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波

書評・エッセイ

シンセカイしんせかい

山下澄人

1,408円(税込)

十代の終わり、遠く見知らぬ土地での、痛切でかけがえのない経験――。

19歳の山下スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指す。辿り着いたその先は【谷】と呼ばれ、俳優や脚本家を目指す若者たちが自給自足の共同生活を営んでいた。苛酷な肉体労働、【先生】との軋轢、そして地元の女性と同期との間で揺れ動く思い。気鋭作家が自らの原点と初めて向き合い、記憶の痛みに貫かれながら綴った渾身作!

北海道にいた

――山下澄人『しんせかい』

飴屋法水

 僕は、山下澄人さんの書いたものを、すべて「震災小説」だと思って読んでいる。「震災」について一言も書いているわけでは無い、にもかかわらず、それでも彼の書くすべては「震災小説」だと。そしてそのことが、最もあらわになったのが、この「しんせかい」だとも。
 山下さんが小説なるものを書き始めたのは、2011年の4月だという。あの大きな震災の約1か月後ということだ。北海道で書き始めたという。以後、すべての小説を彼は北海道で書いている。川崎に住んでるにもかかわらず、北海道でしか彼は書かない。書けないのかもしれない。この「しんせかい」も北海道で書いたという。冬の札幌で。雪が降る中で。
 2011年の震災の、16年ほど前、1995年にやはり大きな震災があった。阪神淡路大震災である。95年の1月だった。当時、彼は生地である神戸に住んでいた。あの大きな地震の朝、彼の住む家は全壊した。
 しかしその時、彼はそこにはいなかった。その時、彼の体は北海道にいた。札幌にいた。1月の寒い札幌にいた。
 しばらくして神戸に帰った。彼は、彼の家を見た。彼の部屋の、寝ていた布団の上を見た。彼の姿は無かった。代わりに屋根が乗っていた。彼は屋根を見ていた。見ること以外のなにができたろう。
 この年、もう一つ大きな事件が起こった。オウム真理教の事件である。1995年という年に、この二つの大きな事件が相次いだことは、2011年に震災と原発事故が連続して起こったことと、同じような強い衝撃を、日本で暮らす者に与えた。もちろんこの僕にも。
 彼の小説を読んでいて、そのことを考えたことは今まで無かった。しかし、突然に確信したのだ。「しんせかい」を読んで確信したのだ。彼は、95年に起こったこの二つのことに、16年の歳月を経て、2011年の震災をきっかけに、そうとはわからぬやり方で、ずっと応答しているのだと。
「しんせかい」の中で、スミトは「谷」にいる。北海道にある具体的な場所だ。町だ。しかしスミトは町とは呼ばず「谷」と呼ぶ。地面が揺れると、人が突然、「じめん」と呼ぶように。彼はその「谷」で、神でも、グルでもない、只の人間を、「先生」と呼びながら、2年を過ごした。その時間のことを、今、スミトは静かに思い出している。震災の後で。
 神戸なのに北海道にいた。布団の上には屋根があった。死んではいなかった。まだ生きていた。布団の前に立っていた。布団の上の屋根を見ていた。その時間を思い出している。
「厄災の当事者」とは誰だろう。どこにいるのだろう。当事者は、おろおろと、おずおずと、しかし逃れようもなく、その居所を受け入れるしかない。そのようにして立たされてしまった場所だ。運命と呼ばれる居所だ。
 その場所で、ただ黙って見ているような、彼の居住まいを、受け入れを、ニヒリズムととる向きもあるだろう。諦観だと。しかし彼のこの受け入れは、諦観と呼ぶにはあまりに瑞々しい。なぜだろう。
 彼が受け入れてる「運命」は、常に未知の「偶然」だからだ。布団の上の屋根のようだ。北海道にいた体のようだ。未知なのだから、彼はたえず世界のあらゆるに、驚きと、瑞々しさをもって触れていく。ことをする。
 わかったようでいて、ひとつもわからない、生まれてきたら人間であったというこの運命の、この大厄災の、その真っただ中の当事者として、彼は「震災小説」を書いている。書くことで、ひとつひとつ、彼はその偶然の運命を受け入れていく。静かに肯定する。それが小説にできることだと。
 抗うでもなく、つまらないと溢(こぼ)すでもなく、特別な物語へとすり替えるでもなく、彼は書く。絶えず条理の外にこぼれていく、「生」と呼ばれる厄災を、しかし決して文句を垂れず、神を求めずに生きていく術を。笑いながら生きのびて、偶然に死んでいくやり方を。
 北海道でしか書かないこと、それはただ、昆虫の生態のようなものかもしれない。その心理など測る必要はない。それが虫の生態ならば、虫の不思議を見ていよう。その虫は、そのようにして生きているのであり、そのようにしか生きられない。
「しんせかい」を書きあげた頃、彼は、もうひとつ連載を書いていた。先ごろ、「しんせかい」に先立ち出版された。僕はそれを本屋で見かけた。「壁抜けの谷」というタイトルだった。また「谷」だった。単行本の表紙は、その谷で、なにか草の葉の上で、交尾をしている2匹の昆虫の姿だった。
 彼はそうやって応答を続けている。「せかい」へ。

 (あめや・のりみず 演出家)

山下澄人『しんせかい』978-4-10-350361-3