書評

2016年10月号掲載

びっくりの出会いがたくさん!

――一青妙『わたしの台湾・東海岸 「もう一つの台湾」をめぐる旅』

一青妙

対象書籍名:『わたしの台湾・東海岸 「もう一つの台湾」をめぐる旅』
対象著者:一青妙
対象書籍ISBN:978-4-10-336272-2

 中国大陸をのぞむ台湾海峡に面した台湾の西側は、我々に最も馴染み深い首都・台北をはじめ、中部の拠点都市である台中、歴史の都・台南、貿易港で有名な高雄など、早くに開発され、発展してきた大都市が多い。
 一方、平地が少なく、海岸線も複雑に入り組んでいる東側は、何もないさびしい場所というニュアンスがある「後山(ホウシャン)」と呼ばれていたほど開発が遅れてきた。そのせいか、現在の台湾では、西海岸という呼び方は存在しないのに、なぜか「東海岸」という言葉で花蓮県や台東県、宜蘭県などをまとめて呼んでしまう。日本の「裏日本」のようなものかもしれない。
 ところが、この東海岸には、想像を超えた「台湾」との出会いがあった。そんなわたしの個人的体験を、新刊『わたしの台湾・東海岸』ではこれでもかと書き連ねた。
 小籠包、故宮、ウーロン茶、台北101、マンゴーかき氷......。日本人が慣れ親しんだ台湾のイメージは、だいたいこんなところだろう。そんなものは東海岸では、ほとんど見かけない。それでは、物足りないかというと、そんなことは全くない。びっくりの出会いがたくさんあるからだ。
 例えば、台東県にある人口わずか7千人の「長濱(チャンピン)」という小さな町には、台湾を代表する健康法で、飛び上がるほど痛い足裏マッサージの「創設者」が住んでいる。
 しかも彼は、キリスト教カトリックの神父でスイス人だ。神父の名前は Josef Eugster (ジョセフ・ユーグスター)、その発音から中国語名が「呉若石(ウールオシー)」となり、現地では「呉神父(ウーシェンフー)」と呼ばれる。彼がスイスから布教のために定住したのは1970年。ひどい関節リウマチを患った時、自らの足裏を自分自身で揉みほぐすことで不思議と痛みが消えた。この実体験を元に、布教のかたわら、地元の人々に足裏マッサージを施したところ、あっと言う間に評判が広がった。
 以来、呉神父は足裏マッサージの伝道師とも呼ばれるようになり、台湾各地で、呉神父から足裏マッサージを学んだ弟子たちが、店を開くようになった。いまも呉神父は長濱の小さな教会で、足裏揉みの普及と信仰の布教を続けている。
 一方、東海岸は、日本と特別な繋がりがある。
「豊田村」「林田村」「吉野村」など、どことなく日本を連想させる地名があちこちにある。1910年前後の日本統治時代、日本からの移民で立ち上げられた移民村の名残りである。
 当時、豊かな暮らしを夢見て、日本から多くの農業移民が台湾の地を踏んだ。彼らは風土や気候の違いによる病気に悩まされながら、農地を開墾し、村には神社や学校、診療所も建てられ、日本人コミュニティーが生まれた。
 生活には信仰の場が必要だ。それが神社だった。それぞれの故郷などの神様を祭った無数の神社が、東海岸の村々に立てられ、台湾人も含めた村の生活の中心となっていった。
 戦後の国民党政権の下でいったんは破壊されたが、近年、この神社を復元する動きが活発になった。「国民党に奪われた自分たちの台湾史を取り戻したい」という台湾アイデンティティの高まりが、その原点にあるようだ。
 台湾は多民族の国だ。日本とはそこが違う。台湾には、先住民族(中国語で『原住民(ユァンズーミン)』)がいる。人口はおよそ54万人。彼らに共通するのは、あらゆる事物や現象に霊魂、精霊が宿ると信じるアニミズム信仰を持っていることだ。
 東海岸では7月から8月にかけ、収穫を感謝するための「豊年祭」が盛大に行われる。先住民たちは色鮮やかな民族衣装をまとい、美しいハーモニーと踊りで先祖や神に祈りを捧げる。その様は荘厳でもあり、自然とともに生きる人間の原点を垣間みることができる。わたしは各地の豊年祭に押し掛け、迷惑だったかも知れないが、快く祝いの場に加えていただいた。
 台湾人は東海岸のことを「まったく違うもう一つの台湾だ」と表現する。東海岸では、既存のイメージとはいろんな意味で異なった台湾を発見できるのだ。
 台湾は大きくない。でも、多様で、深い。そして、優しい。そんな台湾の、ただならぬ魅力をわたしに教えてくれたのが、東海岸だった。「サプライズ」に満ち溢れている東海岸をめぐる旅を、みなさんにもお勧めしたい。

 (ひとと・たえ エッセイスト、女優、歯科医)

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