗を率いる経営トップ。伝統に甘んずることなく「トラヤカフェ」、「とらや東京ミッドタウン店」をはじめ、数々の挑戦を積み重ねてきた。一方、フランスの高級ブランド、エルメスの本社副社長を務めてきたのが齋藤さん。高校卒業後に単身パリに渡り、日本でエルメスジャポンの社長を担った後、パリ本社で経営陣を務めた。
 冒頭の話には続きがある。聞けば、革新とは本来、軽々しく使う言葉でなく、歴史に刻まれるほどの大きな変化に付されるもの。ここ数年、革新やイノベーションという言葉が氾濫し、本来の意味が希薄化している。だから、あえて使うことを控えているとのこと。伝統として続けてきた意義を重々理解した上で、そこに磨きをかけるために、新たな挑戦を続けていく。それが価値につながっていくことが当たり前ととらえ、実践してきたのだ。老舗を率いてきた視座から見える、本質を突いた視点と腑に落ちた。
『老舗の流儀』は、そんな二人の対話をまとめたもの。「会社とはなにか」「働くことの意義」「おしゃれとは」「女性が活躍すること」など、さまざまな話題が繰り広げられる。対話は、東京、パリ、御殿場(静岡)、そしてまた東京、と場を変えて続いた。長年にわたり、両者とお付き合いのある私が、僭越ながら、対話の進行と構成を担う贅沢をあずかった。
 特に興味をそそられたのは、二人のファッションについての考え方。夏に白麻のスーツをさらりとまとう黒川さん、冬に紫紺色のストールで首元を彩る齋藤さん。表層的な流行を取り入れたり、自らを飾り立てるファッションでなく、独自のスタイルを持っている。こういう装いができる人は、そうはいないと感じていた。ところが「ファッションについて、特にこだわりはない」というではないか。これも深く聞くと、一過性の流行を意味する狭義のファッションではなく、社会に向けて自己表現する広義のファッションにこそ、重きを置いていることがわかった。
 ファッションは、身体に密着して日々まとうもの。意識するとしないとにかかわらず、自分自身を表現している。一方でファッションは、身に着けた人と一体化し、人に見られる存在でもある。つまり、ファッションは自己表現であると同時に、評価される対象でもある。自分と社会をつなぐ役割を果たしている。そして、「ファッションは礼節の基本をなすもの」という言葉の裏に、老舗トップが務める特別な役割や、人に見られる存在として自分を律する姿勢を感じた。二人の装いは、伝統に則った礼儀と節度を弁えながら、自身の社会性を表現している。そしてそこに、ちょっとした遊び心が垣間見える。だから"黒川さんのスタイル"、"齋藤さんのスタイル"として記憶に残るのだ。
 そんなファッションから会社のあり方にまで、本書を通じて言えるのは、虎屋とエルメス、出生は日本とフランスと異なるものの、共通する価値意識が驚くほど多いこと。その根底には、過去から今にいたる経緯を尊重しながら、今から未来につなげていくための飽くことなき挑戦が続いている。長きに渡って確固たる地位を築き、社会の中で認められてきたわけは、そこにあると確信した。

 (かわしま・ようこ ジャーナリスト)

黒川光博・齋藤峰明『老舗の流儀 虎屋とエルメス』978-4-10-350451-1